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雑貨屋の彼  作者: 石ころ
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五話目 不安

 今日は曇りだ。太陽がアスファルトを焼くことも、地面からの照り返しも無いが、モワッと、篭った暑さがあった。昨日とは別でまた暑い。


「話をつけなきゃね」


 私はまた雑貨屋を訪れていた。


「!」


 彼は私と目が合うと嬉しそうに笑った。私も薄く笑いかけると、彼はベンチを指差し、自身も座る。座れってことか。曇りだからベンチも熱くない。私は勧められるままに彼の隣に座る。

 彼はヘラヘラと私を見て笑う。私と話をするのが嬉しいのだろう。そんな彼の様子に少し嬉しくなるが、私の気持ちは暗い。そんな私の様子に気づいてか、彼が心配そうに私の顔を覗き込んだ。私はスマホを取り出し、画面に文字を打ち出す。


『大丈夫。私いつもこんな感じだから』


 文字を見た彼は安心したように目尻を下げた。相変わらず優しい人だ。


『あのさ、あなたに幾つか質問したいんだけど良い? 「はい」か「いいえ」で答えて?』


 彼は頷いた。今の彼ならなんでも答えてくれるだろうな。私は帽子を深く被り直す。


『あなたの名前って、木村 智春?』


 彼は目を見開いた。どこで知ったんだと言いたげに私を見る。そして静かに頷いた。私は続けて質問する。


『あなたが亡くなった原因は、暴走車が突っ込んできて、それに轢かれたから?』


 彼は私から顔を逸らしながらも頷く。


『篠原 紗恵って人、知ってる?』


 文字を見た彼はひどく驚いていた。その態度が答えだ。


『私、篠原、今は櫻井 紗恵だね。の、姪なの』


 彼、智春さんは私の顔を信じられないものを見るような目で見る。


『だから、あなたと叔母さん、そして叔父さんの関係は知ってる。あ、紗恵さんが櫻井 敬太さんと結婚してるのは知ってるよね?』


 私が全く表情を変えないまま打った文を見て、智春さんは不安そうな顔をして頷く。何がそんなに不安なの? そう思っていたら智晴さんが両手を頭の方に持っていった。目だけを動かして彼を見る。彼は手を人差し指だけ立てた形にし、陥没している頭に付ける。鬼か? あぁ、怒っているのかと訊きたいのか。


『そうだね。どっちだろうね』


 彼はさらに不安そうに顔を歪める。


「ふう……」


 私はため息をついて空を見上げる。相変わらずどんよりとした空で、今にも雨が降りそうだ。顔を下に向ける。


『あんたのさ、未練って何?』


 彼はたじろいだ。戸惑いながらも、なんとか何かを伝えようとしているように思えた。あぁ、そうだった。彼は喋られなかったんだ。


『質問を変えるよ』


 画面を見た彼は安心したように肩を下ろす。


『あんたの未練は、紗恵さんと結婚できなかったからでしょ?』


 彼は弾かれる様に立ち上がる。心外だ、とでも言いたげな目で私を見る。でも私の手は、気持ちの暴走は止まらない。


『あんたって嫉妬深いんだね。いいじゃない。親友同士の結婚なんだから』


 智春さんは私の後ろの背もたれに勢い強く手を突き出す。顔を上げたそこには、怒りと困惑の混ざった表情の彼がいた。彼の口が動く。「何が言いたいんだ?」とでも言っているのだろうか。口の動きはそう見えた。


『何が言いたいって、私は言いたい事を言っているだけ。あんたがどう思おうが知ったこっちゃないわ』


 彼の表情はさらに歪む。私を睨みつけてくるが、関係ない。


『叔父さんと叔母さんは、毎年あんたの命日に墓参りしてんのよ? 二十年間もね。あんたのことが大好きだから。なのに、あんたはそんな二人に嫉妬してる』


 打ち出したと同時に私も彼を睨みつける。彼は「違う」と口パクで伝えてくる。まったく白々しい。


『じゃあなんであんた成仏してないのよ』


 彼はたじろぐ。


『二十年間もあんたのことを想っている二人のことを恨んでいるから、成仏できないのよ。つまり、自業自得』


 表情を怒りの色に染めた彼が大きく口を開け、「恨んでなんかない!」と口パクする。


『だーかーらー、言ったでしょ? 私は言いたい事を言っているだけ。気にしなくていいよ』


 彼はなお、私を睨みつける。そんな彼に私は微笑みかけ、さらに文字を打ち出す。


『もう二人に近づくな』


 吸ってもいない息を呑む音が聞こえた。私はよっと立ち上がり、また空を見上げる。


「小雨降ってきた。もう帰らなきゃ」


 一人言・・・を言って私は歩き出す。焦った彼が私の肩を掴むが、その手は肩をすり抜けた。彼の驚いた気が伝わってきた。私の霊感は強いわけじゃない。生者と同じように触れられる訳でも、声が聞こえる訳でもない。

 彼の焦る気が伝わってくる。しかし私はもう彼に興味はない。私は歩き続ける。

 彼の焦りが私の足が一歩前に進む度に強くなっていく。「待ってくれ」と言っている気がする。彼が苦しんでいる気が伝わってくる。だけど私には関係ない。少し雨足が強くなってきた。早く帰らなきゃ。


「違うんだっ!!!」


 私は駆け出しかけた足を止めた。誰の声? 思わず後ろを振り返った。

 彼は苦しそうに体を抱きしめて膝をついていた。肩が震えている。泣いているのか? 彼は俯けていた顔を上げ、悲痛そのものな表情を私に向けた。どうしてそんな顔するの。何が違うの。


「ふざけないで」


 口の中だけでそう言って、私はまた歩き出した。とうとう本降りだ。


「ーーーーッ!!!」


 あいつの声にならない叫びが、悲鳴が聞こえてきた。何だ。喋れない訳じゃなかったの? しゃべると疲れるとか? あ、気にしちゃダメだ。そうだ。私は今まで通り、見えないふりをすればいい。霊に無関心でいればいい。助けを求められても、私に助ける義理はない。そう。私は今まで通りの生活に戻ればいいだけ。何も気にしなければいいだけ。……なのに、なんで、こんなに痛いの?

 勢いよく落ちてくる雨に打たれて、全身が痛い。でも、胸の奥の方が、ずっと痛い。


「どうしてだろ。言いたいことは言い切ったのに。もう心残りなんかないはずなのに」


 何かとてもいけないことをしたような気がする。取り返しがつかなくなる気がしてならない。体が震える。一歩一歩進むたびに、今度は私が不安に押しつぶされる。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 どうすることも出来ない不安が、頭の中で駆けずり回る。


「うぁ、ああああ」


 頭を抱え、小さく悲鳴を上げた。しかし声は雨の音で消え、頭を抱える姿は雨から体を守るようにも見える。誰も私が悶え苦しんでいる事に気づいていないだろう。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 気づけば私は頭を抱えてうずくまり、熱い雨に打たれていた。……いや、雨じゃない。


「何ウパァァッ!?」


 なんだと思って顔を上げると当然のように顔に水が当たる。口や鼻に入り驚いたが、その温度は心地いいものだ。周りを見回すとそこは見慣れた浴場で、すぐに私の家だと気づいた。


「え……? 私、どうやって帰ってきたの?」



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