【1‐4】盗賊?お兄様の手にかかれば楽勝です
お兄様は親子の前に降り立った後、すぐに私を優しく背中からおろして下さいました。
お兄様の温もりが感じられなくなるのは寂しいですが、私を背中にしたままでは自由に動けないと思ったのでしょう、これは致し方無いですね。
さて、お兄様が華麗にこの場所に降り立った直後は、暫く沈黙が続いております。
どうやら全員お兄様の勇姿に目を奪われているようですね。
当然ですねお兄様の優れた容貌を見て心震えない生物などいるはずがありません。
有象無象の盗賊ごときであっても、お兄様から滲み出る光背を目にしては感動に打ちひしがれても仕方ないといえるでしょう。
私は後ろに控えるふたりも一顧してみます。少女の方は口をあんぐりと開けたまま固まってしまってます。
きっと容姿端麗なお兄様に見惚れてしまっているのでしょう。ですが憧れは構いませんが惚れるのは許しませんよ?
もうひとりの父親と思われる方もやはりどこか唖然といった雰囲気のまま動きを止めてしまってますね。
正直ナイフをお兄様の背に向けたままなのは気に入りませんし、本来ならその時点で滅するところなのですが、これは致し方ありません。
お兄様という英雄豪傑たる勇者の登場にすっかり心を奪われてしまってるご様子です。
やはり偉人の資質というのは語らずとも勝手に滲み出てしまうのですね。
正しく威風堂々といった風格は、先程まで熱り立っていた盗賊でさえ黙らせる程です。
「な……ななっ! なんだてめぇらは! どこから出てきやがった!」
……せっかく私がお兄様の華麗なる立ち振舞に心酔しているというのに、この男は本当に無粋ですね。
叫んだのはこの集団の後方で随分と偉そうに胸を張って立っていた男です。
この中では見たところ一番マシな装備をしていますね。
鎖帷子ひとつ取っても、他の連中は鎖が切れてしまっていたり錆び付いていたりしますが、この男はそれ程痛みはありません。
更に手持ちの剣というよりは打刀に近いそれも、無骨で美しさの欠片も感じませんが刃こぼれは少ないようです。
他の男どもはサビ等は勿論、剣に関していえばヒビ割れてるものすらあるようですからね。
一応十人全員を軽く見回してみますが、雰囲気的にはこの男が一番偉そうに思えます。
念のため糸を伸ばしてみましょうか。
この糸は触れても気づかれることはないですからね。それにこの盗賊以外にも気になるのがいます。
一見ただの醜い顔をした人間とも思えるのですが、三人ほど豚鼻をし、頭蓋の感じも豚っぽいのが混じっているのです。
丁度十人いるので十本使おうかとも思いましたが、お兄様の事もあるので二本を伸ばして次々と巻き付かせる方法で探ることにします。
あ、出てきました。この野蛮な連中に関してはやはり称号が馬車狙いの盗賊となっています。
それを見る限り馬車専門に狙ってる悪漢共と考えるべきでしょうか。
情報を見る限りは、彼ら以外にも盗賊団みたいのがいるようです。
レベルは4~5とそれほど高くはありませんね。
そして一番偉そうな男のステータスも脳裏に浮かんできます。
ステータス
名前 チンピラ・リダ
種族 人間
年齢 42歳
性別 ♂
称号 盗賊団第三部隊リーダー
レベル 10
物攻 55
魔攻 0
体力 50
魔力 0
敏捷 32
精神 18
装備品
ファルクス、チェインメイル
固有スキル
恫喝 奪う
盗賊団【馬車狩人】の団員で第三部隊を任されるリーダー。オークを含めた十人の面子を纏め上げる。
装備品はリーダーなのでメンバーの中では当然のように一番上等なものを身につけている。
馬車狩人は盗賊団として冒険者ギルドに賞金を掛けられているが、盗賊一人一人も捕まえるか殺した場合に殺害部位を持参することで報奨金が貰える。
