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【2‐10】お兄様にとっては魔物一〇〇〇匹など赤子の手をひねるより簡単なのです

「ちょ、ちょちょちょちょ、ピクスィーーーー!」


 私は思いっきり叫びます! 怒りの炎が胸を焦がします! ど、どういうつもりですか!?


「あ――ご、ごめんつい……だってあんな状況で助けられたら僕だって……ねぇ?」


「え!? えぇ、いや、あの、あ、あぅ――」


 お、お兄様が目をぐるぐるさせてます。

 明らかに困ってるではないですか!


「ちょ! ピクスィー! いい加減に離れて下さい!」


「え? あぁそうだね。ごめんねお兄様」


「い、いや別にいいよ~それに無事でよかったし~」


 ……ピクスィーは離れましたがお兄様の頬が少し紅いような……き、きっと締め付けられて苦しかったのですね!


 全くお兄様になんて事を! 私は思いっきりピクスィーを睨めつけます。


「おいおいそんな怖い顔しないでよ。だってあんな風に助けてもらって……嬉しくないのなんていないじゃん――」


 私から目を逸らして、ピクスィーの頬まで紅くなって――た、確かにあんな事になってて、そこをお兄様という素敵な男性に助けられれば、気持ちが高ぶるのも判りますが……


「と、とにかくピクスィーも無事だったし。後はこの任務を解決させないとね」


 お兄様が何かを誤魔化すようにしてるのが気になりますが……確かにそれはそうですね。

 今はこの依頼を終わらせる事を第一に考えなければいけません。


「それじゃあ付いてきてよ。多分こっちにゴブリンの集団がいると思うから」


 するとピクスィーが振り返り、奥に続く横穴のひとつを指さしました。

 正直油断も隙もないといった感じはさせてくれましたが、お兄様と私はピクスィーの先導に従って先を急ぎます。






◇◆◇


「おいおい……マジかよこの量――」


 横穴を歩き続けた私達は、そのうちに先ほどピクスィーが襲われていた場所よりも更に広い空洞に出ました。

 どうやら洞窟はここが最奥なようにも思えますが、見る限りでは、ここは大分昔からあった空間のようですね。

 実際ここに至るまでの横穴は新しく掘られたもののようで、鉱夫が掘った先でこの大空洞を掘り当ててしまったといったところなのでしょう。


 そして恐らくこれが原因でゴブリンが大量に出現したのだと思われます。

 何せピクスィーが驚いてるように奥ではゴブリンの大群がひしめき合っております。

 

 そんな大群を眼にしながら私達は今、大空洞内の岩陰に潜んで様子を窺っております。


「あの冒険者達も一〇〇〇匹はいるっていってたしね……」


 お兄様も声を潜めてピクスィーに伝えます。

 すると彼女が驚いたように目を丸くさせ私達に顔を向けました。


「はぁ? 一〇〇〇匹!? そんなの僕きいてないけど……」


 なるほど――そういえばあの冒険者崩れの連中には魔法士の姿もありました。

 確か図書館でみた本では、探知系の魔法というのがあるというのを確認しております。

 きっとあの中にその使い手がいたのでしょう。


 そして敵の多さに気持ちが萎縮し逃げの算段を打ったわけですか。

 ピクスィーの事は、彼らのいっていたように囮にするという最低な作戦の為、あえてはその事を伝えなかったというわけですか……


 とりあえず私はその話をピクスィーにお伝えします。


「そんな理由があったのか……くそっ! あいつら!」


 親指を噛み、眉間に皺を寄せ憤然と語気を荒らげます。

 当然ですね。ボクっ娘とはいえ彼女も女です。

 その、女性として大事なものがあの連中のせいで失われるところだったのですから。


「でもおかしいと思ったんだ。気づいたら僕以外誰もいなかったし。でも魔法の件もあるからそれで嫌がってるのかと思ったんだけど――」

 

