【1‐10】お兄様とるんるん夜営です
「皆さん! ちょっといいですか!?」
お兄様の寝顔を見て癒やされていると、御者台から緊張した声が発せられてきました。
これは――何かあったのかもしれません! お兄様も今の声で飛び起き、どうしたんですか!? と緊迫した表情でジョンの反応を待ちます。
流石お兄様! どんな事態でも瞬時に対応できる行動力は一流のSPですら舌を巻くほどです。
「とにかく! 一度外に出てみて頂ければ判ると思います! しかしこれは……偉いことです!」
ジョンの声がどこか震えております。これは尋常でない雰囲気を感じますね。
何か只ならぬものに襲われかけてるとかそういったところでしょうか? 私もお兄様をサポートしなんとしてもこの事態を切り抜けねばなりません!
「見てください! あの陥没を! いやむしろもうアレは谷に近いですね。本来あそこにはここよりも高い丘が見えてたはずなのですが、それが見る影もない。これは何かとんでもない魔物が現れた証拠です!」
「…………」
「あ! ここ僕達も知ってるよ! 僕達が……え~と通った時にはもうこの有り様だったんだよ~」
「…………」
「なんと! そうなのですか!? いやそれにしても運がよかったですね。このような事が出来るのはドラゴンなどの凶悪な魔物ぐらいです。そんな魔物に遭遇していたらひとたまりもなかったでしょう」
「パパ……なんか怖い。竜が現れたの? 私達竜に食べられちゃうの?」
「…………」
「大丈夫だよラリア。みたところ周囲にドラゴンや凶悪そうな魔物の姿はない。それにしても、こんなところにそんな物が現れるなんて聞いたことがありませんね。これは由々しき事態です!」
「…………ドラゴン、コワイデスネー」
仕方ないですよね。えぇここは話を合わせるしかありませんからね。
えぇドラゴンですかそうですか。いや軽く拳で撃ってみただけなんですけどね。えぇ……
「たとえドラゴンが現れてもミサキも皆も僕が守るよ!」
あぁお兄様。その決心流石です。流石がドラゴンを貫いてそのまま昇華してサスガートにクラスチェンジするぐらいです。
ですが、逆にその決意が今の私には胸が痛いです――
その後、ジョンはこのまま先を進むことに躊躇いをみせました。
これだけの魔物が彷徨いているとなると、ここはこれ以上進むのは危険かもしれない、と――
……流石にこれでこのまま諦めるなんて事になっては後味が悪すぎます。
そこで私はなんとかお兄様の凄さをジョンに伝え、更に私達が通りがかった時にもそんな魔物はいなかったので、きっともう立ち去ったに違いないです! と訴えることで引き続き先に進む事に決まりました。
なんでもジョンの話では、今回運んでいる荷はかなり珍しくいクリスタルラブァーという特殊な綿花を使用した衣類らしく、この綿花で作られた糸は水晶皇糸とも呼ばれていて、透明感のある美しい仕立てが可能だとか。
ただ育つ場所が限定されていて、人の手による栽培は不可能な為、当然その糸で仕立てられた服などはかなり高級なものになるとか。
ジョンはその糸で仕立てたドレスを最近ひいきにしてもらっている、【ゲットバックラヴ!】という服飾店で頼まれたらしく、やはり期日までには間に合わせたいという気持ちが強かったようです。
……なんか変わった名前のお店ですね。感嘆符までしっかりついているそうです。
訳すとしたら【愛をとりもどせ!】 でしょうか? 考えた人は自分を取り戻して欲しいところですね。
まぁとにかくその納品の為、やはり先に進もうという話になりました。
とりあえずはホッとしましたね――
「今日はここで一旦野宿としましょう。この先にある森は魔物が多く夜馬車で抜けるには危険ですので」
ジョンがそういって馬車を止めました。先ほどの件で既に目覚めていたお兄様が幌を捲ると、陽は大分傾き、あたりも薄暗くなっております。
「本当は途中に宿場や村でもあればそこに泊まるのですが、残念ながらエクセスに向かうこの道の途中には全くそういうのがないんですよ」
ジョンは御者台から降り、馬車の中に入ってくると何かガサゴソと荷を漁りながら申し訳無さそうにいってきます。
それに関しては途中にない以上仕方がないとは思いますが――
「何か理由があるのですか?」
私はなんとなく気になって訊いてしまいました。街に向かう商人などが多いなら途中にそういう場所があってもおかしくないと思うのですが。
「えぇ。この辺りは結構徘徊している魔物が多くてですね。レベル的には大したものはいないといわれてますが、やはり私達のような一般のものには脅威でして、宿を作ろうとしたり、畑を作ろうと試みたものも以前はいたようなのですが、途中で魔物に襲われてしまい断念せざる終えなかったようなのです」
ジョンが口惜しそうにいいました。なるほど、そういえば私達も魔物に襲われましたね。
そしてそんな話をしてる間にジョンは、何本かの枝、そして銀色の筒を取り出しましたね。
