【1‐7】お兄様の実力があれば当然なのです
「こ、これって一体――」
お兄様が唖然とした感じに佇んでしまっております。
助けた親子も同じですね。口を半開きにさせてぽか~んとなっております。
お兄様も本来であればこれぐらい出来て当たり前だったのですが、何の因果か能力にかなりの制限を持たされてしまったので、実感としては湧きにくいのかもしれませんね。
可哀想なお兄様――でも! 安心してくださいそのぶん私がしっかりフォロー致しますので!
「凄いですわお兄様! お兄様の手による高速の斬撃によって、鎌鼬が発生し盗賊達を残らず殲滅してしまったのですね!」
「へ? か、かまい? これ、これが? あのゲームみたいな?」
お兄様は手に持ったナイフを差し上げ、マジマジと眺めながら、信じられないといった感じに呟きます。
もちろんその説明には若干の脚色がありますが、本来のお兄様の力ならきっとそれぐらい出来た筈ですので問題無いですね。
「もしかして今のは、かなり腕の立つ剣士が使えるという【真空斬】でしょうか? 私も見るのは初めてですが――」
私の耳がピクリと反応します。私も思わずそれっぽくいってしまいましたが、どうやら実際にそういう技があるようですね。
「それは今お兄様が使ったような技なのですか?」
「え? いや使われたご本人様がよく判っていらっしゃるかとは思いますが……」
怪訝そうに眼を丸めて返してきましたね。確かにそういわれてしまうと元も子もないのですが。
「いや、僕も正直よくわ」
「実はお兄様は独自の鍛錬でこの技を会得したもので、正式名称などはまだ判ってないのです」
ごめんなさいお兄様。ここはお兄様の凄さを知ってもらうため、あくまで技としては会得していたという形がいいと思うのです。
謙虚なお兄様も勿論素敵ですけどね。私の心はいつだってお兄様一筋です。
「なるほど。しかし独自にひとりで覚えてしまうとは素晴らしい腕前ですね。あ、技に関しては私も人伝で効いた限りではありますが、妹様が申されていたのとほぼ同じですね。素早い剣速で敵を一刀両断に斬り伏せる風を起こすというものです」
なるほど……これは良いことを聞きましたね。今のうちにお兄様のステータスに付け加えて起きましょう。
「ただ、そういう情報であれば神の啓示で見れば出てくるとは思いますが――」
私は思わず、神の啓示? と小さく繰り返してしまいました。
ただこの流れで言うと……
「あ、ステータスの事でしょうか?」
「はい、そういえば冒険者の方であればそちらの言い方のほうが馴染みが深いのでしたね」
やはり思ったとおりですね。聞く限りではこの世界の人々にとってはステータスというものは神の意思で表されているものだと考えられているのかもしれません。
「僕達は冒険者ってわけではないんだけどねぇ~」
お兄様は素直に否定いたします。その裏表のないところがお兄様がお兄様たる所以ですね。
「え!? 違うのですか!」
父親の方は両目を見開き開いた両手も振り上げ、相当驚いてる様子ですね。
「これだけの力がありながら驚きです。冒険者でなければ高名な騎士様で?」
それも違うよ、とお兄様が困惑されているようなので、私が代弁を努めさせて頂きます。
「実は私達は初めて旅にでたもので、あまりそういった事には詳しくないのです。勿論騎士などといった身分でもございません」
私の説明に更に彼は驚いた様子を見せました。初めて旅に出てその力は凄すぎると感服しております。
「私がお慕いするお兄様は、いざという時の為に常にご自分を鍛えあげておりますので」
私が疑いをもたれないよう、余裕の笑みでそうお応えすると、なるほど、と父親もしっかり信じてくれました。
ただお兄様は、ミサキ大げさだよぉ~、と少し困ったような声を発してましたが、大丈夫です。本来ならお兄様が当然のように持っていた力なのです。
勿論その力に疑いがもたれないよう、私は全力でサポートするつもりですが。
「でもやっぱり冒険者というのはいるんだね~」
お兄さまがワクワクした顔でそう言うと、彼が、はいいますよ、と丁重に説明してくれました。
私のあまり世間に詳しくないという話を信じていただけたようですね。
その後ジョンがしてくれた冒険者の話に関してはスキルの力で既にしっておりますし、説明もほぼそのままでしたね。
ただお兄様は興味津々といった感じに聞いております。
どんなことにも好奇心旺盛なお兄様。その知識に対する探究心は、どんな優れた学者が集まったとしても逆立ちしたって勝てないことでしょう。
「あの、ところでこの倒した彼らはどうするんですか?」
話が一段落した所でお兄様が周囲を見回しながら、父親に訪ねました。
確かに辺りにはお兄様が私を守るために全力を奮った為、盗賊の骸が散乱しております。
勇猛果敢なお兄様――心の底から尊敬致しますが、この世界のルールがわからないので、この後の事がわかりませんね。
