3 胸を揉む
「ふう。一通りは回ったね」
冒険者ギルドを冷やかした俺とウミはその後、町中を一通り見て回り、そして今、カフェの個室でコーヒーブレイクを満喫している。
なお、ギルドで買い取って貰った素材は、ここの二人分の支払いで全て消える予定……。
装備品を装飾してもらったお礼も兼ねて。
「なんか、サービス初日にしては人が少ないくない? みんなフィールドにいるのかな」
俺が素直な疑問を口にする。
初回登録プレイヤーは抽選で一万名と言う話だったはず。
しかし、とても一万人居るようには見えなかった。
「多分、Partially Parallel System。最近じゃ珍しくないよ?」
「何それ?」
「同じ世界を並行処理していて、必要な部分だけ結合処理するシステム」
「ほう?」
「例えばね、明日、ログインしたら、私とハルシュは違うレイヤーの世界に立つと思うの」
「ほう」
「で、ハルシュは私にご飯を奢りたくなって連絡をしてくるじゃない?」
「なるかな」
「なってよ。で、二人は会うことになりました。でも、私たちは実は別の世界に居ます」
「会えないの?」
「会える! 私とハルシュがいる世界の一部が緩やかに重なり合って、二人が同じ世界に移動したのちまた二つに分かれます」
「へー」
「しかも世界同士は互いにリンクしていて、例えば、私に振られてやけになったハルシュが町中で放火事件を起こしちゃいました」
「とんだ冤罪だ」
「そう言う出来事は全部の世界で同時に発生するの。兄さんを中心として世界が全部重なる訳」
「ほう。なんとなくわかった、ような気がする」
「ま、細かいこと知らなくても楽しめるからねー。このケーキの味とか」
そう言ってウミは、レアチーズケーキを一口、口に運ぶ。
にしても。
「詳しいね?」
「へへへ。そう言う質問はノーサンキューだな」
「あ、そう。すまん」
「ま、最近色々なゲームやってたから」
「俺は久しぶりだな」
「で、そんな久しぶりのゲームを女性の振りして楽しもう、と」
「え?」
「とぼけなくても良いよ。君、男でしょ?」
「男だけど?」
「中身は男。アバターは女。ま、他人の趣味にどうこう言うつもりは無いけどー」
とは言ったものの、その口調は若干険しい。
一瞬、赤い線が突き刺さった気がしたが。
いや、それよりも。
「アバター、女?」
俺は自分の胸を見下ろす。
あれ?
革鎧付けてるからわかんなかったけど、膨らみがあるのか?
え、待て待て。
立ち上がり、股間を触る。
……あるはずの物が無い!
いやいやいや、待て待て。
腰布を託し上げる。
て言うか、ロングスカートか!? これ!
そして、託し上げた俺の股関節を覆っていたのは、ピンクのリボンの付いたパンティ。
では無く、地味なホットパンツ。
「何これ?」
スカートをたくし上げたまま、ウミに問う。
「ホットパンツ」
「……何で?」
「私は、パンツ見せて喜ぶ派じゃ無いから」
「パンツが有るべきところに! パンツが、パンツが無かったと言う業の深さを知らないのか!」
「バカじゃないのー。て言うか、女の格好でそんな男の願望叫ばないでよ。がに股でスカートたくし上げて」
……。
「……何で女なの?」
「私に聞かないでよ」
ジト目のウミが、冷たく言った。
ですよね……。
◆
椅子に座り直し、両腕を組み記憶を辿る。
このアバターは、端末内のデータを使ったもの。
俺は、かつて『ファイナルランサー』なる、今にして思うとこっ恥ずかしいことこの上ない二つ名をぶら下げ、とあるゲームのトップ陣の一角に君臨していた。その時は紛うことなき男であったのだ!
……なんで?
『この世界に、もはや強者は居ない……』などといや、マジ、お前何いってんの、ていう台詞と共に引退して……、それ以来ゲームはしてない……。
……。
「あ!」
やってる!!
その後、一回だけ!
その名も『ゆり♥ユリ♥百合 オンライン』。
全プレイヤー、女性! と言う触れ込みに惹かれプレイしたのだが、どう見ても全プレイヤー、中身は男。
結局1時間もプレイしなかったと言う、消し去りたい、と言うか、消し去ってた記憶!