やはりこの男はリーダーでしたか。打刀のような武器はファルクスが正式名称のようですね。
レベルはやはり他の盗賊よりは高いようです。 固有スキルがそのまんまって気もしますね。
一応確認したら実際そのとおりでした。
恫喝は脅して怯ませるようですが精神やレベルが高い相手には通用しません。
それにしても……盗賊団の馬車狩人とはまたそのまんまなネーミングですね。それにしてもやはりありましたか冒険者ギルド。
そういえばこれも魔金の説明でも出ていましたね。
お兄様の好きな小説やゲームにもよく登場してますからあるのは当然ってとこでしょうか。
でも一応それが何かを確認しますが……やはり思った通り、各国の街や都に存在する冒険者が集うギルドで、登録した冒険者達に魔物の討伐や護衛、アイテム探しやダンジョン探索などの仕事を斡旋する協会ってところみたいです。
ちなみにランクは最低がFで最高がSの七段階。
これも小説などで見たとおりですね。
さて後はもうひとつ気になってるオークについてですが――
ステータス
名前 オーク
種族 魔妖系
性別 ♂
称号 薄汚れた豚人
レベル 8
物攻 68
魔攻 0
体力 60
魔力 3
敏捷 12
精神 20
装備品
ロッククラブ、ボロボロのコートプレート
固有スキル
悪食 ゲップ
豚に似た頭部を持つ魔物。若干の知性を持ち個体によっては簡単な人の言語も話す。
多種族に対してどこまでも残忍になれる醜悪な心を持つが、同じように心の汚れた人間とは手を結ぶ場合もある。
膂力が高く力任せに拳をや武器を振るう戦い方をする。
過去に豚に似てるという事で味を確かめたものがいたが食えたものではなかったようで食材としての価値はない。
倒した後に残す魔金も純度が低くあまり価値がない。
冒険者ギルドからは討伐対象にも認定されているため、魔金をもっていけば討伐金も手に入る。
悪食
腹が減れば死体でも泥でも糞尿でも何でも口にする。
ゲップ
鼻が曲がるほど臭いゲップを吐く。
一応固有スキルも含めて見てみましたが、本当に下品で野蛮な種族ですね。だからこそ盗賊と手を組んだりしてるのでしょうが。
手持ちの武器はまぁみてわかりますが、岩を砕いただけの棍棒つまりクラブって事ですね。
鎧は肩紐で吊り下げた鉄製のエプロンみたいな形のものです。前後から挟むようにしてお腹と背中を守ってますね。
それにしても――こんなものをよく食べようなんて思った人がいたものです、そこだけある意味で尊敬します。
悪食とゲップはセットで考えるべきでしょうね、悪食だからゲップが臭いのでしょう。
しかし最悪ですね。臭気だけはいくら強くても防ぎようがありませんからね、気をつけないと。
「おい! リーダーがこうやって聞いてるんだ! てめぇらなんとかいったらどうだ!」
……煩わしいですね。声だけは馬鹿みたいに大きいですし品性の欠片も感じられません。
もっとお兄様を見習って欲しいものです。
「ぼ、ぼぼっ! 僕たちは、こ、この子たちを、た、助けにきた、たび、旅のものだ!」
あぁお兄様。余裕がありすぎて逆に緊張したみたいになってしまっているその口調も本当に素敵です。
「あ、貴方がたが助け……そんな! 無茶なまだ子供じゃないか!」
後ろからあの父親と思わしき人物が怪訝そうにいってきましたね。
失礼な話です。私はともかくお兄様のどこが子供だと――
「助けに? お前が? ぎゃは、ぎゃはっはっっははっは! いやぁまさかとは思って面喰らっちまったがこの餓鬼本気かよ! 俺たちを相手に助けにって! 冗談はその可愛らしい顔だけにしとけっての!」