日常
日常
渇望し、焦がれていた。
果て無き青空に、翼を広げ飛び立つことを。
ただ、その為だけに生きてきた。
暗黒に閉ざされた密室。
自身を守る為の安室だと分かっていても、私はこの場所から解き放たれたかった。
それが、自身の命の尽きる果てへと到る行為だと分かっていても。
生を謳歌し、開かれた世界を飛び回りたかったのだ。
だからこそ、私は外の世界へと飛び出した。
それまでの自身の殻を捨て去り、翼を得て空を目指そうとしたのだ。
なのに、いま私は絶望に囚われている。
空は、目の前に広がり、自由は保障されている。
けれど引き換えに訪れた無慈悲が、いま私を殺そうとしていた。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だっ!
こんな終わり方は嫌だ。
助けて、誰でもいいから助けてくれっ!
脚を蠢かせ、あらん限りに私は叫ぶ。
けれど、助けなど来ない。このまま、無意味と無慈悲に飲み込まれて私は一生を終えるのか。
絶望がひたひたと擦り寄り、諦観が心を麻痺させる。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ!
こんな終わりなど、私は認めない。
だからこそ、私は叫び続ける。
それのみしか、私には出来ないのだから。
「ジ、ジジジジジジジジ、ジジジジーッ」
……なんだろな、一体。
小煩く鳴き続ける仰向けに引っくり返ったセミを見下ろしながら、私はそんなことを思っていた。
気持ちの好い早朝のことである。
私は、祖母の庭を利用して作った小さな畑の様子を見に、ここに来ていた。
そこで見つけたのだ。脱皮してそれほど間も経っていないと思われる、微妙に白っぽいセミを。
「……あぁ、なるほど」
状況を見渡し、私は推論する。
状況
引っくり返った、脱皮して間もないと見られるセミ。
近くには、このセミの抜け殻と思われる物がついた草が一本。
そこから導かれる答えは?
アンサー
土の中にいたセミが、草の枝にしがみ付いて脱皮。
だが、木と違ってしなってしまうせいか、飛び立とうとして失敗。そのまま仰向けで放置プレイ。
「連鎖コンボかよ」
おそらく、間違ってはいないだろう。
元々、この庭には木が何本か植えられていたが、それが邪魔だということで切り倒し、更に畑を作る際に邪魔だということで、切り株も引き抜いている。そのせいで脱皮する場所の無くなったセミが、止むを得ずに行った結果がこれなのだろう。
「う~ん、さすがに放置するのは気になるな」
原因の一端が私にあるような気もせんではないので、助けることにする。
放っておくと、蟻のディナーになりそうな気配がひしひしと感じられるので、仕方が無い。
そっと、潰れてしまわないように優しく掴む。
「そういえば昔、掴んだだけで頭が取れたヤツがいたなぁ」
犯人は私ではない。当時の知人である。頭が取れたのに、わしわし脚だけが動いていたのが印象的であった。
それ以来、害虫以外の虫を掴むときは、慎重になっている。
私は掴む。じたばたと脚を動かし鳴き続けるセミを。
掴まえる。潰してしまわないように、そっと。
そして、少しだけ力を緩めた瞬間だった。
「ジ、ジジジジジジジジジジ、ジジーッ」
あっさりと、なんの溜めも余韻も無く、セミは私の手から飛んで逃げてしまった。
「さすが昆虫。恩義を感じる神経なんてないか」
あっても困るが。それ以前に期待もしていない。
「……鶴の恩返しみたいに、人間に変身して来るってのはどうかな?」
軽く妄想する。が、すぐに却下する。
「オスだ。あれ。鳴いてたし。要らんな~、そんなヤツの恩返しは」
せいぜい出切る事と言ったら、煩く歌い続ける事ぐらいであろうし。
「さてさて、妄想はこれぐらいにして、畑仕事でもしますかね」
そう意識を切り替えると、私は作業へと戻った。
そんな、何てことの無い日常。
仰向けに引っくり返ったセミ視点の、一人称小説を目指しました。目指してどうする、という話ですが。ネタ的に前書きに書くとバレるので今回は、あとがきを書いてます。