プロローグ-2 いつもの朝
早朝
金色のようにも白色にも見える月が地平線に沈み、反対方向の地平線から白い太陽が昇り出す。
そこだけが元の世界との共通点だと思えた。
周りから魔王様と呼ばれる一人の悪魔が、漆黒の城から街を気怠げに眺めていた。
街では多くの猫や鹿、豚などの動物と人間を合わせた異形、総じて魔族と呼ばれる存在が闊歩していた。
また別のところでは金属や土の特殊物体のような魔族が、木枝のような二本角を生やした者、千差万別の種類ある魔族が行き交い、会話し、笑っていた。
だがこれが年中無休24時間でやられると改めて常識外れだと思う。とんだハロウィンパーティだ。
お菓子をくれなきゃスプラッターにしちゃうぞ☆という会話が冗談抜きで出て、そのまま大乱闘の開幕で、更に誰が生き残るかで賭け事まで始まる。
そんな人間から勝ち取った平和…と呼んでいいのかわからないが、その光景に感慨深いものを感じてしまう。
そして同時に生活の潤いに足りないものを感じてしまう。
特に男女の二人組を見てると。
「みんな幸せそうだなー俺もあんな感じでアレと話せたらいいんだけどなー……いいじゃん裸ぐらい、減るもんじゃねーし」
少なくともそんな平和とは程遠い、野生のゴリラに襲われたような打撲的重症を昨晩おった為、包帯ぐるぐる巻き状態の黒髪の魔族は遠い目をしながらつぶやいていた。
もっともアレ呼ばわりしてる危険生命体の裸を拝みに行っては「きゃーえっちー」のノリで半殺しにされているので完全に自業自得な訳だが。
そんな情けない姿のせいでとてもそうは見えないと思うが、この男が魔族最強の存在であり魔法の王という威名を持つ、この世界の王、魔王である。
見た目は短い黒髪をした、魔族では珍しく人間と見間違えそうになる体である。印象に残るとしたら黒髪から飛び出ている黒い双角だろう。
角は頭から上に伸び、それから中程で前方に向いて伸びており、先端は紫色に輝き怪しさを醸し出している。
身長は角を合わせて150ぐらいだ。
魔族の平均身長は180はあるのでかなり控えめの大きさである。ドストレートに言えばチビだ。
着ているものはヘルウィドウと呼ばれるコウモリモンスターの革をベースにした黒色の生地と赤色のツーラインが入れられた軽いブーツと手袋。エクリプスクロウと呼ばれる鴉モンスターの黒色羽毛と黄金蜘蛛糸を使ったローブ。
それに見た事ない素材出来た黒色のコートを羽織っている。
だいぶ装備過多でモコモコしているが全体的に黒色でダーク感漂う大人な服装だ。
よく内密に出かけては多くの魔族に子供と間違われる。
この間も八百屋の豚魔族のおばちゃんから飴玉を貰っていた。ハッカ味だが。
「さて、支度でもするか。アレは何が好きだったか」
そろそろアレ呼ばわりしている女騎士が来る為ご機嫌取りの準備をする。
コートに手を突っ込みそこにないはずのエプロンを取り出す。
手品でも魔法でもない、コートに加えられた特殊効果で中身は暗黒空間という闇が広がっている。
名前だけ聞くとトンデモないが実際は魔王の趣味道具やお宝(うっふんあっはんな本や写真)が入っているので中身が名前負けしている。
悪魔の刺繍が入ったマイエプロンを身につけ、自室の隣に取り付けた自分専用の調理場に向かう。
暗黒空間から紫色のジャガイモのようなバナナを取り出し、さらに生きてるのかドックンドックンいってる何かの緑色の心臓などポイポイ食材を取り出す。
他にも包丁やフライパンなどの調理器具も準備する。
「あ、デザートも作っておくか」
とそこで廊下の方が騒がしくなる。
この部屋を警備している昔からの馴染みの巨牛二頭だろう。
だが聞き覚えのある女性の声も混じっている。
「きたなレヴィ!今日こそこのゴズとメズが」
「きたなレヴィ!今日こそこのメズとゴズが」
「「決着をつけてやる!!」」
「また貴方たちですか、いいですよ。適当に相手してあげます」
「ふん、そんな減らず口も」
「今日までだ!」
(もう来たのか、手軽に何か作っておくか。ゴズとメズじゃ相手にならないから時間もそんなに稼げないな)
魔王は廊下の衝突音や破壊音を聞きながら何かの卵を防水性の高い木製ボールに開け、調味料を少量入れ箸でかき混ぜる。
調理をしながら同時に、アレ呼ばわりしていた女と自分の共通項について考えをめぐらせていた。
転生
前世の記憶と新しい命をもらい再び生まれる事。よくある小説の題材だ。
そのワードはこの世界では昔話やお伽話、神話という物語の中の話になっている。
曰く「転生した者は罪と力を手に入れる」「転生は神からの贈り物であり、神から愛されている」「神器と呼ばれる超越的力を保持している武具を持つ」などなんとも眉唾で胡散臭いものばかりだ。