しかし、その事実はアバターと言う形で、データに残っていたのか!
そうか。それで、長髪だったのか……。
「大きい声出さないでよー」
「ごめん。封印していた過去が出てきた」
「何それ」
天を仰ぎ、考える。
そうかー。
女かー。
両手で胸を鷲掴みにしてみる。
革鎧の硬い感触。
……当然か。
「そんなつもりじゃ無かったんだけどなぁ……」
革鎧の装備を外し、軽装に。
改めて、胸の感触を確かめる。
うーん。
確かに、胸なんだが、自分で触ってると何か違うな。
「楽しそうにおっぱい揉みながらそんな事言わないでよ」
「うん。しかし、困ったなー」
「何が?」
「ネカマを演じるつもりは無いんだよ」
「ふーん。じゃ、キャラ作り直したら? 惜しいデータじゃないでしょ? 別に」
「いや……」
レアスキルがある!
惜しいデータ何だよ!!
「でも、ウミさんていう素晴らしいプレイヤーとフレンドになった貴重なデータだしなぁ」
嘘だけど。
スキルの件をバラす訳にはいかないし、こう言ってでも誤魔化すしか無い。
「あのさ、おっぱい揉みながら言う台詞じゃないんだよ。全然」
そっすか。
「こうなったからには仕方ない! このままプレイしよう!」
「ネカマはバレたらその時が面倒だと思うけど?」
「そこだ! なのでウミさんにお願いです! なるべく中性っぽい格好にしてもらえませんか?」
「え? 私が!?」
「ウミさんのセンスを見込んでのお願いです!」
そう言って俺は、立ち上がり、机の反対側、ウミの隣へ回り込む。
そして両手、両膝を地面につける。
「この通りです!」
最後に、頭を地につける。
「え、ちょ、止めてよ」
「お願いします!」
「わかった! わかったから!」
「ありがとうございます!」
顔を上げた俺の目の前に、立ち上がったウミが居て、そして、太腿とその奥のポットパンツが目に入った。
うん。
やっぱり許せないなぁ。それは。
◆
「こんなもんかなー」
俺の格好を色々と手直ししてくれたウミが仕上げに髪型をいじり終えて一言。
鎧は、極力胸が目立たないようにしてもらい、スリムに。
その分バランスを重視したのだろう。
両腕と両足はゴテゴテとした金属鎧風になっている。
色は黒に統一しつつ、アクセントに赤と銀。
で、問題は、だ。
「何で、ショートパンツ?」
両足に装備された鎧は両膝より上まであるのだが、しかし、太腿の部分は素肌を晒している。
所謂、絶対領域?
「ヘソも出てるし」
その上をショートパンツが挟み、また素肌をさらけ出している。
「それぐらいの方が良いよ! ショタっ子に見えないこともないし!」
「そうなのか?」
「だって口調はやっぽり男っぽいんだもん。これくらい振り切らなきゃ!」
そんなもんなのか。
それにしても、やけにテンション高いように思うが。
「ひょっとして、君の趣味か?」
「そんなことは無い! 事も無い!!」
「どっちだ!」
髪は、ポニーテールと言うよりはちょっと高い位置でまとめられている。
チョンマゲ?