筒はジョンの拳ふたつ分ぐらいの長さで、片手で掴める位の太さです。
その様子が何となくお兄様も気になったようで、ジョンが外にでるのを認めて、一緒に馬車を出ました。私とラリアも後に続きます。
馬車から出て全員で前に回ります。
馬車は街道から馬数頭分程ずれた位置で停車させてます。
他に馬車が来た時のことを考えているのでしょう。
私達が馬の近くまで脚を進めると、二頭の馬が迎えてくれるように、ブルル、と鳴きました。
優しい目をした馬たちです。フサフサの栗毛は触ると心地よさそうですね。
ラリアが労るように撫でてあげると、もう一度笑うように鳴き声を上げ、彼女の顔を舐めました。
「キャハッ、擽ったいよぉ」
喜ぶ姿が可愛らしいですね。お兄様も微笑ましそうに見ております。
「これでよしっと」
ジョンの声にお兄様と私が視線を移動させます。ジョンは馬より更に前方で先ほど馬車の中から取り出した枝木を放射状に並べてました。
そしてもうひとつ準備していた筒の蓋を開け、地面に並べた枝木に向けて振り下ろしました。
すると、ボッ! と燃えるような音と共に小さな火球が筒から発射され、枝木に火を灯しました。
それを見たお兄様が目をパチクリさせていると、軽く笑いながらジョンが振り返ってきます。
「これは生活魔法具でして、こうやって外で焚き火をするのに便利なんです。流石にこれで魔物を倒したりは出来ませんが、野犬等は火を怖がりますし、魔物も炎には近づかないタイプも多いので、夜営にはかかせません」
そこまでいって今度は身体の向きを変え、馬車を背にして人差し指を前方に突き出します。
「あそこに見えるのが朝になってから抜けようと思ってる森です。ここは丁度高台になってますので、辺りを見渡せて夜営にも丁度いいのです」
お兄様と私はジョンの隣に立ち、指の示す方向に目を凝らしました。
確かにここからだと、薄暗い中で黒く染まりつつある森がはっきり視認できます。
他にこれといった障害物もないですしね。
現代と違ってとかく静かなこの異世界では、暗闇に浮かぶ森の姿は不気味にも感じますね。
「確かにここからなら周囲もよく確認できるね~魔物が出てもすぐわかりそう」
「えぇ。ただ陽が完全に落ちてしまうと視界は悪くなりますので、その時は携帯用の魔法灯を使って確認いたしましょう、ラリア」
ジョンが娘に声をかけると、彼女は、うん、と頷いて馬車に向かいました。
そして何かを持って戻ってきましたね。
ラリアが持ってきたのは少し小さめのランタンといった感じです。
「これも魔法具のひとつでして、この記号のようなものが刻まれてる出っ張りに触れると、灯りが付きます」
説明をしながらジョンがランタンの下部に儲けられた出っ張りに指を触れると灯りがつきました。そして再度ふれると消えます。
お兄様と私もそれぞれ確認しましたが問題なくつくようですね。
「蓄積魔力量がそんなに多くないタイプですので、これを点けっぱなしにしておくわけにはいきませんが、それぞれが見張りに立つ間は上手く活用できると思います」
なるほど異世界には異世界なりの便利なものがあるものですね。
蓄積魔力というのが聞いたことのない言葉でしたが、これはなんとなくイメージは付きます。
ただお兄様は確認がしっかりしておりますので、ジョンにその事を訪ねておりました。
その答えは予想通り。ようは魔力の充電ですね。魔法具は使用すればしただけ道具に込められている魔力が減っていくので、消失分は補充しなければいけないそうです。
その補充に関しては当然ある程度魔法が使えるものでないと行えないため、それなりに規模のある街でないと行えないそうです。
ただ村から村を渡り歩く、魔法具の調整専用魔法士というのもいるそうですね。
ちなみに魔法士というのは、ようは魔法使いの事です。
そして今回ジョンが信用して魔法具を購入したのも、その調整魔法士だったようです。
調整魔法士の中には、どうやら一緒に魔法具も売り歩いてる魔法士もいるそうですね。
ジョンは何度か調整をお願いし、仕事もしっかりしていて人も良さそうだったのですっかり騙されてしまっていたようです。
恐らくはその魔法士が売りつけてきたのは使い捨てタイプの魔法具だったのだろうと。
その事に気づかないものなのか? と私は疑問に思いましたが、その後の説明で合点がいきました。
ランタンの天辺にもついてますが、魔力を充電できるタイプの魔法具には水晶玉のようなものがついており、ここから魔力を注げるようになってるとか。
そして魔法具を使うとこの玉が光り、その輝きで残りの魔力量を図るそうなのです。
水晶玉は魔力を注ぐときにも輝きを増す為、それで魔力が充電されているかを知ることが出来ます。
つまりこの水晶玉がついていないものは使い捨てのタイプという事になります。ジョンのもっていた炎を灯した筒は水晶玉がなく、三回使用したらなくなる使い捨てタイプとの事でした。
