転校生
「それじゃ、今日は転校生を紹介しまーす」
今日は新学期最初の日、去年と変わらない担任がいつものようなテンションでそうクラスメイトに呼びかけた。
「入ってきてくれる?」
(どんな人なんだろう)
私はわくわくしながらその人物の登場を待った。
「こんにちは」
間もなくドアが開き、入ってきたのは笑顔の転校生だった。
「あなたの日向蓮です。よろしく」
「えっと、日向君……でいいのよね?」
担任は戸惑った様子で転校生、日向連に聞く。彼の言動がおかしなものだったことに加えて、格好が白のタキシードと言うおおよそ中学校の制服とは似ても似つかぬものを着ていたこともその大きな理由だろう。わくわくして転校生を待っていた私も含め、クラス内では全員がぽかんと転校生の顔を眺めるだけという異様な光景になっていた。
「はい。本日はご指名ありがとうございます」
「……はい?」
「日向連2年3組そこのかわいい子の隣入りまーす!」
かみ合わない会話の中、転校生はそう言って私の横に座ってきた。
「あ、ちょっと!」
担任は引き留めようとするものの、席自体は私の隣で間違っていなかったこともあり、ため息をつきながら出席簿を広げた。
「……転校前のあいさつに来た時はこんな変な子じゃなかったんだけど」
担任はぶつぶつ言いながら出席を取り始めたのだった。
「それじゃ、教科書購入のお知らせがあるので配りまーす」
それでも担任は出席を取り終えると、気を取り直してその紙を全員に配布した。
「はい、というわけで教科書購入の代金は明後日までに持ってきて……って日向君何やってるの!?」
担任の声に私も含めクラス全員が連の方を向く。彼は大事なお知らせの紙を使ってリボンのようなものを作っていた。
「いえ、隣の彼女に似合うかと思いまして」
連はそう言ってどう作ったのかお知らせで造った大きなリボンを私の頭に乗せた。私は困惑気味に連の方を見る。それを見た担任は青筋を立てて連の席まで詰め寄った。
「そういう問題じゃなくて、それ大事なお手紙だって言ってるでしょ!」
「確かに手紙は大事かもしれません。でも、この隣の彼女との出会いも一期一会、そう、愛なんです」
うっとりとした口調でそうロマンチックな雰囲気を醸し出しながらそう言う蓮。
「だったらこの手紙とも一期一会の大切なお付き合いをしなさい!」
担任は予備の手紙を連の机にバン!と叩きつける。蓮がびくっとなったのを確認してから担任はふらふらと教卓へと戻っていく。
「あーもう朝から疲れるわね……。それじゃ、次は身体測定があるので各自準備をして移動してください。あと日向君はこれ以上問題を起こさないように」
担任は頭を抱えながら教室を出て行った。
「ねえ真菜、転校生来たんでしょ? どんな感じ?」
友人の秋穂がそう聞いてくる。彼女は隣のクラスの私の友人だ。今は身体測定の待ち時間にたまたま彼女と会ったので会話している。
「どんな感じって……ただの変なホストだよあんなの。ご指名入りますとか、手紙でリボン作ったりとか、顔がいいのも手伝ってかやってることがまんまホスト」
私はため息をついた。
「そのリボンを真菜の上に乗せてかわいいね、まるで一輪の花に舞う華麗な蝶のようだ、とか言われたんでしょ?」
「さすがにそこまでは言われてないけど……。まあ似たようなもんかな」
なぜ彼女がそこまで知っているのか、と一瞬訝しんだが、彼女の友人には噂好きの女の子もいるのだ。うちのクラスの情報くらいはすでに筒抜けと言ってもいいのかもしれない。
「まあ、転校生なんだし仲良くやりなよ。それじゃ」
そう言って秋穂は立ち去って行った。
「……仲良くできるかなあ」
私は1人頭を抱えるのだった。
「何、これ」
身体測定を終えた私が教室に戻ってくると、私の机がすごいことになっていた。まずどこから持ってきたのか机の上にはグラスタワーが7段ほど積み上がっていて、その隣にはやはりどこから持ってきたのかラムネ瓶が10本ほど置いてあった。机の周りにはこれでもかと言わんばかりに色とりどりの花が彩られていて、もはやここは何なんだ、とツッコみ切れない状況になってしまっていた。
「どうぞ。僕のかわいいお嬢様」
机の前に着いた私に蓮が手渡したのは白いハンカチ。こんなもの何に使えと言うのだ。自分のハンカチくらいはさすがに持っているし、ああ、なるほどグラスタワーに注がれたラムネが机とかにこぼれたらこれで吹けばいいのか……ってアホか! どんな状況を何手先まで先読みしたらこの対応になるんだよ!
