【1‐12】お兄様がひとりで見張りなどとんでもないです
結局ジョンが見張りに立っている間は、特にこれといった異常もなく終わりました。
時間となりジョンが馬車の中に申し訳なさそうに声を掛けてきた所で、お兄様が起きたふりを致します。
タオルケットを捲り瞼を擦る真似をしながら、交代ですか? と問いかけたのです。
でも私は知っております。お兄様が直前まで起きていた事を。
でもジョンに気を使わせまいと、敢えて寝た振りをして応対をしたのです。
はぁお兄様のお優しいそのお心は私だけが知っております。
なんて殊勝なお気持ちでしょうか――流石がどれだけ深い眠りについていようと、お兄様のお気持ちの前では刹那に目を覚まし、流石と連呼せざる終えないことでしょう。
お兄様はそれ程に流石でございます――
◇◆◇
「お兄様……」
「あれ? ミサキどうしたの? まだ見張りは僕の番だから眠ってても大丈夫だよ~」
「いえ、その私も少し眼が冴えてしまって。ラリアちゃんの隣は御父様にお譲りいたしました。今は馬車の中でゆっくりお休みになっております」
お兄様が、そっかぁ、と父親のように頼りがいのある笑みを零しました。
私の胸がキュンキュンしてしまっているのがよくわかります。
「あの、お兄様のとなりで私もご一緒させて頂いても宜しいですか?」
「うん、別にいいけどそんなにかしこまんなくてもいいよ~兄妹なんだし~あ、でも無理はしないでね眠らないと明日がキツイと思うし~」
「はい! 勿論ですわお兄様♪」
私は思わず弾んだ笑みと声で返しつつ、お兄様の隣に寄り添うようにして腰を落としました。
お兄様の腕の感触が私の肌を伝わるだけで、とても幸せな気持ちになることが出来ます。
目の前で燃え続ける焚き火の炎もどこか幻想的に思え、ついうっとりとお兄様の横顔を覗きこんでしまいます。
「綺麗だよね」
え!? そ、そんな……まさか私の気持ちが伝わって――だとしたら、だとしたら私――
「ミサキもそう思わない? こんな綺麗な星空、中々日本じゃ見ることが出来なかったよねぇ」
え? あ……星、そうですか。いや、そうですよね私ったらこんなベタな勘違いを――でも。
「本当に――綺麗……」
顎を上げると、空一面に広がる満点の星。月次ながら今にも落ちてきそうな綺羅びやかな星々は、まるでお兄様と私を歓迎してくれているようにも感じられます。
「凄いよねぇ~なんかこの景色だけでも異世界に来た甲斐があるなって思えるよ~」
「はい――本当に素敵です……」
私は夜空の星を眺めた後もう一度お兄様の横顔を眺めます。
星を見た後のお兄様のお顔は、やっぱり素敵で凛々しくて、お兄様は夜空に浮かぶ何万という星たちよりも何十いえ何無量大数倍も素敵です。
やはりお兄様は罪ですね。お兄様の前では宝石のような星の煌きも、見事に霞んでしまいます。
「僕の顔に何かついてる?」
はっ!? しまったですわ! ついお兄様の素敵なお顔を見つめすぎてました……首を傾げながら不思議そうにお兄様がご質問を……え、え~と。
「あ、そういえば中々変わったことはありませんねお兄様! 折角の護衛ですのに!」
私は思わず誤魔化すように黒目をキョロキョロさせながらそんな事を言ってしまいました。
あぅ、もっと気の利いた言葉はなかったものかと自己嫌悪です。
「え~でも出来ればなにもない方がいいよねぇ~」
……確かにお兄様の言うとおりですね。トラブル等は出来れば避けたほうがいいにきまっております。
大体些細な事でお兄様の手を煩わすような事があっては――
「あれ? いま何か聞こえたような」
「え? いまですか?」
ふとお兄様が立ち上がり耳を欹てました。私も一緒になって周囲の音に集中すると――確かに何か声が聞こえてきます。
私は瞬時に頭を切り替え、足を進めるお兄様に倣って後に付き従います。
そしてお兄様とふたり薪を離れ森がよく見える方へと近づき、そして闇の中へ目を凝らしました。
声の方角で行くとこっちで間違いがなさそうです。護衛の任があるので馬車は目視出来る範囲にみえる位置から森の方へ目を向けますが。
「あ~~! 誰かいる~~! ちょ、ちょっと助けて! 助けてよ~~~~!」
すると私達を認め、助けを求めるような甲高い声が星を落とす勢いで突き抜けてきました。
どうやら何者かに追われているようで、先ほどの声の主は追っ手の連中、というかまぁ魔物ですね。
まだ結構距離は離れていてお兄様は必死に目を凝らしてますが、日本で忍術も嗜んでいた私にはこれぐらいの闇でもある程度視界を確保する事が可能です。
尤も忍術と言っても流石に火遁や土遁みたいな漫画のような真似は出来ませんけどね。
口から炎吐くぐらいでしたら材料があれば出来ますし、ある程度なら壁走りも可能ですが。
と、つい思考が脱線してしまいましたが、そう魔物の群れが声の主の後ろから追いかけてきてます。
そして追いかけられているのは、少年といっていいのか少女といっていいのか――星の光に照らされるはどちらともとれる容貌をしております。
私は夜目が聞くといってもライトアップしたように見えるわけではないので、姿形は判っても色などははっきりは流石に判りません、なのでそれが性別が判別できない要因となっているのかもしれませんが、それにしても髪もショートカットで格好もホットパンツに半袖のシャツと上から素材的に革製らしき胸当てですからね。
男でも女でもしてそうな格好です。
まぁ別にそれはどちらでもいいのですが――それにしても背が低いですね。
私と比べたら半分……とまではいいませんがそれに近いぐらい低いです。
そして――気になるのは羽が生えてることですね。そう背中から四枚の羽が生えてるのです。見た感じは妖精のような羽ですが、追いかけられてるなら飛べばいいような気もしますが――
「ミサキ! 僕助けにいってくるよ! ここはお願い!」
お兄様が言うや否や駈け出しますが――いけませんそれは!