そしてだいたいは転生者がその力や神様武器を世界平和だの魔王討伐だのという善行に使い、幸せをもぎ取っている。
まさかそのお伽話と同じ存在になるとは思っていなかった。
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魔王部屋のベランダ、そこにある白い少し高めに作られたテーブルと椅子に座る女性がいた。
彼女は腰まで届く深い紅色の赤髪をポニーテールにまとめていた。緑色を基調とした騎士の制服を身につけ胸元には魔族騎士団を象徴する盾マークのバッチが太陽に光を反射し白く輝く。
テーブルの上には4枚程重なった皿と黄色の料理が乗った皿、大きめのスプーンとナプキンが置いてある。
「モグ魔王、パク私はズズッ貴方を恨んでムシャます」
「先ずは食うか喋るかどっちかにしろ」
このタダ飯喰い現地転生女、早々に巨牛二頭を地面に沈め魔王の作った朝食を食べに来ていた。というか食うスピードが尋常じゃない。
彼女がこの部屋に来て流れるように窓枠向かいのベランダに侵入アンド着席。そしてメシコール。
これが元聖騎士なのだからタチが悪い。
そしてもうおかわりで5杯目だ。
まだ皿の上には黄色い料理が乗ってるにも関わらず、図々しく皿を料理のできる女子力系魔王に押し付けて口を開ける。
「魔王、メシ」
「テメェ何様だ! もっと誠意とか敬う気持ち込めて言えねぇのか! 俺はこの大陸の王だぞ一番偉いんだぞ!!」
む、と少し考えた素ぶりを見せた後
「魔王! メシ!!」
「そうじゃねぇよ、ただ強く言ってるだけじゃねぇか」
ムムム、と更に考え込み
「ま・お・う・メ・シ!!」
「没収」
「わあぁぁぁぁーー!!!人のご飯になんて事するんですか鬼畜悪魔!!恨んでやる祟ってやる復讐してやるー!早く返しなさいそれ私が好きなオムライスー!?」
そう言ってナンチャッテ聖騎士はピンクでフリルのエプロン魔王に掴みかかる。
とてもそうは見えないが、かつては殺し殺された関係だと言うから訳がわからない。
魔王は皿を机に戻し、元聖騎士はそのメシにがっつく。
不健康にも大量のケチャップをぶっかけ卵の黄色が完全に真っ赤に染まっていく。
それをスプーンを使い器用かつ豪快に口に流し込んでいく。
見てるだけで気分が悪くなりそうだ。
「よくもまあお前は人の手料理を堂々と台無しにできるな」
魔王の嫌味をガン無視して食事を進める赤髪の女。
そして食い終わったのか皿の上に食器をまとめ真剣な面持ちで魔王を睨みつける。
「魔王、私は貴方を恨んでます」
「その対象の飯食いにきてる時点で全然説得力ねぇよ。おい一度死んで魔族として復活した人類最強聖騎士様、なんでお前この部屋にきたんだ?あと口もとのケチャップ拭け」
魔王は食べた食器を一箇所にまとめテキパキ片付けながら挑発的な質問をする。
が、特に意に返さずにお上品にナプキンで口もと拭きながら返答される。
「ご飯食いに来ました」
「違うだろ!? もっとこうさ……あるだろ色々、なんで定食屋感覚でラストダンジョンのボス部屋みたいな場所に来てんの、だったら自分で作れよおー!!」
「貴方は私のご飯を勝手に奪いました。恨んでます」
「しかも食べ物の恨み!?殺された恨みは何処行ったし…!」
「あ、もちろんその事でも恨んでますよ」
「ついでみたいに言うんじゃねぇよー!あの激戦が軽い物に聞こえちゃうだろー!」
「それと」
うん、まだあんのか?という表情で改めてレヴィを見ると、怒ってた。
顔は笑顔だが全体的に血管が浮き出ておりまるでマスクメロンのようだ。
嫌な汗がダラダラ流れ始める。
今持っている食器は結構お気に入りなのでコートの内側、暗黒空間に収納する。
「人のシャワーを覗きに来ることですかね〜」
「は、ははは!もう俺をボコボコにしただろ?じゃあこれでおあいこの筈さ! お互いに水に流して行こうじゃないか! シャワーだけに」
「流すついでにあの世行きの船に乗せてやりますよ」
レヴィの追撃に魔王も負けじと挑発しだしてしまう。負けず嫌いとはつくづく厄介だ。
「すまない、パスポートは持ってないんだ」
「じゃあ地獄行きですねー。さっきのギャグのような極寒地獄を堪能して下さい」
憐れみのような視線を送りながらチビ悪魔はレヴィの地雷を踏みつける。
「ぷ、魔族に転生した時に路地裏で思いっきり絶望してた聖騎士が地獄とか言うと実感こもるな」
「上等だテメェマジでぶっ殺してやりますよ!!」
騎士は拳を握りしめ飛びかかり、魔王は赤色の魔法術式を三つ展開する。
魔王と聖騎士のラストバトル第二ラウンドが幕を開ける!!