【1‐14】闘いながらでもお兄様へのサポートはバッチリです
「ひとつ確認しておきたいんだけど、あんた達は魔法や魔法具に頼るタイプかい?」
今にも戦闘が始まりそうな雰囲気が辺りに漂う中。ピクスィーがひとつ訪ねてきました。
「大丈夫ですよ。私達は今のところそういったのに頼ってはいないので、貴方の魔法切断の影響はうけません」
私が応えると、彼女は少しだけ驚いた顔になり。
「鑑定の効果ってやつかい? まぁたとえ鑑定がなくても私の事は知れ渡ってるかもしれないけど」
とりあえず鑑定のことに関しては首肯しておきました。後半の意味がちょっとよくわかりませんが――
ただこれ以上は話してる暇もなさそうですね。
お兄様もその空気を感じ取ったのか更に前に脚を踏み込み、私達を一瞥して、無理をしないでね、と一言呟くと、相手めがけて飛ぶように距離を詰めはじめました。
そしてそれがそのまま戦いの合図となり、てめぇらさっさとやっちまえ! とシャダクが吠えるように手下の魔物に命じました。
左右からは、コボルトとマッドウルフが組となって私達を挟み込もうと攻め寄ってきます。
それを認めて私は右に、ピクスィーは左に向かって飛び出します。
背中にピクスィーの掛け声が届いたかと思うと、コボルト一体とマッドウルフ二匹の叫び声が後に続きました。
風切音から察するに、彼女が得意としてる投げナイフのスキルで機先を制したのでしょう。
これは私も負けてはいられません。ただあまり派手にも出来ませんので、レベルはとりあえず7に調整して様子を見ることにします。
ちなみにマインドスレッドはレベルに関係なく発動できるので、その辺は問題がありません。
但し補助する力はレベルに依存するようなので、お兄様の動きはしっかり確認しておく必要がありますね。
とりあえず腰に吊るしたショートソードを鞘から抜き、先手を仕掛けてきたマッドウルフ二匹の牙を躱します。
そして半歩分ほど横にずれた後、隙だらけの二匹の胴体をそれぞれ上から斬りつけました。
レベル的にパワーが足りず、一刀両断というわけにもいきませんでしたが、一匹はそれが致命傷となったようで鮮血を撒き散らしながら緑の中に埋もれていきました。
もう一匹もフラフラの足取りで数歩進み私の方へ身体を向き直して、ガルルッ、と歯牙をむき出しに唸ってますが、四本の脚が小刻みに震え、もはや攻撃する力も残ってないと思われます。
以前戦った時の事を考えれば、ここまでやられれば戦意を喪失してもおかしくないのですが、どうやらこれが士気高揚の効果なのかもしれません。
私はこの間にお兄様もチェック、一時的にレベルを上げてコボルトの攻撃を躱させます。
そして首筋に振る剣戟に合わせて糸で跳ね飛ばしてしまいましょう。
それを認めつつ、今度は自分の方と剣を掲げ、大きく一歩踏み込みながらマッドウルフの脳天へその刃を振り下ろしました。
獣の悲鳴を上げ、狼の骸が虚しくその場に転がります。
やはりあのシャダクという魔物による能力アップの効果があっても、マッドウルフ程度は相手にはなりませんね。
ただ私がこの魔物を相手にしてる間に、コボルト二体が私を挟むようにして前後から様子を伺ってきました。
なるほど、どうやらただ無闇に突っかかってくるだけってわけでもなさそうですね。
マッドウルフを私が打ち倒したことで、少し慎重になっているのかもしれません。
ただ隙を見せると同時に挟み撃ちにしてきそうですね。
まぁとは言え私はあまり時間を掛けたくありません。こうやってる間にもしっかりお兄様には糸を伸ばしてのサポートは忘れてませんけどね。
シャダクの前にいた残りのコボルトも、既にお兄様の手で斬り伏せられています。