「待ってくださいお兄様!」
私は思わずお兄様の背中に縋るように飛びつきます。当然です、みすみす危険に飛び込もうとしてるお兄様を放っては置けません。
「でもミサキ! 助けを求めてる子がいるのに、黙って見過ごすわけにはいかないよ」
「お兄様のお気持ち、よく判っております。ですがもしお兄様が離れてる間にここに魔物が現れたら私では守り切ることが難しいですし、何よりあの子が囮の可能性がないとも限りません!」
必死に言葉を並べ立てますが、あの子に関してはその可能性がないとも言い切れないのは事実です。
「で、でもミサキ~~」
「ちょ、ちょっと~~! 何してんだよ~~! まさか、まさか見捨てる気じゃないよねーー!」
羽を生やした奇妙な子が再度叫びあげてきます。お兄様も放っておくのは忍びないって雰囲気ですね。
「お兄様大丈夫です。私にお任せください」
え? とお兄様が目を丸くさせましたが、とにかく私は更に数歩前に出て、口の前に両手を添えメガホンのようにしながら叫び上げます。
「悪いけど私達は護衛の途中だからここから離れられないの~~助けて欲しいならなんとかここまで逃げて来なさ~~~~い!」
私がお腹の底から声を絞り出し走るその子に伝えると、横に来たお兄様がキョトンとした顔で私を見上げます。
「大丈夫ですよお兄様。確かに追いかけられていますが、まだ魔物との距離もありますし、恐らく逃げ切ってここまでこれるはずでしょう」
そう、確かに追いかけられていますが、彼女の脚はみたところかなり速いです。
きっと敏捷値が高いのでしょう。
気になるとしたら後ろから追いかけてきてる連中ですか。数体がマッドウルフなのはすぐにわかりましたが、それと一緒に追ってきてるのは、犬の頭を持った人型の恐らく魔物です。
私の記憶ではコボルトというのに似てる気がしますね。
ただその中に一体だけ妙なのが混じってるのが更に気になりますが――
「はぁ~~? 護衛? マジかよ! でもやっぱ思った通りあんたら冒険者なんだな! よっし僕のツキもすてたもんじゃないなぁ! だったら今すぐそっちにいくよ!」
少年か少女か判らないその子は、若干の安堵の表情を浮かべた後、やぁ! とジャンプしそのまま身体をうつ伏せのようにさせた状態で羽をせわしなく動かし始め――そして飛翔してこっちに向かってまいりました。
なんだやはり飛べるのではないですが。うん、ただ――
「低いねミサキ」
「そうですわねお兄様」
彼女は羽を一生懸命動かしてこちらに向かって飛んできますが、なんというか高度が凄く低いです。下手したら立っている状態より低いですね。
ただ速さは中々のもので、飛んでからの方が明らかに速いです。
追手のマッドウルフもどんどん引き離していきます。
これなら問題はなさそうですね……と、思ったら上りの途中で着地。
また走ってまいりました。
因みに護衛なのにわざわざ魔物を呼び寄せるのは本来なら悪手です。
ただ今回の場合は私がお兄様の傍を離れられない事。
そしてお兄様のレベルが高いため寧ろお兄様は馬車から離れないほうが安全である事を考慮して(これに関しては私からもお兄様に説明し)この作戦をとりました。
「てめぇら! 獲物が他にもいるぞ! こりゃ運がいいぜ! 今夜はご馳走だ!」
どうやら相手の魔物も、私達の存在に気づいたようですね。
リーダーらしき者が随分と嬉しそうに声を上げてます。
そして魔物たちも速度を上げ、逃げているその子を追っかけ更に私達も視野に入れてやってきてますが――
「つ、ついた~~! ほら、はぁはぁ、約束だ! あんたら、はぁはあ、ちょっと僕に協力してよ!」
全力で丘を上り、私達の下へ辿り着いた瞬間に腰を落とし、背中を折り、随分と荒い息を立てています。
相当疲れている様子ですね――