【1‐3】やっぱり異世界にお兄様とテンプレは付き物です
「なんか敵がすぐに逃げちゃうねミサキ」
「仕方ありませんわお兄様が強すぎるのです」
私達はあの後街道に出て少し考えた結果、山の方へとりあえず向かうことにしました。
麓の方には人々の住んでる場所があるかもしれませんしね。
そして移動中には結構魔物に襲われました。空からは鴉のようなデッドレイブンに、地面で花を咲かしていた植物が蔦を伸ばしてきたりもしました。
しかしそれらは全て私が殺気を発するだけで逃げていきましたけどね。
そして私とお兄様は街道をひた歩きます。勿論私はお兄様の後ろから付いて行く形です。
それにしても――この街道敷石がひいてあり、中々よく出来た舗装が施してあります。
この世界の人々は中々の技術力を持ってるようですね。
「そうだ!」
ふとお兄様が素敵な声を張り上げて、私に顔を巡らせました。
「よく考えたら僕がミサキをおぶって走ればいいんだよ! そうすればきっともっと速く移動が可能だよね」
頭の後ろに手を回し、無邪気にそのような提案をしてくれるお兄様が私大好きです。
それにおんぶだなんて……お兄様の背中に私の肢体を――考えるだけで胸が高鳴ります。
ただ全く問題がないわけではありません。その方法だと折角お兄様が自信を持ってくださっているのに、この呪いのような悲劇で憂いな事になってしまうやもしれませんから――でもここで断るのもおかしな話です。
だったら――
「ありがとうございますお兄様。ただ走る際はいきなり全力ではなさらなようにして頂けると、いえ、私お兄様の事は信頼しておりますので、全く心配はしていないのですが」
「なんだ、大丈夫だよミサキ。当然そんなに飛ばしたりはしないよ。振り落としてしまったりしたら大変だもんね」
流石ですお兄様。私とした事が出すぎたことを――そこまで気にかけて頂けるなんて光栄至極でございます。
「さぁ背中に乗りなよミサキ」
「はい♪ お兄様♪」
私は思わずハミングしてしまう程の調子で返事し、そしてお兄様の頼りがいのある背中に私の身を預けました。
そして同時に思念の糸を伸ばします。そして私自身に巻きつけその後お兄様に巻き付けていきます。
どうやらこの糸は見えないだけではなく、触れても気づかれる事はないようですね。
ですからお兄様には気づかれる事なく脚にも糸を伸ばすことが出来ました。
「うわ! 軽い! ミサキこんなに軽かったっけ?」
「うふっ、それもお兄様の力ゆえですわ」
勿論本来のお兄様の力であれば、私など綿を背負うのと変わらないかと思いますが、今回はお兄様の身体を掴む手と身長の差が有るためどうしても乗ってしまう胸以外は、糸の力で補助しております。
ですから実際に掛かってる体重は手の僅かな部分と二つの胸だけなのです。
その胸にしても糸をクッションとして間に這わせてますので、重さは軽減されてる筈です。
「よっし! それじゃあいくよ! 徐々に速度を上げていくからね」
「信頼しておりますわお兄様」
はぁ……お兄様との密着、私幸せです。
ですがここからは私も神経を集中せねばいけません。
お兄様の脚の動きに合わせて、糸を振るいそのサポートをするのです。
出来るだけ違和感を覚えさせないように慎重に、お兄様と呼吸をしっかり合わせ――お兄様を思い続けた私なら出来るはずなのです。
「凄いよミサキ! 脚が軽いんだ! まるで自分の脚じゃないみたい! 勝手に脚が動いているようなそんな感覚だよ!」
「それこそがお兄様の実力ですわ」
私は声を弾ませていいます。今のところ上手くいってますね。
速度も徐々に乗って行くように調整してます。
「ところでミサキは大丈夫?」
「はい♪ あ、ですがこれ以上速度が増すと少し怖いかもしれません――」
「だよね! 判ったよこのまま維持していくね」
今現在でお兄様の走る速度は時速五十キロといったところでしょうか。
あまり速度を上げるとお兄様の身体が持たないかもしれません。
私自身は音速でも大丈夫そうな気がしますが、この速度を維持していけば山の近くまではそこまで時間もかからないでしょう。
速度も乗ってきてるのであまり会話も出来ません。声があまり届きませんし、お兄様の顔も真剣です。
でも構いません。私お兄様の表情を見てるだけでもあきませんので。
と、そんな事を思っていたら大きな川が見えてきました。
アーチ型の石橋が掛けられてますね。
中々頑丈そうです。
「あの橋を超えたらもうすぐ山の麓っぽいね~~ミサキ~~!」
お兄様が風をその顔に受けながらも声を張り上げて教えてくれます。
心優しいお兄様が私は大好きです。
「はい! こんなに早く着くなんて流石はお兄様です!」
お兄様と私の愛の旅路はまだ続きます。石の橋を超え、少し曲がりくねった街道をひた走り、小高い丘に登った後、更に下りをいき平坦な道に出ました。
すると正面に広漠とした森が広がっております。街道はその森のなかを突き進んでいるようですね。
「ちょっと一旦止まろうか」
お兄様がそういってきたので糸の操作を緩め、お兄様の動きに合わせて解いていきます。
「ふぅ、大分走ったと思うけど全然疲れないよ。凄いなこれ~」
「お兄様のお力なら当たり前ですわ。私をおぶってのこれだけの動き、流石の金メダル確実です」
そ、そうかなぁ、と照れるお兄様素敵です。
「でもどうしよう? 森ってなんか不気味だよね。この先に人の住んでるところなんてあるのかな?」
