【2‐7】お兄様と朝食で――え?
「だからこれぐらい着て置いたほうがいいって」
「で、でもこれは流石にやりすぎでは?」
朝目覚めるとピクスィーが部屋までやってきました。
そして私が昨日ジョンから購入した着替えの一つを手に取り、私にそれを着ろと薦めてくるのです。
でも……これは正直いざという時、というかついつい買ってしまったタイプでして――
「それに街なかでこの格好は流石にまずいのではないですか?」
「大丈夫だって。どうせ装備品買ったらある程度隠れちまうんだし」
うぅ、確かにピクスィーのいうように、冒険者への登録が終わったら装備品を揃えることになると思いますが……
「ミサキ~着替え終わった? そろそろ朝食ができてるらしいよ~」
「ほら! お兄様が呼んでるし、早く着替えちゃえって!」
う、うぅうう、えい! こうなったらもうヤケです!
◇◆◇
「お、お兄様私の格好どうでしょうか?」
私は外に出てお兄様にそう確認いたします。
するとお兄様が私をじっとみつめて……あぁ! たまりません!
「可愛いと思うよ~」
「え? あ、そう、ですか」
「うん」
「あの、それだけですか?」
「それだけって?」
……お兄様が小首を傾げます。今の私はビスチェタイプのドレス姿で、胸の露出も高く、スカートの裾もかなり短く……淫妖な黒で攻めてるのですが――
「じゃあミサキも準備出来たみたいだし、朝食いこっか~」
そういってお兄様がトコトコあるいていってしまいます……
何故かジョンがこちらをちらりとみて頬を染め目をそらします。
「パパどうしたの?」
「な、なんでもない。さぁいくよ」
ジョンもラリアの手をとって食堂に向かって歩き出します。
私はなんともしょんぼりした気分で脚を前に運びます……ジョンにそういう目でみられても嬉しくないのです……
しかも背中をピクスィーがぽんぽんっと叩き、哀れんだような目を向けてきました。
「お、お兄様はそういう女の娘の見た目や格好で判断しないだけです!」
「うんうんそうだな。まぁとりあえず朝飯でも食べて気を紛らわそうよ」
そういって羽をパタパタさせながらピクスィーが私の背中を押してきました。
うぅうう――
とりあえず食堂に下りて全員で朝食をとります。
流石に昨日の変な男はいませんね。全くあれのせいで昨日の食事はあまり楽しめませんでしたからね。
「お待たせしました~」
昨晩と同じく恰幅のよい女性が料理を運んできて私達の目の前においていきました。
て、え――?
「……ミサキこれって」
お兄様も目を丸くさせてます。私もえぇ、と答えつつまじまじとトレイに乗ったおかずに目を向けました。
「お、この宿ワショクが出るんだね」
「はい。やっぱり朝はワショクがいいですからね」
「……あの、和食って――」
私は思わず訊いてしまいます。
お兄様もちょっと不思議そうな顔をしてますがそれはそうですよね。
何せトレイの上には木製の角皿に焼き魚、小鉢にお浸し、お椀には味噌汁、茶碗には白米、そして――全員が取れるようにと別に用意された器には納豆……これは一体――
「おや? おふたりともワショクは初めてでしたかな?」
「え、あ、いえそういうわけではないのですが――」
ジョンが訪ねてきましたが正直なんと応えてよいか判りませんね。
「ワショク美味しいよ。私大好き~」
そういってラリアがハムハムと魚を箸で摘んで口に持っていきます。
そして箸の使い方も手慣れたものです。
「もしかしてオハシの使い方がわからないとかかな?」
ピクスィーが訪ねてきますが。
「いえ、箸はわかりますが」
「うん? いやハシじゃなくてオハシだってば」
「…………」
「この魚って鮭なのかな?」
お兄様が首を傾げ誰にともなく訪ねます。確かに見た目には鮭ですね。
赤身で切り身で皮付きですが――
「ははこれが酒だったら酔っぱらちゃうだろ。面白いなお兄様」
ケラケラと笑いながらピクスィーがいってますが、多分あなたの思ってるのとは違います。
あとお兄様を馬鹿にするなんて滅しますよ?
「これはレッドカイトフィッシュですね。身が赤くてよく脂がのってて美味しいのですよ」
「そ、そうなんですか――」
「あ、美味しい。味は鮭とかわんないや」
お兄様が魚の身を綺麗にほぐし食しました。
育ちの良さというのは食事の食べ方一つ取っても滲み出るものです。
誰が見ても美しい姿勢で、完璧な作法で魚を食すお兄様は美食を極めた至高の食通さえも唸らせます。
「このミソスープがまた美味しいんだよね」
……どうも話を聞いてる分には確かにこれは和食にそっくりですが食材や名称に若干違いのあるものがあるようですね。
「ゴハンも美味しいね」
ラミアが嬉しそうに頬ぼります。私はとりあえずお兄様の食した焼き魚に手を付けました。
確かに鮭にそっくりですね。ただこっちのほうが脂はのってるかんじで味も濃いかもしれません。
ゴハンはそのままゴハンですね。可もなく付加もなくです。タイ米のような細長い長粒種ではなく、短粒種の馴染みの深い日本米とそっくりですね。
そしてミソスープ……味噌汁ですね。味は中々です。出汁がしっかり効いてる感じです。中身は豆腐ですね優しいお味です。
……つまりこれは味噌もあるという事ですね。というより別の瓶に醤油も入ってましたし。
「私はこのナットーというのに目がなくて」
ジョンがそういって別の器に納豆を取り、箸でかき混ぜ始めました。
「ラミアそれ苦手~なんかくさ~い」
「いやいやこの匂いがいいんだよ」
そういってゴハンに掛けて美味しそうに食べてますね。見た目はまんま納豆です。
ただ気にはなりますし、私も嫌いではないですが朝は遠慮しておきますね。
「ミサキ~納豆も美味しいよ~」
「おおショウタ様はこの味判って頂けますか!」
好き嫌いなくどんな料理でも美味しそうに食べるお兄様素敵です!
「う~ん、私もちょっとそれは苦手」
ピクスィーは顔をひきつらせてますね。言葉通り苦手なのでしょうが……
「あの、ところでジョン様。この和食というのは何時頃からあった料理法でしたでしょうか? 私料理自体は知っておりましたが詳しくなくて――」
「え? ああそういわれるといつからだろうな? 気がついたらあったような――」
「この国に昔からあったものですか?」
私は更に質問を続けます。
「いや、それは確かどこかの旅人から伝わった料理法というのを聞いた気もしますね」
「…………」
「ミサキどうかした?」
「え? あ、すみませんお兄様。まさか和食が食べられるとは思ってなかったのでちょっと驚いてしまって」
「あぁ確かにやってる店はそう多くはないしね。王都なんかだとやたら高かったりもするし」
「確かにここみたいに朝食として出てくるのは珍しいかもしれませんね。ただ頑張って定食として気軽に味わえる値段で提供してる店もあります。良かったらあとでお教えしますよ」
「本当? ワショクが食べられるなら嬉しいねミサキ」
「え? あ、はいそうですねお兄様」
……流石お兄様。どんな状況でも動じず受け入れる度量の深さはお兄様故です。
とはいえやはり気にはなりますね。
何故こんなに日本の料理や調味料が伝わっているのか――
まぁそれはおいおい調べていくとしましょうか……