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雑貨屋の彼  作者: 石ころ
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二話目 昔

 学校からの帰りだった。いつもは私が通ると吠えて、尻尾を振る近所の犬の「マメ」が、この日に限って鳴きに来なかった。どうしたんだろうと私はその犬がいる近所の家を作から覗き込んだ。いつもならその小さめの庭に柴犬のマメがつながれているはずだが、今はその影がない。散歩に行っているのかと思い、離れようとした私の目に入ったのは、真っ白な、光る、顔のない犬だった。


「何、あれ……」


 私が思わず声を出すと、その光は私の元へと近づき、吠えた。だけどそれは音を発しておらず、私はますます混乱した。なんだ、この物体は。光は私が困惑しているのに気づいたのか、ションボリと伏せた。何なの、何なの? マメはどうしたの? 君は誰? 


「どうしたの、百合子ちゃん?」


 私が目を見開いたまま固まっていた所に、この家の奥さんが帰ってきた。マメは連れていない。私はどもりながらこの光っている犬について話すが、奥さんの目が、表情が暗くなっていたのに気がついたのは、あらかた話した後だった。


「あ……おばさん?」

「ふざけないで……」

「え……?」

「マメが、マメが死んだのよ!? なのに、そんな冗談……。何言ってるのよ! ふざけないで!!」


 おばさんは持っていたリードをこれでもかと握り締める。涙を流し、それで落ちたメイクで顔が汚れ、激昂した表情があまりに恐ろしくて。


「ご、ごめんなさい!」


 私はそれだけ言って、まさに逃げてしまった。


 マメが、奥さんとの散歩の途中、角から急に現れた自転車に驚いて車道に飛び出し、車に轢かれて死んでしまった事を知ったのは、家に逃げ帰ってしばらく経った後だった。




 夢を見た。私が小学生の頃の記憶。これより前にも後にもこのような出来事に何度も出くわした。その度に怖い思いや嫌な思いをしてきた。その大半は理解のない人間による心無い言葉や視線だ。小さい頃のトラウマはなかなか消えない。母親に「気味が悪いからそんなこと言わないで」と言われた時の衝撃は今でも私の奥底にある。幽霊よりも人間の方が怖いと本気で思っていた時期もあるくらいだ。でも、生きている限り人と関わらないなんてことは出来ない訳で。それで私は幽霊を避けるようになった。その方が私には簡単だった。


「朝か……」


 時計の針は九時半を指していた。夏休みになると、不規則な生活になるな。




 昼下がり、太陽がアスファルトの地面を焼いていた。数分前まで涼しい図書館にいた私には、太陽と地面の二方向からくる熱がとても辛く感じる。体から汗が出て止まらない。


「こんな両面から熱せられたら、日焼けどころか、こんがり美味しく焼けちゃうよ……」


 熱を発する太陽とアスファルトを恨めしく思いながら、私はあの雑貨屋に向かう。あと少しで着く。図書館から借りてきた本の入っているバッグを背負い直す。あぁ、見えてきた。


「!」


 あちらも私に気づいたみたいだ。立ち上がった。そのまま歩き進め、彼の表情が見える近さにまで来たが、彼は少し困ったような表情をした。どうしたのだろうと首をかしげてみせると、彼はベンチを指差した。


