【1‐5】失礼極まりない盗賊はお兄様に滅されるべきなのです
私がお兄様と一緒に、盗賊に襲われている親子を助けようと参上したところ、盗賊のリーダーの男が馬鹿にしたように声を上げて笑い出しました。
この男、言うに事欠いてお兄様になんて事を……指を突きつけ、額を押さえ天を仰ぐようにしながら大笑いを決め込んでいます。
他の盗賊たちもそれに倣うように笑い出し、オークでさえもお腹を抱えてぶひゃぶひゃ言い出しました。
この連中……許しては置けません。本来なら今すぐ滅したいところです。が、お兄様の面子もありますのでなんとか堪えて――くっ! でも許せません!
「お、お姉さん達が私達を助けてくれるの?」
すると私の後ろに控えていた少女が、哀願するように見上げて語りかけてきます。
……よく見ると中々可愛らしい子ですね。ブラウンゴールドの髪は首元あたりまであるセミロング。髪の先端側は外側に跳ねていますね。
両目ともくりくりっとしていてまるでお人形さんのよう。身長は私が一六五センチあるので、その差で見ると一四五センチといったところでしょうか?
今は盗賊に囲まれてるせいで凄く不安そうにも見えますね。肩も震えて小動物のような雰囲気も匂わせます。
でも――
「大丈夫ですよ。こんな暴漢達は私のお兄様が即刻打ち倒してみせますから」
にっこりと微笑んで少女に伝えます。少しでも不安が解消されるといいのですが。
「……え? お兄、さま?」
どうしたのでしょう? 何故か小首を傾げてますが、あ、もしかしてお兄様が大人っぽすぎて私の御父様にみえたのでしょうか?
「兄妹だったのかあんたら……てか、こっちが、お兄さ、逆じゃないのか?」
この方のいってる意味がイマイチ理解できません。きっと盗賊に襲われたショックで気が動転してしまってるのでしょう。
「でもリダ様。こりゃラッキーですぜ! よくみりゃこの女、可笑しな格好はしてるが中々の上玉だ!」
「それにそっちの餓鬼も、その手の趣味の客なら喜びますぜ!」
……本当に下衆で下品で下等で下劣な連中ですね。思わず眉を顰めてしまいます。
連中の何人かは私へ娼婦でも見るかのような卑しい視線を送ってきています。正直視姦されているみたいで気分が悪いですね。
それに餓鬼とは誰のことをいっているのか――もしやとは思いますが、そういう意味でいっているのなら許しては置けません。
「全く飛んで火にいるなんとやらとは、てめぇらみたいなもんを言うんだなぁ」
そこは夏の虫ですが、こっちでもその言葉があるのでしょうか。ただ全く同じでない可能性はありますね。
どちらにしてもそのままの意味なら、貴方がたには後悔先に立たずといった言葉の方がお似合いですよ。
「リダ様。こんな連中さっさととっ捕まえて荷を頂いちまいましょうぜ」
「うん? あぁそうだな。金になるもんが増えたしとっとと片付けるか。おいそのおっさんは殺しちまってかまわねぇ。他の奴らは押さえつけて縄ででも縛っちまいな」
へいっ! と先ずふたり程が正面に立つお兄様へと近づいてきましたね。
でも、お兄様には指一本触れさす気はありませんが。
「くっ! 来るな! 来たら本気で殴るぞ!」
お兄様が盗賊二人に忠告します。
でも、それを聞いたふたりは顔を見合わせ、ゲハハッ、と醜い笑いを晒してきました。
お兄様を前にしてこの態度、到底許して置けるはずがありません。
「そうかいそうかい。だったらほら。殴ってみろよ、ほ~ら、こ~こ」
ハゲ散らかした下品な男が顔を前に突き出し、殴れと挑発してきました。
この男、少々舐めすぎですね。
「殴るぞ! ほ、本当に殴るぞ!」
「だからやってみろって」
お兄様は心が優しいのでまだ躊躇いがありますね。
「お兄様。ここはひとつお兄様の力を見せつけるべきかと。一度殴ればきっとこの連中もお分かりになります」
私が少しだけ背中を押すように口にすると、お兄様が真剣な顔で頷きました。本来は、私などがこのような事を申し上げるのは烏滸がましくも有るのですが仕方ありません。
「は、歯を食いしばれ!」
お兄様がそういって拳を振り上げました。馬鹿な男は未だヘラヘラとしてますが、私もステータスを上げ、糸ではなく、一歩分横にずれ、お兄様の拳の動きに合わせて誰にも視認できないほどの速さで突きを繰り出します。
そしてお兄様の拳と私の放った衝撃波が重なった(実際には私のほうが少し早かったと思いますが)その瞬間、風船の弾けたような快音が鳴り響き、顔を突き出していた下衆な盗賊の姿が消え失せました。
その様子に、え? とお兄様が目を見開きます。
近くにいたもうひとりの盗賊も動きを固めました。
後ろの親子からも短い声が漏れてたと思います。
どうやら皆、何が起きたか理解できていないようですね。正直私もちょっと驚きました。
勿論ステータスはこれでも抑えています。
今のレベルもステータスもお兄様に付けたものとほぼ同じに、つまりレベルは7000としているのですが――
まさか、それで相手が原子レベルで粉砕されるとは思っておりませんでしたね。
今お兄様に生意気な口を聞いていたクズは、正しく屑を掃除したが如く、綺麗さっぱりその存在を消し去りました。
血の一滴も残してないので凄く環境にも優しいかと思いますね。
「――しちゃった……」
え?
「ミサキー! 僕、人を殺しちゃったよ~~!」
え? え? え? お、お兄様! そんな眼に涙を溜めて! ウルウルってそ、そんな!?
ち、違います! そうではないのですお兄様! 今のは今のは! あ、あぁ! どうしたら! どうしたら!
「お兄ちゃん凄い!」
え?
「すご、い?」
後ろからあの少女が声をかけてきました。興奮した口調で凄いを連呼しています。
「でも、僕、人を――」
「ありがとうございます。そして申し訳ございません」
今度は父親の方がお礼を述べ、そして頭を下げた。
「まさか貴方がたがそこまでの実力をお持ちとは――正直見た目から完全に疑っておりました。とはいえ、私達の為にその手を汚させてしまって――ただ、あの連中は恐らく馬車狩人という盗賊団のメンバー。襲った馬車の荷と人は金になるもの以外は全員殺すのが基本。もし貴方様が倒さなければ私は殺される事でしょう。ですからそんなに気を落とさないでいただきたい」
父親の言葉でお兄様が顔を上げました。どうやらこの方は私とお兄様のやり取りを気にして声をかけてくれたようですね。
聞くとはなしに聞いていたといったところでしょうか。
「僕が、そうか僕がやらないと――」
ですがこの父親の言葉は、お兄様の胸に更に熱いものを込め上げさせてくれたようです。
「そうですお兄様! お兄様がやらなければ私もあいつらにきっと酷い目に合わされていた事でしょう! お兄様のやってる事は正しいです!」
そう、お兄様はいつだって正しい。お兄様のやる事に間違いなんてあるはずがないのです。
「ミサキが酷い目に……それは駄目だ! そんな事絶対に! 皆だって、そう僕が守らないと! 判った! 覚悟を決めるよ!」
お兄様が決然たる表情で誓いのような言葉を告げてくれました。
お兄様私の為にその手を汚すことも厭わないなんて……素敵すぎます!
それにお兄様が気に病むような連中ではございません。どうせ生きてても人を襲って生計を立てているような屑連中です。
このような不逞な輩をいくら滅したところで、人殺しにはあたりませんわ――