七話目 光
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
「紗恵ー! 敬太ー!」
「結婚おめでとー!」
純白の衣装を纏った二人がチャペルから出てくると同時に、彼らの同僚や友人が祝福の声を上げる。二人も俺に笑顔で応える。
「二十年越しに式を挙げるたぁ、敬太も粋な事をするなぁ!」
叔父の友人が言う。叔父も幸せいっぱいな笑顔でそれに返す。
「姪っ子が式を挙げればって言うからさ。それじゃあ挙げるかってことになったんだよ。早め早めにって考えてたら真冬になってたけどよ」
私が智春さんと話した時から半年弱がすぎ、現在は真冬真っ只中の二月だ。しかし今日は冷たいはずの風も、人の熱気で気にならない。
「叔父さーん、叔母さーん」
「噂をすればってやつだな」
私が手を振って呼びかけると、叔父が笑って応え、叔母も手を振って応えてくれた。
「叔父さん叔母さん、おめでとう!」
「ありがとう百合子。百合子のおかげよ」
「そ、そうかな? あはは……でも本当に」
私は綺麗なウェディングドレスに身を包んだ叔母を見て、「良かったね」と言った。叔父と叔母も笑顔で応えてくれた。
叔父も叔母もそれぞれの友人たちに連れて行かれたので、私は人気のない場所に出た。人の熱気のないそこは空気が冷たく、私は身を震わせた。
「はぁ……」
風で白いスカートがなびいた。身体は少し冷たくなったが、胸の奥は暖かくなっていく。
「二人共、笑ってくれたね」
智春さんは頷いた。彼はずっと叔父と叔母を見て微笑んでいる。
「最初、あなたの未練を聞いたときは驚いたよ。まさか、二人の結婚式が見たい、なんて」
智晴さんが「なんだよ」という目で私を睨みつけてくる。
「別に悪いわけじゃないよ。あなたらしいとも思ったしね」
智晴さんは微笑んだ。そしてまた、幸せそうに微笑む二人を見る。
本当に素敵だ。色々な人の笑顔と祝福で溢れ、その中で二人は輝いていた。そんな二人が何故今まで式を上げなかったのか。それは智春さんの死があったからだ。親友が亡くなっているのに、と挙げづらかったのが、だんだんと式を挙げなくてもいいかと、考えが変わっていったそうだ。叔母自身も、「四十過ぎのおばさんが着けていいのかな」と言っていた。それを説得して今に至る。
「今頃二人、式を挙げて良かったって思ってるよね」
智春さんは頷く。
「智春さんも、嬉しい?」
智春さんはまた頷いた。智春さんの体はもう光を放ち、陥没した頭も、潰れたお腹も見えない。ただ、暖かい。
智晴さんが私の肩に触れる。振り向くと、智春さんは私の耳にゆっくりと近づいてきた。そして、あの頃よりもずっとか細い声で言った。
「ありがとう」
そう言って、智春さんは光だけになった。その光は天へと吸い込まれていく。
「こちらこそ、ありがとう」
天へと向かう光にそう告げる。もう彼は何も行ってこないが、頭を撫でられたような気がした。
私は今まで何とも向き合ってこなかった。幽霊にも、人にも、自分自身とも。幽霊は怖いのもいるし、霊が見える私を理解してくれない人もいる。それらに向き合わず、逃げてばかりの私もいる。だけど、これからは向き合っていこう。少しずつ、人に理解してもらえるように努力をしてみたり、自分がどんな人間なのか、私も知っていこう。そして、せめて私に向けられた救いを求める手くらいは取ろう。
「百合子ー! 集合写真とろー!」
叔母が私を呼ぶ。返事して私も輪に入り、できる限りの笑顔を作る。
「はい、チーズ!」
きっと、私が変われば見える世界が変わる。だから、向き合っていこう。
あれから数日が経った、ある日の夕方。学校からの帰りだった。
「あ……、百合子ちゃん……」
「おばさん……こんにちは……」
愛犬を事故で亡くしたあの家の奥さんと久しぶりに挨拶した。今まではどことなく避けていたが、バッチリ目が合ってしまって、なんとなく無視できない空気になっていた。このまま通り過ぎるのはなんだかまた気まずくなりそうで動けないでいた私に、あちらから話しかけてきた。
「百合子ちゃん、もう高校何年生?」
「今、一年生です」
「そう……。時間って、早いものね」
「そうですね」
奥さんは、マメを亡くしたあの日から、どのように毎日を過ごしていたのだろう。あれだけ可愛がっていたのに、いきなりなくしてしまった。……どんな、思いだったのだろう。私にはまだ分からない。
「百合子ちゃん、あの時はごめんね……。あれから落ち着いて考えて、ひどいことを言ってしまったって気づいた。本当に、こめんなさい」
「おばさん……。私こそ、おばさんの気持ちを考えずに、わけの分からない事を言ったりして……」
「百合子ちゃんはあの時小学生だったのよ? そんな事気にしないで頂戴。……本当に、悪いのは私だけなんだから」
そう言うと奥さんは俯いてしまった。私は声を掛けることもできなくて、重い空気が私たちの間に満ちていくのを感じた。
「……百合子ちゃん」
「はい」
「……マメは、私たちと暮らしていて、幸せだったかしら。不自由なかったかしら。……死なせてしまって、恨んでいないかしら……」
涙声だった。この人は十年近い間、ずっと苦しめられていたのだろう。大好きだったからこそ。大切だったからこそ。愛しているからこそ。
ならば、“彼”の望み通り、開放してあげなければ。
「おばさん。……マメは、幸せだった。……って、言ってましたよ」
奥さんは息を呑み驚いたあと、涙を流した。
マメは、光となって、一瞬奥さんをその光で包んで、天に消えていった。