我慢をするのは彼女のために
一つ前に投稿している物と同じく夏場に書いたので、投稿時期はずれな話になっています。それはそれとしまして、ジャンル的にはコメディ、最後で微妙にイチャラブなお話になってます
我慢をするのは彼女のために
熱い。熱い、熱すぎる。地獄のように熱すぎる。
虚ろなぼやけた意識の中で、俺の頭の中に浮かぶのはそれだけだった。
本日の気温37℃。ふざけんな、平熱より高いって何だ。そしてそんな中で服の重ね着五枚セットの上に更にどてらを着ている俺は何だ、ただの馬鹿か。
勿論違う。違うとあえて言いたい。なぜなら好き好んでこんな格好をしている訳ではないからだ。だったら何でそんな格好でいるかといえばそれは簡単。
地元の商店街の我慢大会に参加しているからだ。
いまどき我慢大会。ありえない。ここは昭和か。けれどそんな俺の心の中での突っ込みなんぞ知らず、司会のおっさんはヒートアップしていた。
「さぁ、盛り上がって参りました。ひまわり商店街主催、真夏の我慢大会。開始からすでに一時間が経過しリタイア続出の中、五人が未だギブアップをしておりません。何を考えているんでしょう。このクソ暑い中でストーブを焚く我々の身になって欲しいものです」
野郎、本音を漏らしやがった。むかつく。更にむかつくのは観客の笑い声。夏真っ盛りの昼中だというのに、何でこいつらはこんな商店街に特設された会場に居るんだか。暇人め。
ちなみに、特設会場といっても大した物じゃない。催し物があった時によく使われる商店街ストリートの広場にパイプ椅子とパイプ机を置き、そこに参加者を座らせて周囲をストーブで焚いているだけだ。
商店街のお手製らしい実にしょっぱい会場である。
あぁ、それにしても熱い、熱すぎる。他の奴らは何で耐えられるんだか。そんな風に俺が考えていると、
「ふふ、少年。後悔しているようだね。それも已むを得まい。それは若さ故の特権さ」
隣のおっさんが訳の分からん言葉を掛けてくる。
つか、誰だお前は。
「ふふ、私が誰か気になるようだね。いいだろう教えてあげよう」
「いえ、いいです」
うっとうしいので断る。が、
「ふふ、私はね、そう言ってしまえば求道者にして探求者、そして実践者なのさ」
明らかにあさっての方角を見ながら一人で喋り続ける。
誰かドクターストップさせろよ。
そんな突っ込みを口にする気力さえない俺を無視して、おっさんは喋り続ける。
「私が何故この我慢大会に参加したか。それはそう、簡単なことさ。
『体温を1℃上げると健康に好い』
この学説を証明する為にここに居るのさ」
馬鹿が居たよ。オーバーしてんだろすでに。
そんな頭の痛いおっさんに付き合っている間に、我慢大会のメインがやってきた。
鍋焼きうどんだ。
「さぁ、商店街会長の愛娘、千里さんによる手料理が運ばれてきました。このあつあつうどんを制限時間である三十分以内に完食できるかが、この我慢大会の山場です」
ご丁寧に司会のおっさんは説明してくれる。その能天気さが腹立たしい。
逃げたい。リタイアしたい。が、完食しない訳にはいかない。なぜかと言えば、これを作ったのは俺の恋人だからだ。
事の起こりは一昨日、付き合っている千里が上目遣いで言った言葉、
「ねぇ、手料理、今度作ろうと思うんだ。全部、食べてくれる?」
に頷いたのが原因だ。
あの女、イベントの盛り上げ要員に俺を使いやがった。
とはいえ俺も男だ。男に二言は無い。
無いが、配慮ぐらいはして欲しい。
何だこのうどんの熱さ。少しは加減しろ。
火傷しそうな熱さに気が遠くなりながら、俺は食う。
そんな俺の隣のおっさんは、うどんには手をつけずにぽつりと言う。
「猫舌にはキツイ」
だったら出てくんなっ!
結局、完食し切ったのは俺一人だった。
朦朧とする意識の中、俺は優勝したことを司会のおっさんに告げられたのだった。
「はぁ……」
シャツ一枚以外を全て脱ぎ、俺は会場跡地に置かれた椅子に座っていた。
まだ頭がぼんやりする。大会が終わって一時間近く経つが、まだ本調子には戻らない。
そんな俺の元に、千里がやってくる。
「おつかれさま。おいしかった? 私の手料理」
「冬に食わせろ、バカ」
俺の憎まれ口に、なぜだか千里はくすくすと笑う。
……ちっくしょ~、そういう表情をかわいいと思っちまう時点で負けてんだよな、俺。
そんな、自分でもよく分からん敗北感に浸っている俺に、千里は二枚のチケットを差し出した。
「優勝商品だよ。豪華ホテルのプール無料券。ご飯も付いてくるんだって。
デートには、もってこいの場所だと思わない?」
……小悪魔が。それが狙いかよ。心の中でため息を付きながらも、
「一緒に行くか?」
優しい声で訊く自分がちょっと悲しい。けれどそんな悲しさを吹き飛ばすような笑顔で、
「うん。すっごく、楽しみだね」
千里は嬉しそうに笑ってくれた。
好きな相手の笑顔一つで嬉しくなれる。
そんなことを実感させてくれる、それはそんな笑顔だった。