私も相手の行動をまってもいられませんので、こちらから仕掛けることにします。
前方のコボルトに向かって跳ねるように進み、一気に距離を詰めました。
レベル7状態でも動きの素早さには自信がありますからね。後ろから慌ててコボルトがやってきますが挟撃などさせません。
そして私の接近に合わせるように、目の前のコボルトが横薙ぎに剣を振るってきます。
ですが構えも振りもなってませんね、それでは二撃目の返しが遅くなるだけです。
私は身を屈めその刃を躱します。僅かな風が肌を撫で髪を揺らしてきました。
力任せに振った感じですね。おかげで上半身が完全に流されています。
それでは全然駄目ですね。腰から上が隙だらけです。
私は瞬時にショートソードを逆手に持ち替え、力が入り過ぎないよう流れるような動きを意識しコボルトの胴体を斬り上げました。
血飛沫が上がり鮮血が顔を汚します。折角の服が早速汚れてしまったのはジョンに悪い気もしますが仕方ないですね。
そして身体が跳ね上がった状態から肩を折り込むようにして、コボルトの首筋に止めの一撃を叩き込みました。
毛まみれの肌に刃が喰い込み、確かな赤肉の感触が腕に伝わってきます。
だけどこれで終わりではありません。コボルトはもう一体いるのです。
そしてそれはすぐ後ろに迫っていました。大きく剣を振り上げてるのが気配で判ります。
私は首筋から剣を抜き同時に握りを順手に戻し、その勢いのまま腰を回転させ斜線を描くように一気にショートソードを振りぬきました。
コボルトは私より背が低く、振り下ろした刃はしっかりとコボルトの首を捉え、難なくその首を斜めに斬り裂きます。
既に相手が攻撃態勢に入っていたおかげで見事にカウンターが決まった形ですね。
そしてコボルトは金傷を受けた喉を掻き毟るようにしながら、その場で傾倒しピクピクと痙攣した後そのまま動かなくなりました。
う~ん、レベル7の状態で本当に勝ててしまいました。コボルトもスキルによる能力アップを受けてたはずですがこんなものですか、少々拍子抜けですね。
「な、なんなんだてめぇらは! お、俺の部下がこんなに、こんなにあっさり!」
シャダクの驚きに満ちた声が耳に届きます。
私は軽くピクスィーを確認した後、お兄様の方へ身体を向け直します。
彼女の方では頭にダガーの突き刺さったコボルトと、同じようにダガーで急所を見事に捉えられたマッドウルフ、心臓を抉られ絶命しているのもいますね、それらの骸が点々と横たわっていました。
どれも一撃のもとに葬り去られた感じですね。
レベル7状態の私で余裕なのですから、レベル14のピクスィーであれば負ける要素など微塵もないのでしょうが。
そしてコボルト二体をあっさり倒したお兄様は、両手でしっかり握りしめたロングソードを正面に構え、シャダクを睨めつけております。
「こ、こんな餓鬼に! こんな餓鬼どもに……こんなのなんかの間違いだ!」
「でもこれが事実だよ」
お兄様が諭すように言いのけます。声から感じられる精悍さに、思わず聞き惚れてしまいそうになります。
あぁお兄様――魔物相手に物怖じもせず、瑰麗たる姿勢を保つそのお姿に私の心はすっかり奪われてしまっております。
「がぁ! 大体てめぇが一番納得できねぇんだよ! 虫も殺せなさそうな見た目でこんなにあっさり!」
これだから魔物はいけませんね。全くその眼は節穴なのでしょうか? 確かに普段のお兄様はたとえ小さな虫であろうと命を敬う聡明なる聖賢者といって差し支えないお方です。
ですがいざ戦いとなれば、どんなに優れた武人でも慄く気概をも併せ持っておられるのです。
そこに気づけないようでは小物の息を脱する事はできませんね。
