【1‐9】お兄様は何を着ても似合うのです
「いやおふたりとも凄くお似合いです」
ジョンが両手を広げ、賛美の声を上げてくれました。
まぁ私はともかく、お兄様が何を着ても似合うのは当然なのですけどね。
「本当にショウタさんもミサキさんも良く似あってます~可愛いらしいです」
両腕でぶりっ子がするような仕草をみせつつ、ラリアも笑顔で称えてくれました。
ただお兄様に可愛らしいという表現はあまり適していませんね。
まだまだ子供でしょうからそれも仕方ないのかもしれませんが。
それにお兄様は少しはにかんだような照れ笑いを浮かべながらも、喜んでるご様子。
えぇ本当にお兄様は何を着てもお似合いです。
それにこれだとこの世界でも違和感がないでしょうし、やはり提案して正解でした。
先ほど報酬の話になったときに、私はお兄様と相談し、お金ではなく何か物で頂けるようお願いしたのです。
何せ私達は現代から突然この世界にやってきた為、着衣は学校の制服のままでした。
これでは流石にこの世界では目立ってしまう可能性が高いのです。
実際このリックエル親子にそれとなく聞いてみると、口にはしなかったようですが変わった服装だなとは思われていたようで――ですから私は彼らの運んでいる荷から服を分けてほしいとお願いしたのです。丁度お兄様のお召し物も汚らわしい魔物の血で汚れてましたしね。
ですのでそれが護衛の報酬で良いと。
ジョンはそんなものでいいのか? と驚いておりましたが、盗賊から手に入れた品もありますし、お兄様もあまり多くの報酬は望んでいないようなので丁度いいと思いました。
勿論ジョンからは快諾を頂き、特注で運ぶ途中の物以外であれば、どれでも好きなものを選んで構わないといわれました。
私とお兄様はこれからの旅の事を考えて比較的動きやすいものを選んだわけですが。
「どうかなミサキ?」
お兄様が私にも聞いてくれましたので、もちろん賞賛の声を上げて返します。
「勿論素敵ですわお兄様♪」
お兄様が選んだのは比較的丈夫で動きやすそうな革のロングパンツに、麻製の内服、その上から炎のように赤いジャケットを重ねるというスタイルです。
お兄様と赤の組み合わせは本当によく似あっております。まるで太陽神が降臨したかのような神々しさも感じさせますね。
一方私はお兄様を引き立たせる為に、あまり派手なものは避け、比較的大人しめな感じで選ばせて頂きました。
膝まであるスカートにボタン付きの白シャツ、その上からレース系の外套を羽織ります。
そして武器はお兄様はナイフをジョンにお返しし、盗賊たちの持ち物から適当に選ばして頂きました。
お兄様は比較的痛みの少ないロングソード、私も護身用という形でショートソードを、そして念のため短剣も懐に忍ばせてます。
「ありがとう! ミサキもよく似あってるよ!」
はぅん! そんな、勿体無いお言葉。そのような清らかな笑顔でいわれると私どうにかなってしまいそうです。
「み、ミサキ大丈夫?」
はっ! お、思わず私としたら身を捩らせてしまってました。
す、少しテンションが上がりすぎてしまいましたね――
「あ、新しい服に少し興奮してしまいました」
「あ~女の子ってそういうところあるよね~」
お兄様がニッコリと微笑みました。まるで微笑みの爆弾です。それだけで私の心臓は破裂してしまいそうになります。
「さて、ではそろそろ向かいましょうか。狭い馬車ですが、宜しければどうぞお乗りください」
着替えも終わり、ジョンに促されお兄様と私が幌の中へと乗り込みます。
この馬車は馬が二頭で引くタイプで、御者台にはジョンが腰を掛け、手綱を握っています。
先ほどステータスをみたところ、馬術というアビリティも付いておりました。
馬を操れるもの特有のものなのでしょうね。
幌の中は六割がたは荷物で埋め尽くされております。先ほどお兄様と一緒に覗かせて頂きましたが、衣服と鞄で多くを占めてますね。
そしてその中に、先ほどの盗賊達が身に付けていた鎧や武器なども置かれております。
お兄様と私は、先に乗り込んでいたジョンの娘のラリアと向き合う形で、空いている床板の上に腰を掛けました。
荷を運ぶのがメインの馬車なので座席などは用意されておらず、あまり快適でなくて申し訳ありません、等と御者台との間に設けられた小窓から声を掛けられましたが、贅沢は言っていられないですね。
それにお兄様は、こういうのなんかわくわくするね、といって余裕を見せております。
それから暫く私達は馬車に揺られ続けました。
ただそこまで激しいものではありません。この馬車を見る限り車輪にもしっかりゴム製のタイヤが嵌められておりました。
思ったよりも文化レベルは高いようですね。流石に自動車はないようですが。
馬車の速度は――揺れ方と、先ほどお兄様が幌を捲った時に見えた景色から推測すると、大体一五キロ前後といったところでしょうか。
馬車としては速い方なのかもしれませんが、正直に申し上げますと、私がお兄様に協力して走った方が速いのですが、護衛という任務を受けたわけですしね。
荷物のこともありますし。
それにお兄様も、のんびりとした旅もいいものだよね、等と申されております。
はぁそれにしてもお兄様は横顔も素敵ですね――
「ねぇねぇちょっと質問してもいい?」
お兄様の横顔を見ながら色々と妄想を膨らませていると、ラリアがお兄様と私を一緒に見るようにして眼を大きくさせています。
質問ですか、一体なんでしょうか?
