【1‐2】お兄様がこんなこと、きっと嘘です間違いです
暫く私は呆けてました。数秒か数十秒かはわかりませんが。
とにかく信じられませんでした。私の愛すべき愛しのお兄様。心優しく博識でそれでいて誰よりも格好良いそんな素敵なお兄様が――私よりステータスが低いなんて……
いえ低いとかいうレベルではありません。私の単位が無量大数なのに、お兄様の数字の横には何もついていないのです。
レベルひとつとっても、億も兆も京もそれこそ極でも那由他でも不可思議でもなく――ただの7……
こんな事がありえるのでしょうか? 信じられません。これが神の悪戯だというのなら私は今すぐ神を滅しに向かいます。
あぁ……なんて可哀想なお兄様。これはきっと間違いだったのです。本来であればきっとお兄様が私のステータスでこの地に降り立った筈なのに、どこかで歯車が僅かに狂いこのような結果に……
これなら私のステータスなどもっと低くて良かったのに……そうお兄様がレベル7なら私はレベル6で、お兄様のレベルが100なら私は99で、お兄様のレベルが213万なら私は212万で――私は常に兄様の一つ後ろであればいいのです。
「う、う~~ん……」
はっ! そんな事を色々と考えていたら、お兄様が目覚め始めました。
ど、どうしましょうか――とりあえず……
◇◆◇
「こ、これどうなってるの! 僕確かゲームをミサキと買いに向かってた筈なのに~~! 確か地震で……あれれ~~!?」
お兄様が眠りから覚めて、周りの景色をみた瞬間慌て始めました。
それはそうですよね。このような状況にあっては、私だって最初はかなり驚きましたし。
「み、ミサキ!」
「はいお兄様」
「僕! 思うんだけどこれってもしかして異世界に召喚されてしまったというやつじゃないかな?」
流石お兄様! 素晴らしい洞察力をお持ちです。
「お兄様流石ですわ。私もそこまで考えが及びませんでした。この状況で異世界と思われるなんて」
「うん。でもほら周りが草花で覆われてたり、あそこにみえる街道だったり、それに――」
それに? と私も復唱します。説明してくれているお兄様もやっぱり素敵です。
「あそこの窪み。多分最近できたのだと思うけど、あんなの現代じゃありえないもんね。完全に地面が抉れた感じだし、途中も巨大な土竜が突き進んだみたいになってるし……てか近! 僕達のすぐ近くにこんなの! 多分このあたりでドラゴンか何かが暴れたんだと思うけど、その時に遭遇しなくて良かったよね~」
「…………」
お兄様には流石に本当の事は話せませんね。余計な心配をかけてしまいます。
「でも異世界に本当に来ることになるなんてな~あ! 今日ゲームの発売日だったのに結局これじゃあ買えないよミサキ! それにまだ読んでないラノベも漫画もあったのに~~! あ~どうしよう~どうしよう~」
お兄様。あえて私に心配をかけないように軽い感じで頭を悩ませてみせて――そのお気持ち感動です。
「ま、でも来ちゃったものは仕方ないよね」
その切替の早さも流石です。
「とりあえず異世界についたなら先ずは――ステータス!」
そこに気づかれるとは流石です! では私も一応チェックを!
ステータス
名前 ショウタ タカギ
種族 人間
年齢 17歳
性別 ♂
称号 完全無欠のお兄様
レベル 7000
物攻 25000
魔攻 32000
体力 18000
魔力 28000
敏捷 22000
精神 40000
永続スキル
言語理解 勇者の資質
アビリティ
完全無欠
ふぅ、とりあえず上手くいってるようですね。パーフェクトライヤーを使用しておいて良かったです。
それにしてもいじれる数値が一〇〇〇倍までなんて、これではお兄様のお力を表現するには不十分です。私の力の無さが恨めしく思います。
それに本当はもっとスキルやアビリティも付けたいのですが――この世界にあるスキルやアビリティは詳しくないですし、とりあえずそれっぽいのを付けておくしかありません。
今付けたのが例えこの世界にないものだとしても、ひとつふたつなら誤魔化しが効くでしょう。
ただ、お兄様が固まってしまっているのが気になります。
やはりあまりのレベルの低さに愕然としているのでしょうか?
そうですよね。お兄様ともあろう御方が、高々レベル7000だなんて……私がもっと――
「何レベル7000って!? 高すぎ! 怖い! え! どういうこと!?」
お兄様のその控えめなところ素敵です。
「ミサキ~~僕レベル7000とかになってるよ~~~~!」
「まぁ流石ですわお兄様。私などレベル7ですから」
「え!? ミサキが!」
お兄様ったら目を見張って随分驚いてますが、私がお兄様の足元にも及ばないことなど当然の事なのです。
因みにレベル72はやめておきました。ここは私がお兄様の代わりを努めます。
つまり私がレベルが7であったという事にします。
「そんな――現役のプロレスラーに絡まれて、相手を半殺しにした事もあるミサキがレベル7だなんて……」
……まぁあれは相手は酔っ払ってましたし、それにお兄様の事を幼稚園児かと思ったなど侮辱するのですから当然の結果ですわ。
「僕からもミサキのレベルってみれるのかな?」
あ、そういえば確かに自分の頭の中に浮かんでくるだけですから、相手には基本みえないんですね。私はスキルのおかげで別ですが――て、お互い同意の上で見たい相手に触れればみれるのですか。
何か頭の中に浮かんできましたが――
「お兄様、どうぞ私の手にお触れになってください」
「え? どうしたの急に?」
「多分それで私のステータスが確認出来ると思いますので」
へ~そうなんだ! とお兄様が私の手を握りました。暖かくて柔らかい……私幸せです。
ステータス
名前 ミサキ タカギ
種族 人間
年齢 16歳
性別 ♀
称号 お兄様を慕う妹
レベル 7
物攻 24
魔攻 23
体力 20
魔力 23
敏捷 28
精神 25
永続能力
・言語理解
「本当だ。ミサキはレベル7なんだ……じゃあ僕のもみる?」
「え? あ! はいお兄様のを是非!」
とはいっても、お兄様のステータスは私は既にわかっているのですが。
「まぁ! 素晴らしいですわお兄様! 勇者の資質まで併せ持つなんて流石お兄様です! 最早流石が渦を巻いて天にも上るほどの凄さですわ!」
私は心からお兄様を褒め称えます。ですがお兄様の表情は優れません。やはりこのステータスでは低すぎ――
「でもレベル7000とか言われても高すぎてよくわからないんだ」
お兄様のその殊勝なところがまた素敵です。
「それにしても、どうしてふたり揃って称号に兄様がついているんだろ?」
お兄様が首を捻ってしまいました。それは勿論私の気持ちを反映させた形ではあるのですが。
「私はお兄様の称号素敵だと思いますわ」
「そうかなぁ? う~んまぁいいか。どっちにしても! これからはミサキの事は僕が守らないとね!」
「お兄様――なんて勿体無いお言葉……」
私、感動で目に涙が――
「グルゥ――」
え?