「まぁ、良いか。ここはウミを信じよう」
「へへへへー。お姉ちゃんって呼んでも良いよ?」
「やだよ」
「呼んでよ!」
「……お姉ちゃん」
「へへへへー!」
「バカじゃないのー」
◆
「さて、最近のゲームの事情通っぽいウミさんにこのゲームのファーストインプレッションをお聞きしたいのですが」
「メシがうまい!」
そりゃ良かった。
「他には?」
「エグい!」
「え?」
「例えば、冒険者ギルド。依頼リストと傭兵リストがあったじゃない?」
「うん。NPCを借りれる奴ね」
「買い取り価格、乗ってたよね」
「ああ」
冒険者ギルドに『傭兵リスト』なる物が存在し、一時的にNPCを傭兵として雇うことが出来るのだ。もちろん有料で。
傭兵の料金は強さによって異なるようだが、大体、一時間2,000G~5,000G。
因みにギルドにあった依頼の報酬が、安いものだと5,000Gからなので、雇う場合は見合った依頼をこなさないと赤字である。
そして、『傭兵リスト』には、一時間の単価の横に、買い取り価格と言う欄もあった。大体が、ゼロが三から四つほど多かったが。他に、性別とレベル、年齢。
「あれって、つまり、奴隷よね」
「まあ、言い方を変えると」
「しかも、若い女性はレベルに関係なく買取価格が高い、と」
そう言って、ウミは嫌そうな顔をしながら、コーヒーカップを口に運ぶ。
あ、なるほど。
「そうか……。奴隷か」
「ま 、そう言う需要も有るんだろうけど」
「有るだろうね」
「ヘルプによるとその辺は18禁になってるみたいだけど」
「でも、着衣は外せないんじゃない?」
さっき食事屋で装備外して渡したときも、今ウミに装備を直していて貰っている間も軽装になっただけで裸にはなっていない。
「最近のゲームはその為に宿屋があります」
「あ、そういう事」
「まぁ、宿屋の利点ってそれだけじゃないけど」
「例えば?」
「んー、同じ宿に泊まると、さっき言った世界が同一のまま、とか、ログインの時間が他の人にバレないとか、あと、最近のゲームだとお風呂が付いてるよ。眺めの良い露天風呂とか!」
「ほう。それは楽しそうだ。ここはどうかな」
「という感じで、宿などの一部施設は裸が許可されます。早速自分の体を拝みに行きたくなった? それとも、その先を体験したい?」
「うーん、ちゃんと準備しないと後が面倒だからなー」
「バカじゃないのー」
フルダイブでセックスをすると、現実でも大体射精をしている。
着衣のままダイブしていると、現実に戻った時に冷たい下着の感触に出迎えられる。
そして、その後の洗濯機のモーター音になんとも言えない虚しさを覚えるのだ。
更に言うならば、相手をアバターしか知らない場合、現実の姿はどんなオークなのだろうとか、実はネカマ、男なんじゃないかとか、情事の最中に脳裏を過るのである。
という事なので、まぁ、良いことばかりではない。
つーか、この状態だと、どうなるんだろ。
流石に男に抱かれる気は起きない。
「他には?」
「LP有限もシビア!」
「それな!!」
「多分、まったり楽しみたい層には受けないんじゃないかな」
「そこは運営の方針次第な気がするけど」
「でも、まったり楽しんでほしいならそもそもそんなもの付けないと思うけど」
「だよなー」
俺は既に崖っぷちだしな!
そのせいか、程よい緊張感で楽しんでるけど。
「スキルも移動も全てお金で解決。これ、強奪とか流行りだしたら一気に廃れそうな気がする」
「そうかもな」
スキルはチュートリアルで説明があったように、スキル屋でチケットが売られていた。
ランク1が5,000G前後。
ランク2が10,000G前後。
ランク3が50,000G前後。
これを高いと見るか安いと見るかはこれからの金策次第であるが。
因みにこの町ではランク3までしか入手出来ないようだが他の街にはもっと上のランクも購入可能らしい。
そして、港には船が停泊していて次の町『タウルス』へ行くことが出来る。
但し、船賃として30,000Gが必要となる。
「でもね、最初に言ったみたいにご飯は美味しいし、景色は綺麗! だからもう少し続けて見ようってそう思ってる。少なくともあの飛空艇に一回乗るまでは!」
港に停泊していた船には大きな翼と、プロペラが付いていた。
そして、そこに海は無く、一面の空。
島自体が空に浮いていた。
そして、そんな島と島を繋ぐのが飛空艇なのである。
「じゃ、お互いにゲームを続けていたらまた何処かで会えるかな」
「そうだね! ていうか、明日連絡してきても良いけどー?」
「もう少し食費に余裕が出来てからにしようかな。このまま君の胃袋に付き合ってたらいつまで経っても先の島に進めそうに無い。新しい装備品を手に入れたら是非また調整をお願いしたいところではあるけど」
そう苦笑交じりに返す。
ま、嘘だけど。
多分、俺には船賃など無くても次の島に行ける。
そのためのスキルが有る!
「その時は、『お願いだよ! お姉ちゃん』って言うのだ!」
バカじゃないのー。