「死体はそのままで大丈夫ですが、彼らの装備してるものや持ち物は倒したおふたりの物となりますよ。それに死体の一部を切り取って持って行けば報奨金も貰えるはずです。ですので使えるものがあれば持って行くとよいかとは思いますが――そういえばおふたりはこれからどちらへ?」
「え~と僕たち人の住んでるところを目指して歩いていたんだけど――」
お兄様が質問に対して応えると、人のですか? と訪ね返されましたね。
「私達旅にでたばかりでまだ右も左も判らなくて。それで山の方へ向かえば麓に村や街があるかも知れないと思い、こちらへと足を進めた次第なのです」
「なるほどなるほど。ですが確かにこの先には私達の住んでいる村がありますが、おふたがたがいって楽しめるような物は何もありませんね。年を通して畑を耕したり、裁縫で衣類を作ったりしてるぐらいのものです。まぁ村なんてものはどこも一緒だとは思いますが」
そういって彼は自虐的に笑いました。
「え~と――」
するとお兄様が何かを訪ねようと口を開きます。が、ちょっと弱ったように言い淀みます。
その様子を見て察したように。
「あ! そういえばまだ自己紹介がまだでしたね。私この森を抜けた先にあるイオン村で裁縫業を営んでいるジョン・リックエル。こっちは娘のラリア・リックエルです」
ふたりが思い出したように自分たちの事を名乗ってきました。リックエル親子ですね。
そしてジョンの挨拶を見てお兄様も自分の名を告げました。
「ショウタ タカギです。宜しくお願いします」
「私はミサキ タカギと申します。以後お見知り置きを」
流石はお兄様で、ふたりの名前から性と名が私達のいた日本とは逆である事に気づいたようですね。
そのすべてを見抜く慧眼さ、素晴らしいです。
「タカギ? ミサキ……ショウタ、何か変わった名前だね~」
私とお兄様が自己紹介を終えると、ラリアが首を傾げるようにしながら言ってきました。
その横でジョンが、こら、失礼だろ、と叱りつけます。
すると、あはは、と固い笑顔を見せるお兄様。
でもこれはお兄様が悪いわけではありません、ただの風習の違いです。
彼らからしてみたら、日本で生まれ育った私達の氏名に違和感を覚えても仕方のない事なのでしょう。
「あ、それでリックエル様はもしかしてどこかへ向かうところだったのですか?」
「はい。私達はここから街道を走り、一五〇キロ程走った先にあるエクセスに商品を届けに向かう途中でして」
へ~、とお兄様。
そして私も、そうなのですか、と返しつつ指を顎に添え考えます。
どうやら私達が歩いてきた方と逆側の方に街はあったようですね。
私のせいでお兄様に余計な手間をとらせてしまいました――
「お兄様ご免なさい、私が山のほうに向かいましょうといったばかりに――」
「え? なんでミサキが謝るの? 結果良かったじゃないか。こうやってふたりも助けることが出来たんだし」
「全くですね。おふたりに助けられなかったらどうなってたかと思うと肝が冷えます。私達からしてみたら、ミサキさんがこちらの道を選んでくれて本当に良かったと思います」
ジョンの言葉にお兄様もキラキラの笑顔で、うんうんミサキ偉い、と褒め称えてくれました。
あうぅう、私幸せすぎて天にも昇る気持ちです。
「そうだ! 宜しければおふたりとも私達とご一緒致しませんか? これから向かうエクセスの街は噴水の街とも言われていて、街のあちこちに設けられた噴水がとても綺麗な街でもあります。それにその盗賊の持ってる装備品なども街であれば買い取ってくれる場所がありますし、私の馬車にもまだ余裕があるので一緒に運ぶことが可能です」
ジョンの提案に私とお兄様は顔を見合わせます。そしてお兄様は親子に顔を戻し。
「でも、いいのですか? 僕達なんかが同行して?」
そう遠慮がちに尋ね返しました。
するとジョンは朗らから笑いを見せ。
「むしろおふたりが同行して頂けるとありがたいのです。それほどの強さがあられるなら護衛として依頼をお願いしたい所で、お恥ずかしい話ですが魔法具も頼りにならないとわかった以上、もしおふたりに断られてしまうと手詰まりでして――何せ何点かどうしても期日までに届けなければいけない貴重な品があり、寧ろ護衛としてもご同道をお願い出来ると嬉しい限りなのです」
なるほど……つまり私達も街へ向かうという話であれば、お互いにとってもいい話である、という事みたいですね。
確かにこの異世界で何をしようにも金銭的なものは必須です。盗賊の持ち物を手に入れて売るのは合理的ですが、この量を手で持ち運ぶには骨が折れそうですし、護衛を務める代わりに馬車で運んでくれるというのならそれが一番かもしれませんね。
勿論私はお兄様のご意思に従う所存ですが。
「そっか~それなら寧ろ請けた方がいいみたいだね! うん、じゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな」
流石お兄様。この決断の早さはお兄様の頭の回転の早さの成せる業です――