「うん。別にいいよ~僕達で応えられることなら~」
流石お兄様はどんな人にもお優しいです。きっと聖人とはお兄様のような方の事をいうのでしょう。
「え~とね。お兄ちゃんとお姉ちゃんってもしかして恋人同士なの?」
……へ? な、何か意外な質問が飛んできましたね――何か興味津々って感じに、瞳をキラキラさせて聞いてきておりますが……
「違うよ~だって僕達兄妹だし」
て、そうですよね――お兄様はそういうかもと思いましたが……どうしても兄妹は結婚ができないイコール恋人同士にはなれないという、誰が決めたかもわからない常識というなの鎖にお兄様と私は囚われ続けねばいけないのです……
「うん。ふたりが兄妹なのは私でも判るよ~、でも凄く親密そうだし、もしかして恋人同士なのかなって思ったんだけど」
……なんですと?
「え? いや、うんそれでね、兄妹だし恋人同士にはなれないんだよ~」
お兄様は諭すように彼女に伝えます。
……確かに彼女は私達に比べたら小さいです。
大体一〇歳前後でしょう。でもだとしても兄妹と恋人の意味を理解できないものでしょうか?
「ふ~ん。なんかお似合いな感じなのにね~」
「こら、ラリア。あんまりおふたりを困らせるような質問しちゃ駄目だろ?」
「え~う~ん……は~い」
御者台からの父の声に彼女は渋々と返事しました。けど、私の胸はすごぶる高まっております。
これは、これはもしかして――お兄様は苦笑を浮かべておりますが……とりあえず私は、あの少し、とお兄様に断りをいれ、ラリアの横に座りました。
「ちょっとラリアちゃんとお話してもいいかな?」
「いいよ~お姉ちゃんとお話しできるの嬉しい~」
天使のような微笑みを浮かべて聞く体勢に入ったラリアに、私はそっと耳打ちいたします。
「もしかして兄妹で恋人同士って普通にあるの?」
するとラリアは私の眼をじっと見つめて小首を傾げるようにし。
「うん、あるよ~だって私の村でも前に結婚してたも~ん」
やっぱり! や、やばいですね。今、私の口元は喜びで緩みに緩みそうです。
いや、でも一応念のため、ありがとう、とラリアに返しつつ、御者台に近い小窓の近くまで移動します。
「あのジョン様。この辺りでは兄妹で結婚するというのは普通にあるのですか?」
声を潜めて質問いたします。すると一瞬だけ私の方を見た後、顔を正面に戻し声だけが窓から返ってきました。
「えぇ。普通というとやはり兄妹というのは例が少ないですが、あるにはありますよ。我々のような平民ではそこまで多くはないですが、貴族や後は強力な魔法が使える家系なんかでは、血を濃くするという意味でよく行われているとも聞きます」
私は思わず心のなかでガッツポーズを決めてしまっておりました。
まさかこんな形で願いが叶うなんて……そう! この世界にさえいれば私は愛しのお兄様と結婚が出来るのです!
これは素晴らしい進歩です。地球という愚かな精度しかない星に比べれば、この部分だけでもこの世界は進んでるとみていいでしょう。
願わくはお兄様にもこの事を知ってもらって……といいたいところですが、私の方からそれを教えるのも、何というか少々必死すぎに思われるかもしれません。
これに関してはその内お兄様自ら気づくのをお待ちいたしましょう。
そしてその時にさり気なく……うふふふふ――
「お姉ちゃん、何か顔が怖い……」
え? あ、嫌だ私ったらつい顔に気持ちが出ておりましたね――
とにかくこうなってはもうお兄様と私はこの世界に移住する方向で考えた方がいいですね。
ふたりの幸せのために!
「お兄様。私改めてこの国の事が……あら?」
「お兄ちゃん寝ちゃってるね~」
確かに……そうですね。お兄様は異世界に来て盗賊を退治したりと大変お疲れです。
ここはしっかり休ませてあげたいところですね。
でも――お兄様はこの寝顔も素敵なのです。はぁいつか私が全てを独り占めしたい……はっ! 私としたらなんと気の早いことを――