【2‐11】お兄様にとってはきっと魔神など余裕ですが少し困るのです
ゴブリンの残党を、自らの手で首から上のない骸に変えた異形――
魔族といってるからにはこれもきっと魔物である事に間違いがないのでしょうが――正直今までの連中とは雰囲気が違いますね。
とりあえずは見た目ですが、上背は三メートルを優に超えていて、二本足で立っておりますが、その脚もまるで猛禽類のような鈎状のもので、しかもかなり長大です。
更に人で言う太腿の分は太く逞しく、その上に顔の胴体が乗っています。
これはそのまんまの意味で胴体がそのまま顔なのです。
その顔はまるで鬼瓦のような形相をしており、口は常に槍状の牙が剥き出しになっている形です。
そしてその顔状の胴体にまた首が有り、その上には胴体よりは小さな顔がもう一つついています。
先ほど声を発していたのは、この小さな顔の方なので、メインは上の顔の可能性が高いですね。
そしてそのメインの顔に関しては輪郭は人のそれに通ずる形ですが、瞳はその殆どが洞穴のように暗く、その中を小さな灯りが蠢いているような感じです。
非常に不気味ですね。
鼻は豚に似てる形で口は大きく、左右の端から二本の牙が伸びてます。
注目すべきは耳の代わりについた飛膜のような翼と、額に埋め込まれている黒真珠ですか。
とくに黒真珠は不気味な輝きを放っているのが気になります。
ちなみに腕は四本あり、顔型の胴体からは骨がそのまま腕になったようなものと、筋骨隆々の逞しい腕が二本ずつ合計四本ついております。
やたらと長い尻尾も一本はえていますね。
「ふん、さてと」
異形の魔物はそう呟くと逞しい腕のほうを顎に添え、値踏みするように私達を見出しました。
お兄様の喉がゴクリとなります。
「ちょっとあれやばそうなんだけど、鑑定できないのかいミサキ?」
「残念ながら距離が遠いので……」
今あの魔物と私達の距離は四〇〇メートル以上は確実に離れてます。
一応糸を一杯まで伸ばしてますが届かないですからね。
一気に間合いを詰めるというのも手ですが、私がそれをやるのはおかしいですしね。
ちなみにスキルの鑑定に関しては前に調べた限りでは有効半径は意外と狭いのです。
大体二〇メートルぐらいでしょうか? ですからここで鑑定できないことは不自然ではありません。
「それにしても貴様らがこいつらをな。そうはみえないが、どうみても脆弱な人間の餓鬼だ」
結構離れてますが、相手は頭蓋に響くような重く低い声で言葉を投げつけてきます。
というかお兄様に向かって脆弱? 餓鬼! 言うに事欠いてなんてことを! 全く見る目がないですね。
目が殆ど黒いのもうなずけます。
「お前! 一体何者なんだ!」
「何者だと? ふん貴様らそれを聞いてどうなるわけでもあるまい。まぁ教えてやってもいいが聞いたら最後、今直ぐに逃げだしたくなることだろう」
なんですか偉そうに、それにもったいぶりすぎです。
第一わざわざお兄様が聞いてあげているのに本当に無礼な魔物です。
「とはいえそうだな。所詮ゴブリンとはいえこれだけの数を倒した奴らだ。相手をするのはやぶさかではないが――その前に一つテストをしてやろう」
テスト? また何を偉そうに、本当に鼻につく魔物ですね!
とはいえお兄様が少し緊張されているご様子。
ピクスィーもどこか震えておりますね。
まぁ確かにあれから漂う重圧は中々のものがあるのでピクスィーが狼狽えるのはわかりますね。
お兄様に関してはどんな相手にも慎重かつ冷静に対応できるお方ですからしっかりと一挙手一投足に注目しておらっしゃるのでしょう。
「さぁ、現れよ!」
魔物が右手を差し上げ、その手を広げました。
すると私達の前方と左右に先ほどのような魔法陣が地面に浮かび上がり、その中から巨大な影が現出いたします。
「ごぉおおおぉお!」
現れるなり吠え上げたのは三匹の魔物ですね。
身の丈五メートルはありそうで、あの偉そうなのよりも体格の大きな魔物です。
全身が岩で出来ており、胴体から伸びる四肢も堅固な岩石。
胴体の中心には真ん丸の巨大な瞳が備わり、ぎょろぎょろと私達に視線を送ってきます。
とりあえず近いので糸で調べます。
「お兄様この魔物はガツントロック! レベルは32です!」
「て、32ってマジ!? 勝てっこないじゃん!」
「大丈夫! ミサキとピクスィーはじっとしていて!」
お兄様は私とピクスィーを背中で庇うようにして剣をとり、正眼の構えを取ります。
するとガツントロックの腕が大砲のように変化し、岩の塊を砲弾のように飛ばします。
ですがそれは私達とは全く違う方向に向かって飛んでいきました。
ガツントロックは入り口の方に向けてその岩の砲弾を撃ったのです。
轟音が鳴り響き、唯一の入り口が崩れ完全に塞がれました。
どうやら私達の逃げ場を塞ぐ気だったようです。
「簡単に逃げられては面白みがないからな。さぁ楽しませてくれよ」
ガツントロックの砲身がいよいよ私達に向けられます。
ですがこの魔物、動きが鈍いです。
それではお兄様の敵ではありません。
お兄様は即座に間合いを詰め、砲身に変化した腕を斬り落とします。
あれは切岩剣ですね。岩の目を狙って斬ることで、固い岩でも豆腐のように刃を通すことが可能です。
「お兄様! そのガツントロックは目が弱点です!」
