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【1‐16】お兄様は流石ですがそれに頼られすぎても困ります

「ねぇ、いいでしょう~協力してよぉ~ん、ね?」


 擽るような声で、しなを作るようにしながら半身で肩を近づけて、上目遣いに媚びる。


 私の目の前で、ピクスィーは突然女を使ってお兄様を口説きにかかっていた。


 メラメラと黒く熱いものが、私の胸中からこみ上げ、目頭がかっと熱を持ち、自然と親指の爪を千切れんばかりに噛む。


 この雌がお兄様に色目を使おうだなんて――絶対に滅するべきです!


「あれ? ミサキどうしたの? そんな怖い顔して……」


 うぅううぅ、お兄様が不思議そうな顔で私をみてきます。このはち切れんばかりの想いが伝わらないのが悔しいです。


「あれ~? もしかして妹さん僕があんまりお兄様とべったりだから焼いてるのかな~?」


 くっ! 図星ですが、その誂うような物言いが腹立たしいですね!


「え~? ミサキがそんな事を思うわけないよ~、それに男の子に焼くとかもおかしいしねぇ~」


 靭やかな肩を上下に揺らしながら、お兄様は素直な思いを口にします。

 それを聞いたピクスィーがむっとした顔をみせましたが――ぷっ……ふふっそうでしたね。


 そういえばお兄様には彼女の性別を伝えてませんでした。

 まぁ色気のないボクっ娘です。お兄様からみれば全く女性に映らなかったのでしょう。

 

「ぼ、僕は女だよ!」

 

 お兄様から身体を離して、ムキになって声を荒らげましたね。

 その仕草ひとつ取っても女性らしさの欠片も感じられませんが。


「えぇぇえ! そうだったの! 全く気づかなかったよ~~!」


 お兄様が目を見開いて驚きます。そのやり取りに少しだけ私の鬱憤もはれました。


「……もういいよ。別に男の子に間違われるのも珍しくないし」


「あの、ごめんね。でも女の子だとしても可愛いとは思うよ~」

「え? あ、そ、そうかな?」


 お兄様のあくまでお世辞でしかない褒め言葉に、ピクスィーが頬を僅かに紅潮させました。

 なんでしょう? 私の眉と頬がピクピク痙攣してます。


 もうみていられないので私は一つしわぶきし話の腰を折りました。


 するとお兄様がチラリと私を見た後、彼女に向かって口を開きます。


「え~と、それで手伝いの件だけど僕達には無理かな~」


「え!? どうしてさ~いい話なんだって!」


「でも僕達はジョンさんの護衛を受けてるからね。それを放って別の事には動けないよ」


 流石お兄様です。その律儀な姿勢に、夜空に浮かぶ星々からの喝采がやみません!


「お兄様のいうとおりでございます。ここで優先すべきはジョン様の護衛任務であることには間違いありませんしね。残念ですが貴方の話をうけるわけにはいきません」


 すると私達のやり取りを見ていたジョンが、いやはや、と苦笑交じりに髭に指を掛けました。


「ふ~ん……」


 ……なんでしょうかね。悪戯を思いついた子供みたいな目をして、今度はジョンに近づいていきます。


「ねぇ、その馬車のタイプだとあれは何か品物を運んでるんだろ? さっきのそこのふたりとの会話からすると衣類ってとこなんだろうけど」


 彼女が効くとジョンは、はいその通りです、と素直に応じましたね。

 助けた彼女、しかも冒険者と語ってる以上警戒する必要もないと思ってるのでしょう。


 実際冒険者であることは、マインドスレッドでの情報とも食い違わないですしね。


「そうなるとここで野宿してるって事は、明けには森を抜けるつもりだったってとこかな? 目的地はエクセスってとこだろ?」


「凄いな正解だよ」

 

 ジョンが両手を広げながら驚いたようにいいました。

 でもそれほど難しいことをいってるわけではないですね。

 

「まぁこうみえて冒険者の端くれだからね」


 瞼を閉じ得意そうに胸を張りました。この娘ちょっと調子に乗りやすいところがあるようです。


「でもね、それならもう出たほうがいいよ。明け方には雨が降り出す筈だから」


 え!? とジョンが驚いて空を見上げました。お兄様と私も一緒になって顎を上げます。

 上空には変わらない星空、雲ひとつありません。


「ここから……雨に? 君はなんでそれが?」


 ジョンが顔を彼女へ戻し、不思議そうに訪ねました。この星空をみるに怪しい雲は見当たらないですし、確実ではないといっても順調にいけば天気が崩れるようには思えないのでしょう。


