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【1‐18】お兄様と甘い時間を過ごすのです

「いや本当にすごいな。これだけの魔物を相手にしても全く危なげな様子もなく倒してしまうなんて」


 私達の戦闘が終わると、ジョンが笑顔を湛えながら馬車の後方から戻ってきました。


 どうやら後ろを警戒しながらも、私達の戦いの様子をみていたようですね。


「でも少しは危なかったのですよ。まさか木に擬態してくるのがいるとは思わなかったので」


「僕も焦っちゃったよ~」


 私がジョンに敢えてそういうとお兄様が心配そうな顔で声を上げました。お優しいお兄様……その言葉だけで私は感極まる思いです。


 とはいえ勿論本来ならお兄様ほどの力があればあんな事態ちょちょいと解決できるのでしょうが、お兄様の負担を軽くしようと私が動いてしまいましたからね。

 

 お兄様の精強さを認識してもらうのは何の問題もありませんが、私が強い、戦える等と思われるのはあまり得策ではございません。


「今回はピクスィーの働きも素晴らしかったですからね」


 私はにっこりと彼女に微笑みかけて心にもない事をいいました。


 え? 僕? と目をパチクリさせてますが。


「なんかミサキにそういわれると逆に不気味だね」


苦みばしった笑みを浮かべて彼女がいいました。私だって別に褒めたくて褒めてるわけじゃないですけどね。


「私はなんとなくしか判らなかったのですが、あのトレビアンという魔物にピクスィーはしっかり気づいてましたからね」


「そうなんだ~ありがとうピクスィ~」


 え!? お、お兄様が私以外の女性に太陽のような微笑みを――う、うぅううう! 自分でいった事とはいえ何か悔しいですわ!


