自覚ナシ!!
「だからそれは違うっつってんだろうが!!!
何べんおんなじ間違いしたら気がつくんだテメェは!!!!」
安いプレハブの事務所内で恒例となった怒声が響き渡った。
事務所内に戻ってきていた同僚たちは「またやってるよ」とあきれ顔である。
「で…でもそれはこっちだって…」
「ちげぇだろ。これはこっちでそれはあっちだっつーの。
お前さ、なんでこんな簡単な事を覚えようとしねぇの?
エライ大学出てんだろ?高卒のオレでも覚えれたことがなんで大卒様のお前にできねぇの?」
その言葉に、女はぐっ、と唇を噛みしめた。
“できるヤツだ”と鳴り物入りで入った新人は女で、男ばかりの会社では異彩を放っていた。今までいた女は社長の奥さんだけで、その奥さんも「男くさい」と表にはあまり寄り付かず奥の部屋で仕事をしていることが多い。
そんな中入ってきた女の教育係として任命された時は面倒だな、と思うと同時に少しばかり嬉しかったのは事実だ。
この女がクソポンコツだと発覚するまでは!!
目の前で唇を噛みしめる女は両目に涙を湛えている。
“言いすぎたか?”
脳裏をかすめた声を振り払って、ただし声は抑えて隆弘は女に向き合った。
「お前がやったことがそのまま相手様に流れた場合、オレたちの仕事がなくなる可能性もあるって自覚してっか?
そのこと分かって仕事してっか?
お前のやる気がねぇのは勝手だが、それで他のモンに迷惑かけんじゃねぇよ。」
これは隆弘がこの会社に入った時に先輩に言われた言葉でもある。
やる気が出なくて嫌々仕事をしていた隆弘に、先輩からかけられた言葉。
態度が悪く、仕事も適当だった隆弘を怒鳴って殴って、それでも見捨てずにいてくれた。
まぁ、そんな先輩は女の後ろの席に座ってニヤニヤとこちらを見つめているのだが…
“ぜってぇ後でからかわれる…めんどくせー”
あちらこちらで見受けられる含み笑いを必死で視界から排除する。
嗚咽を必死で抑えようとしている女をみて、隆弘は一つため息を吐いた。
「このまんまじゃ使えねぇから午後から全部やり直しだ。
できてなかったらできるまでやってから帰れ。
ほんじゃ、昼休憩一時間」
隆弘の言葉に、女は「あ、りがと…ございましたっ…」と嗚咽混じりに答えると、奥さんのいる事務所の奥の部屋に入って行った。
まぁ、後のフォローは奥さんがしてくれるだろう。それよりも問題は人を弄るのを今か今かと待ち受けている先輩達な訳で。
隆弘は昼食を調達する道すがらのことを考えて、もう一度深くため息を吐いた。
************半年後************
「できました!!!」
嬉しそうに持ってきた書類を確認のために受け取る。最近は大きな間違いをすることが減った代わりに小さなミスをたまにやらかすので流し読みはできないが、怒鳴る回数も減ってきており平和な日々が続いている。
「ここ、まちがってっぞ」
隆弘が間違いを指摘すると「どこですか?」と女が寄ってきた。
ふわり、と汗の匂いじゃない甘い匂いが鼻をかすめドキリとする。
「ここ!一行ずれてっから直せ!」
「はいっ!!」
ドキリとした自分に戸惑って、隆弘はあわてて書類を女に突き返した。
「イイ匂いさせてんじゃねぇぞ、クソが」
ついこぼれた呟きを聞かれなかったかと焦って周りを見渡すが皆、次の現場の準備に忙しいらしくホッとする。
ホッとする自分にイラついて、隆弘は休憩がてら外に出た。
「すさんでんなぁ~」
喫煙場所にコーヒー片手に行くと、先輩で隆弘の教育係でもあった河野が声をかけてきた。
「そんなことないっすよ」
「いやー最近は由利ちゃんのミスも減ってきて平和なもんだろ?
なのにお前からギッスギスした空気が出ててよぉ。正直ちょっとウゼぇ」
笑いながら言われた言葉に少し怯む。
「ウゼぇよ」と言われてボコられた記憶はそう簡単には消えないものだ。
「…そんなつもりは無いんすけど」
「わざとやってたらウザすぎてボコってるわ。
自覚ねぇのは見てりゃ分かるけどそろそろ気づけや」
「なにが……?」
「お前、由利ちゃんが好きだろ」
告げられた内容に、一瞬言葉に詰まった。
「…っ…ハァ?何言ってんすか?」
「はいはい、無自覚おつかれさーん。そして自覚おめでとさーん」
「ちょ、河野さん!何言って…!!」
「オレは事務所戻るから、お前はちょっと考えてからこいや」
ぽん、と隆弘の肩を叩いて河野は事務所に戻って行く。
イキナリぶち込まれた爆弾に、隆弘は茫然として壁に寄り掛かった。
“オレが、アレを好き…?”
いやまさかそんなわけねぇよ勘違いだろ。と首を振って煙草に火をつけると隆弘は深く息を吸い込んだ。そのままふうっ、と吐き出すとぐしゃり。と一口しか吸っていない煙草を灰皿でねじり消す
“……マジかよ……”
自覚した、いやさせられた気持ちに隆弘は愕然とした。
そして、今までの自分の態度と言動を思い返して、絶望した。
「ぜってー無理じゃねぇか」
そんな呟きが覆されるのは、あと二年後のお話