派遣魔王はやって来ない
元々は、電撃文庫だったか忘れましたが、2000字以内で「魔王」をテーマにお話を募集、とかいうのがあったのでそれ様に考えて書いた話です。もちろん落ちました。ふぅ・・・。それはそれとしまして、ジャンル的にはコメディになってます
派遣魔王はやって来ない
「どのような魔王様がご入用でしょうか?」
営業スマイルを浮かべる美女、ただしスライムなので透けている、が出してきたパンフレットを手に取り私は思案した。
「色々なタイプがあるんだな。……なんだ、ネコミミ魔王というのは」
最近はこんなのが流行りだというのか。スライム美女は体をプルプルさせながら応えを返す。
「は~い、こちらの方は最新の魔王様で~ネコミミにゃんにゃんな、おニャの子を造ろうとした妖術師が~間違えて造ちゃった方らしいです~。その後造り主を殴り倒して逃げた、いわゆる野良魔王様です~」
野良魔王。何らかの理由でダンジョンを持っていない魔王の事であり昨今の魔族問題の一つである。魔王とは一定範囲内の魔族を統率強化する能力を持った者の事ではあるが、千年前ならいざ知らず昨今では飽和状態を越えている。何しろ魔王とはいっても生き物である、当然やることやれば子供が出来る訳で、いくら出生率が低いとはいえ年を重ねれば重ねるほど増えてくるのは当然である。しかも時折偶発的に魔王としての能力を持った人工生命が生まれてくることも魔王が増える勢いに拍車をかけている。
この辺り、いわゆる勇者と呼ばれる魔王殺しが定期的に魔王を殺すことで数の均衡は保たれていたのではあるが、千年ほど前からそのバランスは崩れじわじわと魔王の数は増加を重ね、とうとう現在では自分のダンジョンを持てない魔王、いわゆる野良魔王が出てくるようになったのだ。そういった魔王はどうするかといえば、一昔前なら力尽くで他のダンジョンを奪おうとして殺されたものだが、現在では私が今訪ねているような派遣会社に登録し雇われ魔王として日々を過ごすというのが主流である。
「それはそうと~何で魔王様が入用なんですか~?」
痛い所を平然と……まぁいい愚痴の一つも言いたいから答えてしまえ。
「私がお仕えしている家は覇王竜ブラザートの家系なのだが――」
「知ってます~。自分の事を倒しに来た勇者に、世界の半分をやるから私の者になれ、て名台詞を初めて言われた方ですよね~。ということは貴女も竜の方ですか~? 人型変身がお上手ですね~」
執事服を着た人間の女として豊かな体型をした私を見ながらうっとりとした眼差しで言ってくる。この姿は魔法で変化しているのではなく、元々が私はそういう種族なのであるが説明がめんどうなので無視して、
「確かに私は竜属だが、そんな事はどうでもいい。とにかく私がお仕えしている家には時期頭首となられる若が居られるのだが、それが――」
苛々が増す。それを減らすには愚痴が一番だ。
「家出をされてな。予定されたレールを走らされるのはもう嫌だ、などと訳の分からん書置きをされ出て行かれたのだ。今現在捜索の真っ最中だが魔王不在のダンジョンなど人間どもの格好の餌食だからな、それを避ける為にこうして派遣を頼みに来たのだ」
愚痴を言ったが苛々は止まらない。あのバカ、もとい若は、折角親御様が一人立ちとして用意されたダンジョンの魔王の座から逃げ出したのだ。
「大変ですね~」
全く大変そうには聞こえないふやけた声でスライムは相槌を打つ。……不定形生物に何かを期待した私が愚かだった。
「ああ大変だ。だからとにかく若を捕獲する前にダンジョンが落とされない様に魔王が必要なのだ。このネコミミ魔王でいい。早速手配してくれ」
「は~い、分かりました~」
気楽な声でスライムは返事をした――
筈なのだが、なぜか勇者の一行が攻めて来たこの時になってもまだ雇われ魔王は来なかった。
「どういうことだー!」
魔王派遣注文から一週間後、魔王不在の中で勇者が攻めて来たこの時に私はスライムに叫んでいた。と言っても通信効果を発生させる魔法円を介した声だけのやり取りではあったが。
『ごめんなさい~』
ふやけた甘い声でスライムは応える。
『ブッキングです~。そちら以外にも派遣注文があって~連絡ミスで間違えちゃってました。てへ♪』
「てへ♪ ですむかー!」
なおも怒鳴ろうとすると魔法円が消える。あのスライム接続切りやがった。
「どいつもこいつも」
追い込まれたこの状況で肝が据わる。もういい、やってやろう。私が全力を出すとこのダンジョン自体が崩れかねないがもう知らない。全てはあのバカな若のせいだ。いつか見つけてボコボコにする。
そう心に誓い、私はダンジョンの最奥で勇者を待ち受けた。
その誓いはすぐに果たされた。なにしろ攻めて来た勇者の中に若が居たのだから。あのバカ、よりにもよって自分のダンジョンを勇者と共に襲いに来たのだ。
その時にどうなったかと言うと――
「残念、紙幅がつきたか」
書く所の無くなった日記帳を前にして私は呟く。いい所だというのにしょうがない。この日記の書ける所が少なかったのだから仕方が無い。
「またいずれ書くか」
気が向けばいずれ。心の中でそう呟きながら、私は書く手を止めた。