ジョンはその調整魔法士が水晶玉に魔力を注いでいる様子をみて、すっかり信じこんでしまったらしいです。
何度かその魔法士が試し打ちしたのもあって疑うことなく購入してしまったとの事。
「魔力を補充さえすれば半永久的に使えると聞いてたのですがね。結構いい値段がしたので痛い出費でした。変わった喋り方の男でしたが、魔法具にも詳しくて色々と手を貸してくれたりもしたのですっかり信用してしまっていたのですが」
ジョンは乾いた笑みを浮かべ溜め息をひとつつきました。
どうやら相手は相当巧妙な詐欺師のようですね。まず時間を掛けて相手を信用させそれから詐欺を実行する……私のいた世界でも良く聞いた手口です。
「まぁ過ぎたことをクヨクヨしていても仕方ありません。それにそのおかげで貴方がたとお知り合いになれたと考えればむしろ良かったぐらいです」
確かにその通りですが、そうあっさり割り切れるのは凄いですね。基本真面目そうですがポジティブに物事を捉える柔軟な頭も併せ持ってるようです。
人が良すぎなとこが欠点ですが、商売人として大丈夫か? 等と心配したのは撤回する必要がありそうです。
「僕達なんかの事をそんな風に捉えてくれるなんて、なんか恐れ多いです」
お兄様が恐縮気味に彼に伝えました。自分の力をひけらかすことなく、常に相手を立てる事を忘れないそのお気持ちに私は心から感動いたします。
「さてとりあえずもういい時間ですし、食事にしましょうか。携帯用のものなのであまり味は保証できませんが」
顎を掻き、お兄様と私にそう告げた後、ジョンは娘と一緒に馬車に戻り食事の準備を始めました。
といっても、出されたのは携帯用の乾燥パンと山羊の乳で作ったというチーズ。そして干し肉と確かに味としてはそこまで美味しいといえるものはありませんでしたが、かと言って特別不味いというものでもないので十分です。
ちなみに馬車には後部に馬の餌の詰まった箱が仕込まれていて、それで馬も一緒に食事を取っておりました。
基本的には草が多いのですが人参のようなものも何本か入っております。
糸で見てみるとやはり名称も人参でしたね。
それを眺めながら自分たちも食事を摂っていきます。乾燥してるだけに水がないと喉に詰まりそうでしたが、ジョンはしっかり水筒を用意してくれていたので問題なしです。
お兄様もお礼をいいながら美味しいといって食べております。
感謝を忘れないお兄様素敵です。
ただ食後にと用意してくれたドライフルーツは中々種類が豊富で驚きました。
なんでもリックエル親子が暮らす村は、森の中で果樹園を営んでいる人も多いとか。
その為果物は豊富なんだそうです。
葡萄に苺にリンゴと色々あって美味しいのですが、一番驚いたのはこの世界特有と思われる、白くてフワフワした毛に包まれた果実です。
ジョン曰くこの毛のお陰で保存性が高く、旅で甘味を満たす為の保存食として人気だとか。
スノースマイルという名称でこの毛ごと食べれるそうなのですが、噛むとマシュマロみたいに柔らかく、中から溢れる乳白色の液がひんやりとしていて広がる甘みが素敵です。
この冷たさと広がる甘さからこの名前が付いたようですね。口にすると思わず笑顔になる為、スノーは冷たさから雪にみなしてるわけです。
「う~ん甘くて美味しいねミサキ。何個でも食べられそう」
お兄様も顔を綻ばせて舌鼓を打っております。お兄様の幸せそうなお顔を見ると私も思わず笑顔になります。
「美味しいよねスノースマイル。私も大好き♪」
リズムでも奏でそうな高い声でラリアがいい、そして満面の笑みを浮かべながら、モグモグと噛み締めております。
愛らしいその姿はみてて心がほんわかしてきますね。
「さて、それでは夜の見張りですが……まずは私からという形で大丈夫でしたでしょうか?」
「うん僕は問題ないよ~」
「私はお兄様がそう言われるならそれに従います」
「そうですか。それでは見張りは四時間起きに交代という形で……今はっと」
ジョンがそういってベストの内ポケットから懐中時計を取り出しました。
「え~と午後の7時ですので11時に交代ということで――」
私とお兄様は確認するついでに懐中時計の形状も確認いたしましたが、元の世界とほぼ一緒ですね。
聞くとこれは魔法具ではなく、歯車を使ったタイプなようです。ねじ巻き式というものですね。
文字盤はこれも同じく一から一二の数字で刻まれております。午後といってる辺りから考えても一日が二四時間という形で問題無さそうです。
そして交代の順番に関しては次はお兄様が番に立つと言われました。
ジョンの話を聞いているぶんには、お兄様の立つ時間ぐらいが一番危険が多そうですが、別にそれでジョンを攻める気はありません。
どっちにしても魔物が現れたら私達を起こす算段になってるわけですしね。
そうでないと護衛の意味がありません。
こうしてジョンに挨拶を済ませ私達は一旦馬車の中へ引き上げました。
これからお兄様との夜営が始まります! 私少しドキドキしてまいりました――