 ピクスィーがそういってから私を見つめてきます。


「そういえばミサキも魔法覚えたんだよね……でも、それだと――」

「そんな事気にしなくていいですよ。私はその程度の事は自分で対処できますし、それにその力は相手が魔法を使う場合は有効です。ようは使い方だと思いますよ」


「うんそうだよね。ミサキの言うとおりだと思うよ。それにピクスィーは戦う能力も優れてるじゃないか、それを少し能力に違いがあるからって悪く言うのがおかしいんだ」


「……僕の事をそういう風にいってくれたのはふたりが初めてかも――ありがとう」

 

 ピクスィーがどことなく柔らかい笑みを浮かべ応えます。

 改めてそんなお礼をいわれるのは少し照れくさい気もしますが――


「でも――うと……様の――ちゃうかも……」


 むぅ! いま、かなり小さくですが聞き捨てならない言葉を彼女が言った気がしますよ!

 私が視線を投げつけると、目を逸らしましたが、何か怪しいのです。

 むむむむ――


「と、それよりこの大群だね。流石に数が多すぎるし……癪だけどやっぱり一度離れた方がいいのかも――」

「いや大丈夫だよ」


 ピクスィーが両手を掲げ、これは無理! と言わんばかりに囁きますが、お兄様は問題無いと表情を引き締めます。

 そのお姿がまた凛々しい――はぁお兄様の今の神々しさは八百万の神々であろうが決して抗えない流石さなのです。


「え? でもいくらお兄様でも流石に厳しいんじゃない?」


「いや、やるよ。それにここで引き返したらその間に攻め込んでくるかもしれないし、結果的に僕が出入口を空けてしまったしね」


 確かに――一箇所しかないという出入口はお兄様の逞しい拳で穿かれました。

 まぁ当然ですけどね。お兄様のやった事は正しいです。

 大体これだけの相手が進軍してきたなら、あの程度の小細工じゃどうせすぐ破られたことでしょう。

 浅慮な冒険者の愚かな手です。本当にどうしようもない連中ですね。


「だから――僕がやれるだけやるよ! でももしもの時はふたりともここから逃げてギルドに報告を」


「お兄様。申し訳ありませんがそれは承諾しかねます。私も一緒に戦いますわ! ですのでもしものときはピクスィーおねがいしますね」

「はぁ? 何言ってんだよ。ここまで来て僕だけ逃げれるわけ無いじゃん。それにゴブリンの大群が潜んでるのは外の連中が知ってるんだろ? だったらもう誰かが知らせに行ってるはずさ」

 

 ……まぁ確かに言われてみればそうですね。


「でも数は減らしておいた方がいいに決まってるしね」

「勿論ですわお兄様」

「だね。僕も覚悟を決めるよ!」


 するとお兄様が私とピクスィーを交互にみやり。


「……判ったよ。でも、危険だと思ったらとにかく逃げてね」


 あぁお兄様のお優しい気持ちはまるで太陽のように私の心を暖めてくれます――


 と、するとお兄様が颯爽と岩陰から飛びだし、ゴブリンの集団にその華麗なるお姿を晒しになりました。


「いくよ! 真空斬!」


 力強い響きが洞窟内に木霊します。そしてお兄様が鞘から剣を抜くと同時に刻まれし一閃。

 ゴブリンの群れに向けて空間が高速で断裂していき、お兄様とゴブリン共を繋ぐ線が悲鳴にも似た裂帛の音と共に上下に裂け広がりました。


 その空間の歪みに連動するようにゴブリンの胴体が上下半々に分かれ地面に投げ出されます。


 素晴らしい! これこそがお兄様の本来の真空斬です!

