【1‐6】盗賊なんてお兄様と比べるまでもなく生ごみです
「はっ! お、おいてめぇら! 何ボーっとしてやがる!」
どうやらようやく、盗賊のリーダーが我を取り戻したみたいですね。
「で、でもリダ様! あいつ! あいつ急に消えちゃいましたぜ! 一体、一体何が!」
盗賊達は仲間の一人が死んだことに全く理解が追いついていないようです。後ろの親子は私達の会話から察したようですが、連中からしてみれば、まさか一瞬にして原子ひとつ残さず消滅させられたなどあり得ないってところでしょうか。
「は、はったりだ! こいつらなんか奇妙なイカサマで俺たちを油断させようとしてんだよ! いいからてめぇはさっさととっ捕まえろ! なんならその野郎は殺したってかまわねぇ! 女のほうが金になる!」
リーダーが強引な説明でもうひとりを促しましたね。本当に愚かなことだと思います。
「クッ! クソ! だったら!」
もう一人の盗賊が握りしめた手斧を振り上げてお兄様に迫りました。
でもお兄様は先ほどの件で大分落ち着いているようですね。
「どうしてもやるっていうなら、どうなっても知らないよ!」
脇を閉めて半身になり、プロボクサーも顔負けな素晴らしい構えを見せます。
はぁお兄様、素敵すぎてクラクラしてしまいそうです。
でも私がここで倒れるわけにはいきません。
「素手で調子にのってんじゃねぇよ!」
いいえ、調子に乗りすぎたのは貴方の方です。お兄様が愚かな男に向けて右の拳を突き出しました。
ちょっと早かったのかそのままでは拳が届きそうにありませんが、問題はありません。
私はその動きに合わせて再度高速で拳を繰り出します。
また鞭を打ったような快音が広がりました。勿論その時点で盗賊のひとりは完全に消え去ってしまいました。
本当に愚かですね。
「な!? また消えやがった!」
「いいいぃい、いったい、どどどどお、どうなってんだ畜生!」
いよいよ周りの盗賊たちも狼狽え始めましたね。お兄様の凄さを目の当たりにすれば当然そうなるでしょう。
「ど、どうだ! まだやるっていうなら僕だって容赦しないぞ!」
お兄様が上げた声は、百戦錬磨の軍神ですら震えあがるほどの達声です。先程からあのリダという愚か者が上げてる虚勢とは意味が違います。
「あの、出来ればこの連中は捕まえるか殺すかしたほうがいいです。街でもそれを推奨してますし――」
後ろから父親のほうがそっと伝えてきました。お兄様の顔が少し曇りましたね。
このような不逞な輩であっても、命を奪うことに躊躇いを覚えるその心優しさはやはり素敵です。
「くそ! おいオーク共! てめぇら何ボサッと突っ立ってやがる! 何の為にてめぇらを連れ回ってると思ってんだ! さっさとその怪力で連中をやっちまえ! 最悪全員ぶっ殺してももう構わねぇ!」
リーダーの命令に、残りのオーク二体が鼻息荒くこちらへと向かってきます。脚はそれほど早くないですが、ドスン、ドスン、と大股で地面に脚が半分めり込むぐらいの勢いで近づいてきてますね。
「あの、こんなのが役に立つかは判りませんが、よければお使いください」
ふと、父親のほうがお兄様に手持ちのナイフを差し出してきました。
「いいの?」
「はい、私が持ってるよりは貴方様の方が役立ちそうです」
お兄様は、ありがとう、とお礼をいってそのナイフを受け取りました。
どんな時でもどのような相手でも礼節を重んじるお兄様素敵です。
「絶対僕が皆を守るから、ミサキもここで待っててね」
「はい、お兄様♪」
勿論お兄様の事は信じておりますし、私の目の届く範囲でなら全力で陰ながらサポートいたします!