 一瞬、太陽がなくなって欲しいと本気で考えてしまった。なぜなら、太陽の位置のせいで、ベンチは湯気が立ちそうな程熱くなっていたからだ。触ることすらも躊躇われる。


「こんなのに座ったら、お尻が焦げるよ……」


 彼も私を気遣ってか、ベンチに座るなとジェスチャーをしてきた。しかし、座らなければ彼と話しが出来ない。一体どうしたものか。


「どうしよう……」

「大丈夫ですか?」

「え?」


 ベンチを見つめていた私に声をかけてきたのは、二十代後半くらいの爽やかな雰囲気の男性だった。私の顔を覗き込み、眉をひそめる。



「顔がずいぶん赤いようだけど、ちゃんと水分摂ってるか?」

「そういえば……」


 意識してみるとかなり喉が渇いている。


「飲んでないです、ね」

「あー、熱中症になると大変だ。あのカフェで休まないか? 俺が奢るよ」

「い、いえ、大丈夫ですって」

「だから、倒れられちゃ困るんだって。これでも俺、医者だし。新人だけど」


 男性は私の肩を軽く抱いて、雑貨屋のすぐ目の前にあるカフェに向かう。そのとなんに私は少しふらついてしまった。確かに少しめまいがするかもしれないな。


「大丈夫か? ほら、塩飴。何飲む?」

「ありがとうございます。でも、少し休めば大丈夫です。水だけでいいですから。お気遣いありがとうございます」

「そうか? でもオレンジジュースくらい奢るよ」

「……はい、ありがとうございます」


 私は塩飴を口にしながら礼をした。汗を大量にかいていたからか、とても美味しかった。




 「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞ」


 カランコロンと涼しげなベルの音を立てて扉を開けて中に入ったあと、カウンターに立っていた女性店員がそういった。私たち二人はあの雑貨屋が見える席に座る。店の中は数人客は居るものの、空いている席の方が多い。


「ご注文は?」


 少しして、先ほどの女性店委員が注文を取りに来てくれた。


「オレンジジュースとアイスコーヒーを」


 男性が注文する。


「あ、水も下さい」


 口の中に小さく残る飴を気にしながら私も注文した。店員は一瞬、不思議そうな顔をするが、私の赤い顔を見て納得したようだった。


「かしこまりました。 すぐお持ちします」


 店員は注文を取り終えるとすぐ裏へ行き、氷の入った冷水を私に届けてくれた。


「ありがとうございます」

「熱中症には気を付けてくださいね」


 店員はニコッと私に微笑みかけ、他の品もすぐお持ちしますと言ってカウンターに戻っていった。私は飴を舐め終えたあと水に口をつけ、窓から見える雑貨屋のベンチを見ていた。彼は私が見ていることに気づき、太陽を指差し、そのまま指を西の方へ傾けた。夕方になってから来てって事だろうか。頷くと、彼は満足そうに笑った。


「しかしよくこの炎天下の中を歩いてこれたな。どこから歩いてきたんだ?」


 新人の医者だという男性が少し呆れた表情で私に言う。水を飲み込んで私も答える。


「県立図書館からです。読書感想文のための本を借りたあと、あの雑貨屋で何か見ようと思って」

「ふーん、そうなのか。でも無理するなよ?」

「はい、すみません」


 男性は私の答えに納得したようだった。少し注意を受けたが。




「あ、そういえばあのベンチ、幽霊が座ってるって噂だよな」


 噂どころか、本当に座っている。


「今あのベンチ暑そうだよな。あんなのに座ったら火傷するな」

「幽霊はもう怪我しませんよ」

「そうだな」


 男性は笑う。


「俺よりたくさん知ってるんだな」

「少し考えれば気づきますって」

「そりゃそうか。でもそんなに知ってるってことは君、幽霊が見えたりするのか?」


 興味津々に笑顔でそう言われ、私はドクンッと心臓が一度大きく跳ねるのを感じた。


「まさか。テレビに影響されてるだけですよ」


 人間・・にそう問われたとき用の完璧な作り笑いを浮かべる私。テーブルで隠れた手はスカートをギリギリと握り締める。強く握りすぎて引っ掻いた太ももと手が傷んだ。けれどそんな事が気にならない程、私の心は荒んでいた。


 私はこの質問が大嫌いだ。この質問にバカ正直に答えたために、何度酷い、怖い目に遭ったことか! 幽霊にも、人間にも。だからこの質問だけはどうしても赦せない。熱中症になりかけて火照っていたはずの身体が、心とともに冷たくなるのを感じた。


「そうか? 俺ももっと勉強しなきゃなー。病院だし」


 私の醸し出す雰囲気に気づいているのかいないのか。男性は自身のアイスコーヒーに口をつける。


「あ、そうだ。さっきの噂、実は本当らしいんだよな」

「へえ、そうなんですか」


 どうやら気づいていないらしい。


「そう。というか、俺、あの事故の目撃者なんだよな」

「えっ! そうなんですか!? ……あの、是非そのお話を聞かせてもらえますか?」


 男性の発言に少しばかり驚いてしまった私は声を潜め、話してもらえるように頼んだ。なんでもいい。の話が聞きたいのだ。


「あぁ、いいよ」


 男性は雑貨屋を見る。また一口コーヒーを飲んで、静かに話し始めた。


「あれは確か、もう二十年も前の事だ」



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