 これまでは私の糸でそのようにみえるようにしてましたが、ステータスが上昇したことで、お兄様自身の力で発動できるようになったのです。


 そして今のたった一振りでボブゴブリンも含めたゴブリン集団の三分の一ほどが死に絶えました。


 そして、かと思えば今度はお兄様が一足飛びで一気に間合いを詰め、ゴブリン共の上空に飛来いたします。


「飛跳剣!」


 お兄様は声を上げ新たなスキルを発動いたします。

 お兄様の頭上からの斬撃は先ずは一際大きなボブゴブリンの頭蓋を叩き割り、その勢いのまま再度跳躍し別の相手の頭上から剣戟を叩き込みます。


 飛跳剣とはこのように、空中から相手を攻撃しその勢いを利用して跳躍を繰り返し次々と相手の頭上から攻撃を叩き込んでいく剣の奥義です。


 何せお兄様、図書館では剣士の心得なる書物にも真剣に目を通しておりましたからね。

 私も糸で覗かせていただきましたが、剣で使用可能な初級スキルが載っておりました。


 それを早速お兄様は実戦で使いこなしているのです! 流石です! 流石が剣をもって一流の剣舞をお披露目してるかのような流石さです!

 

「……なんか心配してたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい凄いんだけど――」


 ピクスィーがお兄様の英傑たる戦い方に、愕然とした表情を浮かべております。

 まぁ気持ちもわからなくはないですけどね。


「確かにお兄様は素晴らしく、敵の数もみるみるうちに減っていっておりますが、それでもやはり数は多いです」


 私はそういってゴブリンの群れに視線を投げます。

 お兄様の素晴らしすぎるお力でその数は三〇〇、四〇〇と減殺しておりますが、それでもまだ半分程は残っております。


「お兄様だけにこの場を任せるわけにはいきませんし、私も打って出るつもりです。貴方は?」

「も、勿論僕もいくさ。そう話しただろ?」

「ならばお兄様は中央突破の体勢で戦闘を繰り広げております。私達は左右に分かれて残党を滅していきましょう。そうすれば魔法の件も問題にはならないはずです」


 そうやって戦えば五メートルの問題はなくなりますからね。

 まぁとはいえ、すでに私は彼女の魔法の発動を打ち消す効果を打ち消す魔法を完成させているので実際は全く問題ではありません。


 ただ私の公開してるレベルで考えると、そんな魔法を持っているのは不自然でしかないので、半径五メートル以内では魔法は使えないという体で頑張っていきます。


「ところで念のため確認ですが、貴方の力は魔物であっても有効なのですよね?」

「あぁ詠唱の必要な魔法ならね。ただ……前のシャダクみたいにスキル扱いのものだと無理なんだ。それも僕が嫌われてる理由の一つさ。魔物は魔法に近い効果をスキルで発動する場合が多いからね」

 

 なるほど……確かにそういわれてみるとシャダクはピクスィーが近くにいても、マジッククローというスキルは発動出来ていましたね。

 

「判りました。ですがゴブリン如きであれば、どちらにしても問題はないでしょう。ゴブリンにしてもボブゴブリンにしても大したスキルはもっておりません」


「あぁそういえばミサキは鑑定持ちだったな。いいよなそれ便利で」


 まぁ本当は鑑定じゃなくて糸の効果なのですが。


「それでは――いきましょう!」

 

 私とピクスィーはひと通り話し終えた後、予定通り左右に分かれゴブリンの群れに突っ込んでいきます。

 私達の姿を認めたゴブリンの一部が好色な笑みを浮かべたのがキモいですね。

 こんな状況で何を考えているのやら。

 

 私はその不埒な考え事消し飛ばすように、即座にフレイムショットでゴブリンの身体を燃やし尽くしていきます。


 ちなみに魔法で作り上げる炎は、この世界では酸素と関係がないので洞窟の中でも問題なしです。

 更に土魔法の初級で上から岩を落としゴブリンの群れに降り注がせていきます。

 初級魔法で唯一の範囲効果のあるアースレインです。

 