「ははっ、お兄様にそういわれるのもな。僕なんかよりずっと凄いだろあんた」


「というかずっと思ってたのですが、なぜ貴方までお兄様と呼んでるのですか? お兄様は私のお兄様であって貴方の――」

「硬いこというなって。なんか呼びやすいんだよ、いいじゃん呼び方ぐらいなんだって」


 む~、この方はノリが軽いしちょっと馴れ馴れしすぎです。


「僕も別に気にしないけど、でも様はなんか堅苦しいよね~もっと気軽に呼んでくれた方がいいかも、ミサキもね」


 お兄様が後ろに手を回し、そんな寛大なセリフを口にしますが、それでもやっぱり――


「私にとってお兄様はやはりお兄様ですわ」


 お兄様を尊敬する私のお気持ちはかわりません。だからこそのお兄様です。


「じゃあ僕はお兄ちゃんって……じょ、冗談だよ冗談」


 私がキツく睨みつけると、後ろに軽くたじろぎながら両手を前で振ってみせました。

 判ってくれればいいのですけどね。あまり馴れ馴れしくされると滅したくなります。


「それにしてもこれは中々のものですね。魔金もそうですがそれよりも素材となるものが沢山です。トレビアンに関しては食材としての価値も中々ですしね」


 ジョンが感心したように数度頷いてからいいました。

 確かに糸で確認した情報でも、ガバリン以外は魔物の身体自体が素材として取り引きされてるようです。


「だね♪ とりあえず全部解体して一箇所に集めるとしようか」


 ピクスィーは早速魔物の亡骸まで移動し、手早く解体を始めます。流石冒険者とあってか手慣れたものですね。


 そして私とお兄様も作業に取り掛かります。ジョンはその間念のため見張りについておいてもらいました。


 ジョンにも解体作業に回ってもらえば早そうですが、お兄様と私は今後もこういった作業が必要になりますから、出来るだけ数をこなしておきたいですしね。


因みに解体作業に関しては剣ではなくナイフで行っていきます。

 こういう時はやはりナイフの方が便利ですね。


 糸で調べる分には、魔金に関してはガバリンは下顎を抉った先に出来ているようでした。

 コブメリザーは多量の目がある顔の頭蓋に、トレビアンに関してはあの大きな目を取り去ったところに出来ている形です。


 お兄様にも本当はこの情報を教えたかったのですが、鑑定は魔金の位置まで知ることの出来るスキルではありません。


 ただそれに関してはピクスィーが詳しくて細かく解体方法を教えてくれました。

 その部分だけはまぁ感謝してもいいですね。


 お兄様は何度か解体をしているうちに、私のサポートなしでもスムーズに魔金や素材を取れるようになりました。

 流石お兄様です! このなんでも即座に吸収してしまう才能こそがお兄様がお兄様たる所以なのです。


「ふぅ~これで全部完了したね~」


「流石ですわお兄様! 流石がスタンディング・オベーションを起こし惜しみない拍手を送っておりますわ!」


「いや、なにそれ?」


 ピクスィーが疑問符を浮かべたような顔で訊いてきましたね。お兄様の凄さはやはり並みの人には理解が出来ないのですね。


「まぁいっか。でも魔金はともかくトレビアンとコブメリザーの胴体は場所を取るし、馬車に積むのはキツイかな」


 顎に指をそえ難しい顔でピクスィーが唸ります。

 確かにトレビアンに関しては萎れた枝を刈り取り、本体で価値のある下半分(目のある部分から上は美味しくないらしいです)を切り取って、更に輪切りにしましたが、それでも四体分となるとそれなりの量になります。


 コブメリザーに関しては更に厄介で、四肢を切り首から先も切断しましたが、瘤のある部分は下手な処理をすると価値がなくなるそうなのです。


 その為胴体部分はそのまま持ち運ぶ必要があるのですが、これがなんと一個に付き一〇〇キログラムを超える重量があるのです。


 その胴体を糸の補助があるとはいえ、軽々とひとりで持ち運ぶお兄様にピクスィーとジョンが驚きを隠せない様子ではありましたけどね。


 どちらにしてもこれを全てもっていくのはちょっと厳しそうではありますね。トレビアンだって元が木ですからそれなりの重さはありますし。


 すると私達の横に立ったジョンが一箇所に集められた素材を見て腕を組み、弱ったように眉を広げます。


「確かに全部は厳しそうですね。トレビアンの本体は細かく寸断してくれたので少しは入りますがとても全部は無理ですし、コブメリザーに関しては重すぎて一つ入れるだけでも馬が持ちません。


「まぁやっぱそうだろうね。だったらこの素材はいったん森の中に置いておいて後で回収屋にお願いする形が一番かな」


 ピクスィーが頭を掻きながら、仕方ないか、といったようすで話します。


「回収屋って?」


 そしてお兄様が首を傾げながら訪ねました。確かにそれは気になるワードですね、そこに気づくとは流石です!


「回収屋ってのはまぁその名の通り、魔物なんかを狩ったはいいけど運びきれないものが出た時頼む連中さ。まぁその回収屋も冒険者が集まって出来た連中が殆どなんだけどね。荷運び専用の大型の馬車を持っていて、こういった素材の回収を専門に請け負っている奴らなんだよ」


 なるほどね、とお兄様が納得したように頷きます。


「ですがいくら馬車が大きくても、これだけの重量を持ち運べるのですか?」


「それも問題はないね。僕の知ってる奴らは馬車に重量軽減の魔法具を仕込んでるし、更に引く馬もイヒュシュキって魔獣を飼いならしたものだ。イヒュシュキの馬力は一頭で普通の馬車馬の百頭分に匹敵するからね」


 なるほど、確かにそれであれば問題なさそうですが――


「勿論料金はかかりますよね?」


「そりゃそうさ。ボランティアでそんな事をやる馬鹿はいないだろ」


 ピクスィーが肩を竦めていいました。


「ただ依頼料は回収する荷が多くて金になるものなら、現物取引でやってくれる。この量だと三分の一は回収料として持ってかれるだろうけど、先に払うと言っても同じぐらい金額を要求してくるだろうから結局一緒だね」


「その方たちは信用できるのですか?」


「何度かお願いしてるのは、僕なんか(・・・・)みたいのでも特に詮索もせずに動いてくれる連中だしね。これまでに逃げられたという事もないし、連中だってそんな信用を落とすような馬鹿な真似はしないさ」

 

 彼女の口にした言葉に少し気になる部分もありましたが、その話を聞くぶんには信用できそうですね。


 まぁどちらにしても選択肢はそれしかなさそうですが。


「でもこんなところにこの素材を置いておいて大丈夫なの?」

 

