31 少女と散歩する
日付が変わり、日が落ちた頃合いを見計らってログイン。
港に立ち、他人の目が無いのを確認して岸壁から飛び降りる。
地図に無い島に立ち寄り、そのせいで達成出来ていない依頼を果たすために夜の空を飛ぶ。
そうして立ち寄ったアンタレスという街で以前貰った紹介状を使い闇のギルドへ。
少し考え、二つほどスキルを購入。
性別不詳なバーテンがニヤニヤしていたのが印象に残る。
嫌な笑いだった。
◆
人形を連れて夜の街を散歩する。
道に露店が出ている。
プレイヤーが出している店も中にはあるのだろうか?
「何か食べるか?」
大人しく後を付いてくる人形に問いかける。
ウミは、『食べて、歩く』と言っていた。ま、この場合『歩いて、食べる』になるのだが。
しかし、人形は小さく首を横に振る。
ただ、人波の中を歩いたからだろうか。僅かに顔に疲れが見える。
少し、休むか。
仮想ウインドウを開いて地図を確認。
一番近くのカフェへ。
何も考えずに近い所を選んだのだが、路地裏の奥。
明らかに流行ってない。
表通りは人で溢れているのに、店内は閑散としている。
ま、少々の休憩には丁度良いか。
「いらっしゃいませ」
景気の悪い声で店員が迎える。
「いらっしゃいませー!」
それに被せるように奥からも声がする。
「ジルヴァラちゃん、もっと元気よく声出して!」
そして、叱責。
「……すいません」
か細い謝罪がそれに続く。
なるほど。
閑古鳥の原因はこれか……。
一息入れて退散しよう。
案内に来る様子も無いので、適当に席へ移動。椅子を引いて、人形を座らせる。
「……ありがとう……ございます」
叱責されていた店員よりか細い声。
どういたしまして、お姫様、と心のなかで嫌味を返す。
「冷たい紅茶で良いか?」
メニューを見せながら尋ねる。
「……はい。何でも構いません」
あっそ。
愛想の無い店員に手を振りながら声を掛ける。
「すいませーん。アイスティーふたつー」
「はーい」
注文が通った事を確認して、人形に向き直る。
「明日からは少し落ち着くから。ゆっくりと観光でもしてまわろう」
控えめに、顎を引く人形。
……辛気臭ぇ。
「お待たせしました……」
無愛想な表情でアイスティーを運んでくる店員。
……辛気臭ぇ!!
表の陽気と正反対だ!
「……ごゆっくり、どうぞ」
俺と人形の前にグラスを置き立ち去る店員。
その、目がチラリと俺を見る。
血の様な赤い目。
ん?
あの店員、プレイヤーか?
何で、カフェでバイトなんかしてるんだ?
食い逃げでもしたか?
ま、楽しみ方は人それぞれだから良いか。
人形は、目の前に置かれたアイスティーを見て怪訝そうな表情を浮かべている。
「えーっと、これがガムシロップ。で、ミルクとレモン好きな方を入れて飲んで」
そう言って、ガムシロを入れ、八つ切りのレモンを絞り、ストローでかき混ぜる。
紅茶を知らないのだろうか。
設定では三百年前の人間ということらしいからこういう事もあるのかもしれない。
人形は俺を真似し、ガムシロとそして、ミルクを少し入れ、恐る恐るストローを口に加える。
「……冷たい。おいしい」
ストローから口を離し小さく呟いた。
「口に合ったかな?」
「はい」
人形が口角を上げ、少し笑顔を見せる。
しかし、それも一瞬。
グラスを置くと、視線を落とし黙り込む。
「……あの、……私は……奴隷なのですか?」
たっぷり、時間を置いた後、絞り出すように顔を伏せたままそう言った。
「今のところ、そう言う予定は無い」
むしろ、俺が奴隷であるのだがそれは伏せる。
「前も言ったが、俺が君を護る。
ただ、もしそれが叶わなくなった後は、分からない」
ゆっくりと、そう伝える。
嘘は無い。
ウミならば、その後を託すことが出来るかもしれないが、それも不確かだ。
そして、俺が死んだ後の事など、その時の俺には最早関係ない事だろうから。
「ハルシュ……様は、何者なのですか?」
その問い掛けに、しばし考える。
まあ、それは、こんな子供が横にいる男、もしくは女を『様』などと呼んでいたら周囲は何を想像するだろうか、などと言う質問の意図とは違うことであったが。
「ハルシュで良い。君の父君に君のことを託された。護ってくれと」
「……父は、死んだのですよね?」
思い出させて良いものだろうか。
……こいつ自身が望んでいる。いずれは思い出す。早いか、遅いかの違いだけだ。
であるならば、自らそれを望んでいる今が良い。
例えその先が絶望だとしても。
「ああ。君の父君は一度死に、そして、不死者となって三百年君を守り続けた」
「では、あれは、城で、不死者に見守られていたのは夢では無いのですね……」
「父君は君に『停滞』の魔法を掛けたと言っていた。生憎、俺はそちらの知識が無いのでそれがどんなものかは分からないが」
「『停滞』……そうですか……」
「知っているのか」
「書物で、読んだことがあります。時間の流れを緩やかにする魔法……」
「そうか。君はその城に二年間いたらしい。そして、世界は三百年過ぎた」
「三百年……。想像も付きません……」
「見て回れば良い。世界がどう変わったのかを。その為には……」
「……はい。まずは体を……その為に、ちゃんと、食べなくては……なりませんね」
「……そうだ。でも、ま、無理はし過ぎないほうが良い。ウミに付き合ったらそれこそ胃袋がいくつあっても足りない」
「はい。覚えておきます」
再びアイスティーを口にし、そして、半分ほど一気に飲む。
「この紅茶、話に聞いたことがありますがとても高価ものですよね。それに、あんなに大きな空を飛ぶ船も」
「三百年で色々と変わったんだろう。どちらももう珍しくないと思う」
とても信じられないというように目を丸くする。
少し感情が出てきただろうか。
「店長、あの……私、そろそろ時間が……」
奥から店員の声がする。
「ああ。今日も暇だったな! 明日はもっと愛想よくしてくれよな! 客が来るように!!」
「……すいません」
それはな、店長さん、その店員の子に原因があるんじゃ無いと思う。
アンタだよ。原因は。
客がいる前で不快な空気を流すな。
「さ、俺達もそろそろ行こうか」
「はい」
間もなく、闘技大会の本戦だ。
ウミと観客席で見ると言っている。
護るなどと大口叩いた手前、無様な姿は晒せないよな。