「わかったありがとうミサキ!」
言うが早いかお兄様は一体の瞳を刺突で貫き、更に倒した岩の胴体を蹴り飛ばし、三角飛びの動きで瞬時にもう一体に飛び込み目を穿ちます。
「グギョグォオオオォオ!」
弱点を突かれたことで、魔物が不気味な悲鳴を上げて地面に崩れ落ちました。
絶命した事で胴体の岩がバラバラに崩れ落ちます。
残ったのは一体ですが、砲身を右往左往させ撃ってくる様子がありません。
お兄様の気迫に飲まれ困惑し、次の行動に移れなくなっております。
そして勿論お兄様がその隙を見逃すはずもなく、一気に間合いを詰め、巨大な瞳ごと胴体を上下に斬り裂きました。
巨大な上半身が音を立てて崩れ、石塊がお兄様の周囲に降り注ぎます。
「これで終わり? 全然大したことないけど?」
「ふむ、なるほど。確かにあれだけのゴブリンを倒しただけの事はあるということか」
魔物は顎を擦りながら、随分と上からなものいいで語ります。お兄様相手に生意気ですね。
「しかし今ので大体はわかったぞ。どうやらお前が突出してレベルが高く、残りはそうでもないのだろ?」
お兄様は何も語らず、相手をじっと睨めつけております。
「ふんこの私にそんな目を向けてくるとは。だがいいだろう、テストは合格したんだ。名前ぐらいは教えてやる」
四本の腕を組み、随分と横柄な口調でいってきますがね。
一体何者だというのか、というより何者であってもお兄様以上の筈はないのでさっさと話してほしいものです。
「私の名はロデム。かつて大魔神に仕えし魔神が一人妖魔神ロデムだ」
「は? はぁ!? 嘘だろ!」
ピクスィーが素っ頓狂な声を上げて驚愕してますね。
なんならさっきよりも更に肩が震えてる感じさえします。
そこまで驚く事ですかね? 正直ある程度予想は出来ておりましたが。
「なるほど、どうりで少し他の魔物とは雰囲気が違うわけだね」
一方お兄様は既に全く動じている様子がありませんね。
当然です! 流石のお兄様は相手が誰であろうと怯みません!
「おいおいまずいって。てかなんで滅んだはずの魔神が目の前にいるのさ! もうお伽話みたいなもんだと思っていたのに」
「ピクスィー、うろたえても仕方ありませんよ。出てしまったものは仕方ありませんではないですか」
「いや、仕方ないって……」
「そうだね。それにこいつを倒さないとふたりを助けることが出来ないし」
あぁお兄様……私の為にそこまで――そのお気持ちだけで十分すぎます。私の心はもはやお兄様だけのものです!
「ほう、そのふたりの事が心配か? だが安心するがよい。雌は我が軍勢にあてがうのに調度良いのでな。何せみな性欲が有り余っている。繁殖のための苗床として女どもは活かしておいて」
「ちょっと黙れよ――」
「て、え! 嘘!」
ピクスィーが驚きの声を上げます。当然です! 何せあの一瞬でお兄様はロデムとかいう魔神との距離をゼロにまで詰めたのです!
そしてお兄様の剣が魔神の首を!
――キィイイィイイン!
あ! くっ! 惜しいです! 剣が完全にその首を捉えるかと思った瞬間、魔神の骨の手がその刃を防ぎました。
「少し驚いたぞ」
魔神の顔がお兄様に向けられますが、それと同時に長大な尾が槍のようにお兄様に向け放たれました。
ですがお兄様は半身を逸しそれを躱します。魔神の尾は更に尾槍を振るいお兄様にあてようと躍起になってますが、空中を跳ねるように移動し、その突きを全て見切って避けきります!
「斬月!」
「むぅ!」
お兄様の斬撃が弧円を描いてロデムの胴体にヒットしました!
その威力で魔神の身体が滑るように後ろに流されます。
「――ここまでやるとは少し驚いたぞ」
「そうかい?」
はぅ! 余裕の表情で発せられるそのお声に私もうメロメロでございます!
「おいおい嘘だろ? ミサキのお兄様は化け物かよ……」
ピクスィーも呆けた表情で戦況を見つめておりますね。
まぁ当然ですね。魔神程度に遅れをとるお兄様ではありませんわ。
ただ化け物は酷いですね! 滅しますよ!
「ねぇ、一つ質問していい?」
「質問だと?」
「うん、あのさ、さっき魔法陣の中から出てきたり、魔物を何処かから呼んだりしてたよね? あれって他の世界にも飛ばしたり出来るの?」
……へ? お兄様その質問ってもしかして――
「ふむ、面白い事を訊くやつだ。この私を前にしてな。だがそれに答える義理はないな。どうしても知りたければ力づくで吐かせてみるがよいわ」
「だったらそうするよ――」
お兄様が再び構えを取りますが……あ、危なかったです! もし今の質問で出来ると応えられていたら――で、でもどうしましょう……あの感じだともしや、し、知っている?
「くくっ、いい眼だな。全くこの私相手に、負ける気がしないという強気な瞳だ。だがないいことを教えてやる。お前は絶対に私には勝てない」
「随分な自信だね」
た、確かに凄い自信ですが、私には世界を移動出来るか出来ないかの方が気になります!
「あぁそうさ何せ――」
あの魔法陣……もっとよく調べておけば良かったでしょうか――て、え? 何か胴体の方が口を開き。
「オグウォオオォオオオオオオォオ!」
な!? 咆哮? て、洞窟が激しく揺れて、お兄様が倒れ、そしてピクスィーまで、私の身体も痺れて動けなく――