「な! なにこいつら! いつのまに集まって!」
お兄様は私の後ろに隠れるように移動して声を上げました。
お兄様に頼られるなんて、私幸せです!
とはいえ、私もすっかりお兄様とのお話に夢中になり過ぎていて気づきませんでした。
ここは魔物(恐らく)が跋扈するような異世界であることを忘れてました。
今、私達を囲んでいるのは毛並みが赤茶色の犬……というよりは狼ですね。ちょっと糸を出して触れてみます。
ステータス
名前 マッドウルフ
種族 魔獣族
性別 ♂
称号 群れる狼
レベル 3
物攻 13
魔攻 0
体力 15
魔力 2
敏捷 26
精神 8
固有スキル
喰らいつき
狼型の魔獣。レベルは低いが基本群れで行動するため初心者冒険者や平民が単独で相手するには危険。
一度噛み付くと中々離さない。
肉は固く癖があるため食用には不向きだが皮は材料となる。倒した後に現出する魔金は純度が低くその価値は低い。
出てきましたね……正直全く大した事がありません。全部で四匹いますが私なら指一本でも倒せそうですね。
ただ、気になるワードが出てきました。魔金とは一体?
魔金
魔物が死亡するときに体内で生成される金属。
主に魔法具の材料となり冒険者ギルドにて買い取りを行っている。
情報が出てまいりました。これって一体なんなのかと思ってましたが、どうやら賢女の心得の恩恵ぽいですね。
触れたものの情報がわかるので、説明に出てくる単語の情報も瞬時に頭に浮かんでくるようです。
まるで異世界専用の辞典が組み込まれているような感覚です。
「あ、あうぅう! 駄目だ!」
え? お兄様がその美声で叫びあげ、私の前に躍り出てまいりました。
「ミサキは僕が守るって誓ったんだ! こんな事でびびってたら駄目だ! 逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ!」
はぁ――お兄様私を守るために私の為だけに身を挺して……もうこのまま天に召してしまいそうです。
「だ、大丈夫だよミサキ! 僕はレベル7000なんだ! こんな奴らすぐ追い払ってやる!」
……弱りました。私も当然お兄様の実力は信じております。たまたま何かの手違いで本来の力が封印されてしまっているのでしょうが、覚醒さえ出来れば私なんかよりずっと強くなるはずですし。
ただ、今のお兄様のレベルが7である事は確か。スキルでレベルが上ってるようには見えていても、実際の能力に反映されているわけではありません。
あくまで偽装ですからね。勿論このマッドウルフのレベルは高々3ですし、レベル7のお兄様ならそれでも勝利は確実でしょうが、7000としてみるならここは本来余裕の強さを見せねばいけないところです。
そうなると――さてどうしましょうか。
「グウウウウゥウルルウウウルルウウ!」
四匹が同時に唸り声を上げてきましたね。しかもお兄様に向かって。
高々畜生がお兄様に向かってそのような無礼な態度――
――狼鍋にして喰ってしまおうかしら?
「キャイン、キャイン、キャイン!」
あら?
「あれ? なんか逃げちゃった……」
そうですわね……狼でも逃げるときはキャインっていうのですね。
いえ、そんな事より。
「流石お兄様! 眼力だけで魔物を追い払ってしまうだなんて、流石が大砲のように撃ちだされ花火と成って祝福してくれてますわ!」
「ぼ、僕の眼力? そ、そうなのかな? もしかしてこれがレベル7000の効果?」
「はい、きっとそうですわ。私お兄様に守ってもらえて涙がでるほどうれしゅうございます」
後頭部を擦って照れるお兄様も素敵です。みてるだけで子宮が疼きそうですわ。
「でもミサキこれからどうしようか?」
「はいお兄様。一旦村や街を探して見るのは如何でしょうか? 道も見えてますし、アレを辿れば人の住む場所へ導いてくれるかもしれません」
「うん! ミサキはやっぱり賢いね。確かに物語でもまずは人のいる場所に向かうし! よし! 行こうか!」
「はい、お兄様♪」
賢いだなんて、お兄様からそのような有難いお言葉を賜るなんて――幸せです……
そしてこの異世界で愛しのお兄様とふたりきりでの旅――ロマンチックです……何か先が楽しみになってまいりました。