そして私が笑顔で送り出すと、お兄様はえい声を出して果敢にも迫るオークに立ち向かっていきました。
オークは左右から挟み込むような進路で、お兄様に近づいてきます。
その姿を首を振って確認しながら、新しく手にしたナイフを構えて、先ず右のオークへと狙いを定めその距離を詰めます。
勿論私も黙って様子を伺うようにしながら、思念の糸を手早く伸ばし、お兄様に巻きつけます。糸は触れた相手を自由に動かすことも可能ですが、身体能力は考慮しなければいけませんし、やりすぎると違和感を覚えさせてしまいます。
なのであくまでお兄様の動きを糸でサポートするのに徹します。
お兄様と一心同体になったつもりで糸を使うのです。
この糸の利点は態々手を動かさなくても念じるだけでそのとおり動くことですね。
おかげで周りからも気づかれる事なくお兄様に専念できます。
「ブォオオォ!」
荒い鼻息を更に荒くさせ、正しく豚のような鳴き声を上げてオークがロックグラブを振り上げました。
このオーク、ステータスを見る限り確かにこのレベルでは攻撃力が相当に高いのかと思われますが、それでも所詮は頭の悪そうな魔物。
攻撃が大ぶりで軌道がバレバレです。お兄様もすぐに反応し、軽くステップしてそれを躱そうとします。
ただ振り下ろしはかなり勢いが乗って速いですね。万が一ということもありますし、私が少しサポートするとお兄様の身はオークを中心に円のような動きで瞬時に後ろに回ります。
空振りしたクラブが勢い余って地面に軽くめり込みました。
オークは完全にお兄様の姿を見失ったようで、首を傾げてますがその時点で滅は決まりました。
お兄様が腕を振ったのが糸を通じてわかります。ただオークの背は高いのでそのままでは背中を切りつける程度で終わってしまいます。
それはお兄様も気がついたようです。そこでお兄様はナイフを一旦空気を撫でるように下に振り、そこから勢いをつけて飛び上がると同時に斬り上げます。
勿論これには私も補助を忘れません。オークの身体には一足早く頭頂部から股座にかけて糸を一本巻きつけてあります。
それをお兄様が刃を振り上げたと同時に一気に締め上げ、オークの醜い図体を両断してやりました。お兄様自身にも糸の力を加え魔物の頭を超える高さまで飛び上がっております。
オークは悲鳴を上げる暇もなく、その身を左右に分け、地面へと半々に倒れました。
内臓などが飛び散って少しグロいですが、気にしてはいられません。
近づいてる敵はもう一体いるのです。お兄様が瞬時に仲間を片付けた事で、その眼は驚愕に見開かれましたが、すぐに怨嗟の炎をその眼に宿し、空中を舞うお兄様を睨みつけます。
石の棍棒を両手持ちに変え、今度はオークがお兄様がやったように下から振り上げて攻撃しようと企てているようです。
しかし甘いですね、雄叫びを上げ、オークが身体を捻るようにしながらその棍棒を中空のお兄様に向かってすくい上げますが、私の糸の操作でお兄様はその身を独楽のように回転させ、落下の軌道を変え攻撃を躱します。
「今ですお兄様!」
棍棒の一撃を避けたお兄様の身は丁度オークの首辺りにありました。
お兄様は私の声に気がついたようで、回転の勢いをそのまま活かすようにナイフを振りぬきます。
勿論この時、既にオークの首に糸を絡めておりました。
それを締め付け、ワイヤーで首を飛ばすように、サクッとオークの首から上を切り離します。
多量の血潮がオークの首から吹き上がりました。色は人間と同じ赤のようですね。ただかなり黒っぽい赤ですが。
それにしても――失敗しました。お兄様は私の糸もあって軽やかに地面に着地を決めましたが、降り注ぐ血の雨までは躱しきれません。
おかげでお兄様の全身が血でベトベトになってしまっています。あんな醜悪な生き物の血を浴びせてしまうなんて……
「お、お兄様! お召し物が!」
「え? あぁ血で汚れちゃった……でも仕方ないよね――」
そういって菩薩のような笑顔を浮かべます。あぁお兄様私を心配させまいと嫌なお気持ちをおくびにも出さないその心、やはり私お兄様には敵いません。
「ひっ、ひぃい! オークまであんなにあっさり!」
「り、リダ様! こ、こいつは間違いない! ば、化け物ですぜ!」
むっ、お兄様を捕まえて化け物呼ばわりとは、とても許してはおけませんね。
「く、くそっ! 撤収だ! 撤収! てめぇら早くしろ!」
おや? かと思えばどうやら恐れをなして逃げ出すつもりのようですね。確かにお兄様の凄さを魅せつけられれば、そうなるのも仕方ありませんが。
「え? に、逃げる? ど、どうしよう? 逃しちゃっていいのかな?」
「行けません! 連中を逃しては今度は仲間を引き連れて復讐にやってくるかもしれないです!」
父親の張り上げた言葉に、え、でもこのままじゃ、とお兄様が逡巡します。
お兄様を困らせては妹失格ですね。
「お兄様! そのナイフを奴らを切り裂くイメージで横に振ってみてください!」
私がそう進言致しますと、こ、こう? とお兄様が刃を横に振りました。
素直なお兄様も素敵です!
そして私も前もって盗賊たちに巻きつけておいた糸を一気に引き抜きました。
「ぐぎゃぁああぁああぁあ!」
すると盗賊どもの声が森の中に大きく響き渡り、そして上下が完全に離れ離れになった連中の亡骸が大地に降り注ぎました。
うん、これで生ごみは全て片付けましたね。流石お兄様です!