 お兄様がピクスィーに疑問をぶつけました。確かにそのとおりですね、流石聡明なお兄様は目の付け所が違います。


「それは大丈夫。魔物同士が素材をどうこうすることはないし、こんな嵩張るものをくすねれる連中もそうはいないしね」


 右手をさし上げながらお兄様の質問に答えるピクスィー。

 まぁ確かに馬車でも簡単に運べないようなものをそうそう盗っていったりは出来ないでしょうからね。


「まぁそういうわけだからさ、ちょっとこれを茂みの中に移動してもらっていい?」


 ピクスィーが媚びるようにお兄様にお願いしました。

 私を通さず勝手にお兄様に頼むなんて――


「うん。いいよ~」


 あぅお兄様……でもその心の広さがお兄様の魅力でもあるのですよね……


 ちなみに私やジョンモ手伝おうとしましたが、ひとりで大丈夫だよというお兄様が手早く運び出したので、ジョンも手を貸すタイミングがつかめない様子、私は私でお兄様のサポートをしながらでしたので、結局お兄様の好意に甘える形になってしまいました。


「うんこれでオッケーだね~」


「だね。それにしても本当見事だねミサキのお兄様は」


 そんなの改めていうまでもなく当然ですわ。


「いやはやこれだけの作業で五分とかからないわけですからね」


 ジョンも懐中時計を取り出して感心するように口にします。

 流石はお兄様、その行動のひとつひとつが皆の関心を引きます。


「さてっと――」

 

 ふとピスィーが声を漏らし、そしてお兄様が藪のなかに移動したトレビアンの樹木のひとつを持ってきました。


 輪切りになったそれは見た目には大きなバームクーヘンを思わす形ですが。


「ちょっとお腹すいたしこれぐらいは頂いちゃおうよ」


 彼女はそういって腰からナイフを取り出してまるでケーキを切るように斜めに線をいれて、三角に分けたそれを右手で掴み、口元まで運んでかぶり付きました。


「う~ん、やっぱトレビアンの身はおいしぃ~」


 ……というかこの娘、こういうのを何も訊かず勝手にやっちゃうんですね。

 いや、まぁこの魔物は彼女が倒したのもありますし別にいいのでしょうが。


「皆も食べてみなよほらっ」


 いってピクスィーがトレビアンの木を切り分けてくれました。

 輪切りといってもそれなりの大きさがあるので、三角に切り分けられたこれも結構大きいです。


 ……そもそもこれ生で食べて平気なものなのでしょうか? いえ、ピクスィーが食べてるから平気という考え方も勿論できますが――


「うん、甘くて美味しいこれ! ミサキも食べてみなよ~皮はパリパリしてるし果肉はすんごく甘くて美味しいよ~」


 お、お兄様……私の為に先んじて毒味をなさってくれるなんて――あぅ、本来なら私がその役を甘んじて受けなければいけないのに、自分で自分が情けなくなります。


 でもお兄様が自分を犠牲にしようとしてまで成してくれた好意を無駄には出来ません!

 私は三角に切られたトレビアンの樹皮と中身を一気に口に含みました。


 パリッ――パリッ、皮はまるで上質な焼き菓子の如く淑やかな食感。

 と、同時に剥きたての果肉のようなねっとりとした感触が舌に乗り、とろけるような甘い匂いが鼻孔をくすぐります。


 そして広がる上品な甘み。最高級のマスクメロンを彷彿させるお味ですが、しかし瑞々しさはこちらの方が圧倒的に上。一口噛んだだけで果肉は弾け若干とろみのある汁が口内に溢れ出します。


「お、美味しいですわ~」


 ほっぺたが落ちそうとはまさしくこの事を言うのですね。

 本気で心配になってだるんだるんになったほっぺを手で押さえてしまいました。


「いや、これは随分久しぶりに食べましたが、やはり美味しいものですね。……あの、もし宜しければ後で娘に食べさせてあげたいのですが、少し分けて頂いても宜しかったでしょうか?」


「勿論だよ~」

「当然でございます」

「半分ぐらい余ってるしな、これ全部あげるよ」


 満場一致で意見が揃いましたね。ジョンが嬉しそうに、ありがとうございます、とお礼をいってくれましたが、私達もお世話になっておりますし当然の事ですね。


 さて、とりあえずお腹もある程度満たされましたね。後は旅の再開と――


「さてっと。それじゃあ腹ごしらえも済んだし、お兄様そろそろ準備はいいかな?」


 ……はい? 準備? 一体何の話でしょうか?

 


 

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