 土に関連するものが上になければ使用が出来ない限定的魔法ですが、洞窟内では初級にしては威力も強力です。

 先端の尖った土塊はゴブリンの身体を次々と貫き、地べたに死屍累々とゴブリンやボブゴブリンの成れの果てが築き上げられていきます。


 それを認めた後、私はふとお兄様とピクスィーの方にも目を向けました。

 お兄様は全く問題がありませんね。

 初級剣技の一つ斬月を今丁度決めたところです。

 お兄様の剣閃が、夜空に浮かぶ満月のごとく綺麗な弧を描き、周囲のゴブリン共を一太刀のもとに斬り裂きました。

 

 あまりの美しさに横たわるゴブリンの首をもいで、地面に団子のように積み重ね、お月見気分で眼福を楽しみたい気持ちになりましたが、ゴブリンの頭じゃ雰囲気ぶち壊しですのでやめておきます。


 そして一応ピクスィーの方も確認しますが……おや? 彼女は何時もどおりナイフ投げも織りませながら戦いを演じてますが、他にも地面から蔦のような物を伸ばしてゴブリンの足に絡めたりもしておりますね。


 そういえば妖精魔法というのは植物を操る力も有しているのでしたね。

 なるほどあれがそうですか。

 足止めには中々使えそうかもしれませんね。


 ただ中には蔦を剣で刈り取ってしまっているのもいます。

 魔法のレベルが低いせいというのもあるのかもしれませんが、蔦はそこまで丈夫そうな代物ではないですからね、一時的な足止めに過ぎないのでしょう。


 ただそれでも一瞬でも動きを阻害できれば、その瞬間にピクスィーのマンゴーシュが喉を刈りますからね。

 そのコンビネーションでボブゴブリンとも上手く立ちまわっております。


 ボブゴブリンはレベルが13とゴブリンに比べれば当然高く、少し気になっておりましたが、お兄様の戦いぶりをみているせいか、私達に対しても腰が引けてしまってる魔物もかなり多いです。


 お兄様の一騎当千の勇姿をその眼にすれば当然とも言えますけどね。

 そのおかげで私達もかなり楽に戦いを演じることが出来ております。

 敵は完全に恐れをなし震懼しきっておりますね。


 流石にお兄様です。気炎万丈なその雄姿にすべての敵は畏怖し諦めるほかありません。

 もうこれで、勝負は決まったも同然ですね。


 ゴブリンの数も既に残り数十体というところまで減少しております

 しかもお兄様から逃げるように奥の壁際で固まって、もはや戦意を失ってる節さえ見て取れます。


「これでもう勝負は決まりだね……」

 

 殆どの敵が片付いたことで、一旦私とピクスィーもお兄様の横に並びました。

 お兄様は残ったゴブリンに目をやり、そう口にしますが。


「確かにそうだけど、だからってあいつらを見逃そうなんて考えちゃ駄目だよ。そんな事したらまたどこかで人間を襲ったりして――繁殖したりするかもしれないんだ……」


 ピクスィーが唇を噛むようにして呟きます。

 先ほどの事を思い出してるのかもしれませんね……


「……うん判ってるよ。仕方ないね」

  

 お兄様は一瞬だけ表情を曇らせましたが、心を決めたようで、ゴブリンに向けて足を進めようとします。


 活殺自在のお兄様といえど、戦意を失った相手を敢えて討つのは躊躇われるのでしょう。

 ならばお兄様の後をついていき、その汚れ役は私が――


「え?」


 と、お兄様が一歩前に踏み出したその瞬間、表情を強張らせ短い声を発します。

 私とピクスィーも驚きに眼を見開きました。

 ゴブリン達の目の前で突然魔法陣が浮かび上がり、その中から一体の異形が姿を現したからです。


「ふん! まさかここまであっさりやられるとはな所詮はゴブリンか使えねぇ」


「ギ、ギェ! ギェ!」


「あん? 言い訳なんて聞きたくねぇんだよ。この――魔族の面汚し共が!」


 その異形が吐き捨てるようにいうと、戦々恐々といった様子で震えていた残りのゴブリンの首を、あっさりと切り裂いてしまいました――

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