「勿論それは僕達の一族特有の能力みたいなものさ。次の日が雨の時はこの羽の感触がちょっと変わるんだよ」

 

 ピクスィーが自分の羽に顔を向け、羽を細かに動かして説明してましたが本当でしょうか? 念のため糸で調べてみますが……駄目ですね本当か嘘かといったとこまでは流石にわかりません。


「だからさ、もう出たほうがいいよ」


「……貴方の話を信じるとして目的はなんですか?」


 ここでジョンが疑うような目つきでピクスィーに訪ねました。

 当然ですね、タダで情報提供してくれるようなお人好しには見えません。


「あはっ、やっぱりわかっちゃった? でも天気の事は本当だからね。ただこの森を抜けるときにちょっとだけ協力して欲しいことがあってさ~」


 後頭部に両手を回し、パタパタと羽を揺らして軽く跳ねるようにしながら甘えるように彼女がいいます。


「それがさっき言っていた依頼ですか?」


 私は決して気を抜かず、眼力を強めに問い、唇を結びます。


「そうそう! ここからだと森を入って割と直ぐのところから行けるからさ、お兄様の実力なら一緒に協力して貰えれば片手間でいけちゃう筈だよ!」


 中空で全員を見回すように一回転して、必死に訴えていますが――


「それでその依頼というのは一体どんな依頼なのですか?」


 確かにそれが気になるところではありますね。


「うん? それ訊いちゃう? 訊いちゃう? これ訊いちゃったらおじさんも絶対興味を持っちゃうよ~」


 いいから早く勿体ぶらずに教えて頂きたいですね。


「実は、その依頼はビグルネベンスィーツからの蜜の採取なんだよね~」


 ……ビグルネ、随分長い名前ですね。というか自分で話しておいてピクスィーときたら、妙に恍惚な表情で、舌で唇の周りを舐めたり……なんでしょうか?


「なんと! あのビグルネベンスィーツが出現したんですか!?」


 て、ジョンも少し興奮したような口調で声を発しましたね。

 どうやら随分と有名なもののようですが……


「それってそんなに凄いものなの~?」


 お兄様が小首を傾げながら訪ねます。当然ですね私達には耳馴染みのないものです。


「えぇ、私も名前と話だけで実物はみたことないのですが、かなり珍しい魔樹タイプの魔物らしく、更に太陽が出てる間は地面に埋もれて身を潜めている為、中々発見される事がなくてですね」


「何かそれだけ聞いてるとあまり脅威でもなさそうな感じですね」


 ジョンの説明から、私は思ったことをそのまま口にします。


「えぇ実際その通りで、この魔物は夜だけ姿を見せ周囲に蜘蛛の巣のように根を伸ばし、その根に触れた物を捕食するのですが、その時獲物を誘う為に甘い匂いを漂わせるのですが、逆に人はそれに引っかかりません。ですから危険度も低いといわれております」


 ジョンはそこまで言った後いったん喉を鳴らし、ただ――と付け加えます。


「ビグルネベンスィーツは本体が壺みたいな形をしているのですが、この下部に極上の蜜を溜め込んでいまして、これが心底甘美で高級食材として取り扱われているのです。何せ出現率がとても低いですからね」


 なるほど――つまり魔物としては自分から人を襲うようなタイプでもなく、人の脅威にはなりえていませんが、素材としての価値は高いという事なのですね。


「流石! 畑は違えど商売人だよく知ってるね」


 ピクスィーに煽てられジョンが照れ笑いを浮かべます。


「それってそんなに美味しいの?」

 

 お兄様が少し興味を持ったようです。お兄様は甘いものもお好きですからね……勿論私も甘いものには目がありません。

 本当にお兄様と私は相性ピッタリです。


「勿論! 最高に甘くて美味しい食材さ! それが今回は依頼料とは別に少し分けて貰える話になってるんだ! 最高だろ?」


 そう訊かれても……確かに少しは気になりますが――ただ……


「お話を聞いていると、そこまで魔物は脅威ではないようですが、貴方だけでは狩るのは難しかったのですか?」


「あのね、脅威じゃないってのはあくまでこっちから手を出さなければの話。こちら側から手を出すとなるとまた別さ。実際冒険者がこの蜜を狙って挑んだが為にヤラれた数となると結構な量になる」


 指を振り諭すようにいわれてしまいました。何かイラッときますね。


「ビグルネベンスィーツの根は、半径五十メートルをカバーできるぐらい張られてるからね。この範囲に入ると猛烈な勢いで蔦を伸ばし、獲物を捕獲しようとするんだ。更に本体から棘を飛ばしたりもしてきて結構厄介なんだよ」


「その範囲の外から攻撃をするのは駄目なの?」

 

 そこに気づくとは流石ですお兄様!