見たところ先ほど超えた橋の川はこの森の東側から流れてるようです。
ここは山の麓の森ですが、川はきっと山の上から来てるのでしょう。
水場があるということは誰かしら住んでる可能性も高いかと思いますが、ただ森が危険というのはあるかもしれません。
とはいえ私がお兄様をしっかりサポートすれば問題無いとは思いますが。
「私はお兄様の意思に従いますわ。ここが駄目でも他にルートはあるかもしれませんし」
「う~ん、じゃあ少しもどって――」
「きゃああああぁああああ!」
私がお兄様の意思を尊重しようと耳を傾けてますと、急に森の中から絹を裂いたような悲鳴が聞こえて参りました。
女性の声なのは間違いなさそうですが……ただ感じ的にはちょっと幼い気もしますね。
「ミサキ! 今の悲鳴!」
「はい、お兄様私にもしっかり聞こえました」
「ど、どど、どうしよう。絶対只事じゃないし……」
悩めるお兄様も素敵ですが、あまり無理はされないように――
「よしっ! ミサキはここで待ってて! 僕がちょっと様子をみてくるから!」
え? それは駄目ですお兄様!
「嫌です私もついていきます!」
「え? でもミサキだと僕に追いつけるか――」
「そ、それなら私をおぶってください! 私こんな場所でお兄様と離れ離れになるなんて嫌です! 不安です! 寂しいです!」
とにかく眼に涙を溜めて必死に訴えることにします。もしお兄様が無茶をして憂いな事になったりしたら私堪えられません。
「わ、わかったよミサキ速く乗って!」
「はい!」
私は再びお兄様の背中に飛び乗ります。勿論糸を出すのも忘れません。
「いそがないと……この木に飛び移れるかな?」
お兄様が五メートル以上はありそうな樹木を見上げて、首を傾げました。幹が太く松に近いです。
「お兄様ならきっと出来ますわ。私しっかり掴んでおりますので」
そう応えつつ、糸を枝にまで伸ばします。これでお兄様を枝の上に運ぶことが可能なはずです。
「わかった! じゃあしっかり落ちないようにね!」
お兄様が頼りがいのある台詞を口にし、そして腰を一旦落としてから、エイッ! と跳躍しました。
その動きに合わせて糸を縮小させお兄様の身を運びます。他の糸でもしっかりサポートし、お兄様が華麗に枝の上へ着地を決めました。
「凄いや! 本当に出来たよミサキ!」
「はい! 凄いですわ素敵ですお兄様!」
「よっし! あとは声のした方は――あれか!」
枝の上に登った事で、森を走る街道の奥までよく見えます。五百メートルほど先でしょうか、緑が少し開けた場所で、一台の馬車を取り囲むように野獣のような集団が群がっております。
そして馬車の中からは十歳前後ぐらいのワンピース姿の少女と、恐らくは父親かしら? ひとりの三十代ぐらいの男性が彼女を庇うようにして立っています。
悲鳴を上げていたのは多分男性に庇われている少女の方ですね。
そして父親と思しき男性は茶色い髭をはやした方で、黒シャツの上からブラウンのジャケット、そしてカーキの柔らかそうなパンツといった格好ですね。
手には短めの剣、というよりは少し長めのナイフといったところでしょうか。
それを構えて囲んでる連中を威嚇しておりますが、線は細めで強そうには見えず、その武器も護身用として携帯してるといった程度のものに見え少々心許ありません。
一方ふたりを取り囲んでいるのは、かなり傷んではいるようですが、革製の鎧を身につけていたり、私の記憶ではチェインメイルというものを装備してるのもおります。
手にはそれぞれ思い思いの武器を握りしめておりますが、それはショートソードであったり、片手で扱える斧であったり、また岩を削っただけといった感じの棍棒を構えているのもいます。
そして囲っている全員はこぞって顔が醜いですね。獲物をジリジリと追い詰めながら下卑た笑みを浮かべています。
性格の悪さが出てますね。
人数はここから見る限り十人、ただこの距離だと糸は届かない為、詳しいステータスはみれませんが、まともな集団ではないことは確かでしょう。
馬車を狙った盗賊というのが考えられる線でしょうか? あまり装備の手入れが行き届いていないのは、こういった盗賊稼業で手に入れた物を取っ替え引っ替えして毎回交換している為、あえて手入れ等はしていないとも考えられます。
ですからきっと仲間たちの装備にも一貫性がないのでしょう。
見たところ襲われているのも幌付きの馬車といったところですし、それなりに大きさもあります。
二人だけで移動するには大きすぎますし、何か荷を積んで運んでいたと考えれば、盗賊に襲われていても不思議ではありません。
私がそんな考察を続けていると、あの父親と思われる男が叫びあげました。
「娘も荷物も貴様らなんかに絶対渡さん!」
どうやら父親という予想はあたったようです。
けれどあんなナイフでどうにかなるとは思えませんが。
と、思っていると彼はナイフを握る方とは別の手を使い、懐からガサゴソと何かを取り出しました。
ワンド、のようですね。拳一顧半分ぐらいの長さのようで赤茶色、先端に水晶のような物がついてますが、かなり細くとても武器として使えるとは思えません。
すると悪漢のひとりが仲間に向けて顎をしゃくりました。
いけっ! という合図のようです。
命令された者が父親の方へと近づいていきます。遠目からみるに他の連中よりも更に醜悪な顔をした存在です。
あれは人間なのでしょうか?