「……あの、困るからやめてもらえないかな?」
心の中でひとしきり突っ込みきった私は蓮にそう諭すように言ってみる。もちろんハンカチを受け取るのは拒否した。
「そんなに恥ずかしがらないで。子猫ちゃん」
「誰が子猫なのかしら蓮君」
「それはもうあなたのことです真菜さ……」
蓮がそう言いかけて顔を上げるとそこに立っていたのは担任だった。蓮の顔が恐怖に歪む。
「今すぐ片付けなさい!」
そんなこんなで転校生はひとしきりクラス全員(大体は私と担任だが)に迷惑をかけていった。例えばクラスの委員長を決める際には誰かの名前が出るたびに、
「○○ご指名入りましたっ!」
と大声で叫んだり。あまりの大声に隣のクラスどころか他学年の先生までもが覗きに来る始末で担任は頭を抱えていた。
また、休み時間になると蓮は私の傍に来てひとしきり勝手に適当な話をしては、
「ラムネ入りまーす!」
と言って勝手に持ってきたグラスにラムネを注いでは私に手渡すという行動を繰り返していた。おそらくドンペリと言いたいのだろうが、まだここにいるのは蓮も含めみんな中学生。お酒を持ってくることは不可能な年齢だ。もっとも、可能だったとしてそんな行動を起こす奴が蓮以外にいるとは思いたくもないのだが。
こんな行動ばかりなので蓮は当然クラスからは浮いてしまったのだが、もはや相手にするのも危ない奴だということで絡まれている私も空気扱いされてしまっていた。まさかこいつが絡んできたのが私だったというたったそれだけで腫れもの扱いされるとは。ああ悲しきかな人生とはほんの少しのきっかけで時にすべてが終わってしまうのだ。
「はあ……」
「元気だしなよ真菜」
帰りにようやく合流できた秋穂が私を慰める。
「そうだよ。君にそんな暗い顔は似合わない。ほら、涙を拭いて」
なぜかついてきた蓮が先ほどのハンカチを手渡してくる。と言うかよく見たらこれハンカチじゃないおしぼりだ。こいつは一体どこまでホストに固執してるんだ。
「ついてこないで。あとそれもいらない」
「真菜ばっさりいくねえ」
空歩は他人事のように私の反応を見て楽しんでいた。
「でも、蓮がついてこないようにするのは無理かな。私の家の隣に越してきた子なの」
「嘘でしょ……」
私はあまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになった。
「昨日から知ってたんだけど。ごめんね」
秋穂はペロッと舌を出す。だから蓮が言いそうな言葉を知っていたのか。あれは実際に秋穂が言われた言葉だったのだろう。
「でもだから言ったでしょ。今時ホストは浮いちゃうって。昨日の私の反応で察しとけば良かったのに」
「いい手だと思ったんだけどなあ」
蓮は残念そうに発言する。まさか本当にうまく行くと思っていたのかこいつは。
「とにかく明日からホストは止めて。あと無駄にしつこく話しかけるのも」
「分かった分かった。もうああいうことはしないよ」
蓮は存外あっさりと私の言うことを聞いてくれた。良かった、これで明日から普通の一日が送れる。私は心の底からほっとしたのだった。
だが次の日、
「では次のニュースです」
学校に着いた私の席の隣で、蓮は眼鏡をかけて原稿用紙を机の上に置き、私に向かってニュース原稿を読み始めていた。
「昨日の夕方、音村真菜さんが日向連くんの手渡したおしぼりをいらない、と断っていたことが分かりました。この事件に対し、日向君は『いやあ、あの手なら行けると思ったんですけどねえ』と悔しそうな表情で唸っていたということです」
ホストをやめた蓮はアナウンサーになっていたのだった。
「だーかーらー、そういうことじゃなーい!」
真顔でニュース原稿を読んでいる蓮に向かって私は思わず自分の席の前で叫んでしまったのだった。