「それぐらいは僕も考えたよ。でもこの魔物の身体は結構肉厚で丈夫でね。私がいくらダガーで攻撃しても効きやしない。だから――」

「逃げてきたってわけですね」


 私はにっこりと微笑みながら棘を刺して上げました。

 むぅ、と彼女が睨めつけてきましたが事実をいったまでです。


「に、逃げたじゃなくて撤退だよ! 作戦を考えるためにね!」


「そんなの似たようなものではありませんか」

「ミサキ」


 え?


「あんまり意地悪いっちゃ駄目だよ~」


 ……そ、そんな――私お兄様のご機嫌をそこね……


「や~い、怒られてやんの」


 う、うぅううぅう――


「ご、ごめんなさい」


 私は深々とピクスィーに頭を下げました。

 お兄様にこう言われてはもう謝る他ありません。


「うんまぁ別にいいけどね」

「ピクスィーちゃん」


「はい?」

 

 お兄様がピクスィーに顔を向けました……一体何を話す気なのでしょうか――


「ミサキと仲良くしてあげてね~」


 え? ピクスィーに向かってお月様のような優しい笑顔を浮かべ――わざわざ……お、お兄様は私のために敢えてその神々しくも貴重な笑顔を、態々そんな……やはりお兄様は最高のお兄様です!


「う、うんまぁ、そ、そうだね――わ、わかったよ」


 ……何か少し頬の赤い彼女が気になりますが――まぁいいでしょう。

 私も、もう少し大人にならなければいけませんね。


「と、とにかく結局その撤退した直後に、あの魔物たちに出会ってしまったわけだけどね。でもそれがこの出会いに繋がったから幸運だと思ってるよ! だからさ報酬は勿論山分けってことで協力してくれないかな?」


 そういわれても、こればっかりはお兄様も勝手な判断は出来ません。なのでお兄様と私はジョンへと顔を向け判断を仰ぎます。


「う~ん、確かに明日が雨だというならもう出たほうがいいかもしれませんね。それに正直言うとその蜜は私も気になります。本当は夜の森は危険なので避けたいとこですが、あのシャダクを倒したおふたりが大丈夫だと判断されるなら、私はおふたりにお任せしますよ」


 ジョンは一瞬考える仕草をみせるも、その後は両手を広げ全幅の信頼を寄せてるといった風にいってくださいました。

 

 う~ん確かにあのレベルが脅威とされる程度なら森を抜けるのは問題がないでしょうね。


「これで決まりだね! ね? お兄様」


 今度は媚びるような猫なで声でお兄様に擦り寄りましたね。くっ! 我慢です私!


「う~んミサキはどう思う~?」


「え? 私でございますか?」


 お兄様が私に顔を向け、私の顔をじっと見つめながら私を頼って下さいました――光栄至極でございます!


 その期待に答えるため、私は顎に指を添え、う~ん、と思考します。


「確かに雨が振ると考えるなら、このまま森を抜けたほうがいいのかもしれません。それにお兄様の力があればこの森の魔物ぐらいは問題ないと思われますので」


 私は考えた結果をそのままお兄様に伝えました。正直雨に関してどれだけ信ぴょう性があるのかといったところですが、可能性があるのなら森を抜けてしまった方がいいのは確かでしょう。雨が酷い場合、森の中を抜けるのは一苦労しそうですし、あまり酷いからと休もうとしても、馬車をとめれる場所を見つけるのは大変ですからね。


「そっか、じゃあ今から出発ということでいいでしょうか?」


 お兄様の言葉にやった! とピクスィーが喜び、ジョンは、はい準備しますね、と出発の支度を始めました。


 まぁ森を抜けるといっただけで、その依頼に協力するかは別問題なのですけどね……まぁそれは状況をみながらお兄様と相談することに致しましょう――


 


  


 

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