「早く助けないと!」
そこへお兄様が緊迫した声をあげます。確かに同意ですね。流石にあんな厳つい相手にあの頼り無さそうな父親がなんとか出来るとは――
そう思った直後、父親が握りしめたワンドを素早く縦に振りました。
するとワンドから、拳より一回りほど大きな赤熱した弾丸が相手に向かって飛んでいきます。弾丸の周りには炎が纏わりつき踊り狂ってます。
魔法というものでしょうか? 速度は中々に速いようで、近づこうとした悪漢は避ける暇すらなく、その炎の弾丸を顔面に受けました。
パンッ! という弾け音と小爆発。醜悪な存在はその一撃で頭を吹き飛ばされ、両膝を大地に付け、そのまま真横に崩れ落ちました。
あれではもう生命はないでしょう。
「す、凄い! あれ魔法って奴かな?」
お兄様がすっかり興奮したようなご様子です。好奇心旺盛なお兄様もとても素敵です。
「恐らくそうではないかと思われますわお兄様」
私がにっこりと微笑みながらそう告げると、やっぱそうだよね! と鼻息荒く快哉を叫びました。
助けるという目的より、あの父親の動向に興味がいってしまったようですが、確かに無理して助けるような事をしなくても、あれだけの魔法が使えるのなら問題ないと思われます。
お兄様もそれを十分ご理解して、高みの見物を決め込むことにしたのでしょう。
確かにこの異世界を知る為には敢えて観察に集中するのも大切です。
お兄様の思慮深さには私も頭が上がりません。
「どうだ! こ、このワンドは火球を生み出す魔法具! いくら貴様らでもこのワンドの力で焼き殺されるのは嫌だろう? だったらさっさと――」
「やってみろよ」
どうやらあのワンドは魔法具だったようですね。よくゲームなどに出てくるものと同じでしょうか? そういえば魔金の説明でも魔法具という言葉が出てましたね。
と、頭の中に補足が浮かびました。やはり魔法の力を封じ込めた道具のようです。
使った魔金の種類や作成した魔法具士という専門の方が持つ力で能力が決まるようですね。
ただ、あの盗賊のひとりは随分と挑発的な態度をとっています。
一体どういう事でしょうか?
「くっ! 後悔するなよ! 焼き尽くせ! 炎の球よ!」
父親は叫び上げた後、さっきと同じようにワンドを振りました――が、何も起こりません。
「な!? ど、どうして!」
「ぱ、パパ~」
「大丈夫だよ。ちょっと調子が悪いだけだからね」
不安そうな娘に声をかけ、そして更に何度も何度もワンドを振りますが、先ほどのような炎の球は出てきません。
「そ、そんなどうして……」
「かかっ、てめぇそのワンドは誰から購入しやがった?」
「だ、誰って村に来ていた魔法具士に――」
そこまでいって父親は不安そうに顔を歪めました。まさか、といった驚愕の色も滲ませます。
「そうさ! 今てめぇが思ってる通り、その魔法具士は俺らもよく知ってる奴でな! その魔法具も数回使えば使用できなくなる程度の力しかねぇのさ。残念だったな」
顎を擦りながらしてやったりと口角を吊り上げました。どうやらあの親子は騙されていたみたいですね……
「あれ? なんかマズそうだね! やっぱり助けないと――ミサキ僕一気に飛んでみようと思うけど、しっかり捕まっててね!」
「はいお兄様♪」
見ず知らずな親子でも助けようとするその優しさ。やはりお兄様は最高の紳士です。
そして私はお兄様の首に腕を回し、しっかりと抱きつきます。はぁ――し・あ・わ・せ。
そしてお兄様が枝をバウンドさせながら一気にジャンプ! それに合わせて私も糸を使って前方の枝に絡め距離を稼げるよう補助いたします。
お兄様の優雅な跳躍は、まるで風と手を取り空でワルツを踊ってるかの如くです。
そして私の補助は完璧です。計算通りお兄様の身は五百メートルほどある距離を一気に詰め、そして今まさに襲いかかろうとしてる盗賊たちの眼前、商人と思われる親子の前に華麗に降り立ったのです。
「な……ななっ! なんだてめぇらは!」