「それでどうするのかな? まだやる?」
「あったりめぇだ! この俺がてめぇみたいな餓鬼にやられたまま黙っていられるか! それにな――こっちにはまだ奥の手が有る!」
そういうが否やシャダクがマジッククロー! と叫んで両方の腕を差し上げましたね。
それぞれの指からは爪が三〇センチ程伸び、更にその爪が青白い光を発し始めます。
「ゲハッ! 岩石さえも切り裂く俺の爪が、このスキルで更にパワーアップしたんだ! この爪でてめぇをバラバラに切り刻んでやる!」
う~んなんでしょうか、このそこはかとなく感じる三下臭は。第一爪爪爪爪鬱陶しいです。
「おい! 一人じゃあいつはやっぱマズイって。僕達もサポート――」
「大丈夫ですよ。お兄様は無敵ですから。まぁみてて下さい」
気を遣ってくれるのは有難いですが、あまりしゃしゃり出られても逆に邪魔ですからね。
横目でみやると数歩ほど離れた位置から弱った感じに頭を擦ってますが、正直余計な心配ですので。
「お兄様! そんな魔物お兄様の敵ではありませんわ!」
私はお兄様に精一杯の声援をおくります。するとお兄様の視線がチラリと私に向けられたのですが。
「馬鹿が――」
その一瞬の隙をついてシャダクがお兄様の横に移動してきました。
それにお兄様が慌てた表情を見せ振り返ろうとします。
ですがその時にはシャダクの右の爪が振り下ろされお兄様の身に迫ります。
なるほど、確かに手下の魔物に比べたらその動きは段違いですね。
今のお兄様では反応しきれません。
ですが――
「な!? 消えた!」
シャダムの爪が見事に空を切り、狼の表情が驚愕のまま固まりました。周章狼狽といったところでしょうか。
それにしてもお労しきはお兄様――本来であれば私の力などなくても小指一本でこんな魔物はのしてしまえるでしょうに、何かの嫌がらせのような力で本来の力が発揮できないのです。
兎に角ここは私が頑張らねばいけません。あくまでお兄様の力と思っていただけるよう陰ながらサポート致します。
そして今お兄様は、私の糸の力によってシャダクの右斜め後方の位置に立っております。
若干慌てている様子も見受けられますが、達人は条件反射で身体が動くといいますし、その類だと考えれば今の避け方も不自然な事ではないでしょう。
「流石ですわお兄様! さぁ今です!」
私の声で聡明なお兄様は気づかれたようで、跳躍しロングソードを斬り下ろします。
シャダクも遅れて振り向こうとしますがもう遅いですよ――既に私の糸はこの魔物の全身を捉えています!
「ガッ! ぎゃああぁあ! 俺の、俺の右腕がぁあぁあ!」
絶叫と共に汚らわしい右腕が闇夜の中で舞い踊りました。
優雅さのかけらも感じませんけどね。
そして残った左腕で右の断面を押さえようとしますが、着地後間髪入れずに放たれたお兄様の飛び斬りと私の糸が重なりあい、今度は獣の左腕を飛ばします。
「ぎひぃいいい! 左ぃ! 俺のぉおぉお、両うり、ふぇ?」
あまりの激痛に嘆きの声と悲鳴を漏らすシャダクでしたが、直後疑問の声を漏らし、そしてその両の目がぐるりと回転するように上を向きました。
肩の上にはお兄様の見姿。そしてその手に持たれた剣先が見事に頭頂部から顎下までを貫いております。
お兄様――私が多少補助したとはいえ、その見事な佇まい……思わず溜め息が出てしまいそうに素晴らしいです。
そしてシャダクはというと、あひぇ、等と間抜けな声をひとつ発し、膝から地面に崩れ落ちました。
お兄様は反射的に肩から飛び降りましたが勿論お怪我などないようしっかり援護させて頂きます。
それにしても――やはりお兄様にかかってはこの程度の狼顔、三下でしかありませんでしたね。