深夜のコンビニは魔窟です
一つ前に投稿したコンビニと同じ舞台です。こちらはジャンル的に、コメディ、という感じになっています。
深夜のコンビニは魔窟です
「知っているか、こんな言葉を」
「何をですか?」
深夜のコンビニ店内にて。レジに居た、フリーター三十二歳飯田太一の言葉に、相方の大学生、浪人しているので一回生で二十歳の栗田ユリは、なおざりな声で聞き返す。それに飯田は応えを返した。
「深夜のコンビ二は魔窟だと」
「あ、休憩入っていいっスか?」
「待ていっ!」
しれっとその場を逃げ出そうとしたユリの肩を飯田は掴む。
「貴様、この場を俺ひとりにして逃げる気か」
「え? はい」
「なんだその、それぐらい分かれ中年アルバイターつか肩はなせよキメーんだよ、てな表情は」
「エスパー?」
「当たってんのかよっ! ブロークンハートだぞオレはっ!」
「どうでもいいんですけど~。マジウザいんで帰っていいっスか?」
「休憩を飛び越えて帰宅か。お前凄いな。勇者かその図太さは」
「マジでエスパー?」
「妄想かよっ! なんだその応え、逃がすかっ。こんな修羅場に一人で置かれて堪るかっ!」
そう言うと、視線で件の修羅場を指し示す。その先では、修羅場がまさに展開されている真っ最中であった。怒鳴りあう声が周囲に響く。
男×男×男である。
「夢の饗宴っスね」
「どんな悪夢だ」
「え? 腐ってるだけっスよ」
「……え~、お前そんな趣味だったの~、マジいま初めて知った~」
「若者言葉の真似をその年でなさるのは痛々しい物があるのですが」
「丁寧語って、ある意味最強の貶し言葉だよね。
そんなことよりっ! あんなのが店内に居るのに一人だけにされて堪るかっ! 一人だけ逃げだそうったってそうはいかんぞっ」
「なに言ってんっスか――」
突然ドスの利いた声で、ユリは言い返した。
「逃げるんじゃないっスよっ! これ以上見てらんないぐらい許せないから去るんスっ! なんっスか、あのカップリングっ!」
「そこかよっ! 気にしてるところっ!」
「なに言ってんスかっ! あいつらのやり取り聞いて分かんないんスかっ!」
勢い込んでそう言うと、あいも変わらず修羅場っている、男(スレンダーな二十代前半)×男(肌黒マッチョな三十代)×男(ロマンスグレーな老年)を視線で指しながら告げる。
「受け×受け×攻めってなんっスかっ! 違うっしょ! 攻め×受け×攻めっしょっ!」
「心の底から知らんわーっ!」
「なに言ってんっスかっ! すべてはそこっしょっ!」
「どんだけ限定された価値観だっ! 大体だな――」
飯田が言葉を言い終わるより早く、
パンッ!
その音は、周囲に響き渡った。しんっ、と静まり返った中、
「バカやろう……――」
男(ロマンスグレーな老年)が、音が響き渡るほどに男(スレンダーな二十代前半)の頬を叩いた。
「これで、許してやるよ――」
一瞬の溜めの後、言葉を告げる。
「俺のプリンを食べたことは」
「そんなりゆーかいっ!」
「突っ込み早いっスね、先輩」
「突っ込み通信教育判定二級だ」
「時間と金を盛大にどぶに捨ててるっスね、と、いらっしゃませ♪」
唐突に営業スマイルになるとユリは、商品をかごに入れて持って来た男×三人組にさわやかな声を掛ける。
「相変わらず凄いなお前」
「ビジネスですから~♪ はい、プレミアムロールケーキ三つですね。あたためますか?」
「はい」
「頷くなよオッサンっ!」
「先輩、お客様ですよ」
「いえ。ボケに突っ込みを入れて頂けたのでありがたい」
「突っ込み前提の生き方はどうかと思うが」
「お金払わせてからそういうことは言って下さい。はい、合計で、四百五十万両になります」
「昭和の駄菓子屋のノリかっ!」
「すいません、ペソしか」
「被せるなよボケをっ!」
「「「「え~」」」」
「オレ以外全部敵かよ。つか、突っ込み役オレだけかい」
「はい、おつりが九千五百五十円になります」
「ありがとう」
「完全に無視かよ、オイ」
飯田の突っ込みなんぞ全員無視し、男×三人組は店から出て行き、ユリはいつものだらけた店員へと変わる。
「終わったっスね」
「あぁ、終わった」
「じゃ、そろそろ休憩入っていいっスか?」
「ん、そうだな。そろそろ――」
そう応えようとした時だった。集団のお客が入ってくる。黒のフルフェイスヘルメットで顔を隠した黒ジャケットの集団だった。
全員無言である。かなり怪しい。
「じゃ、お先に帰るっス」
「せめて休憩にしろーっ!」
そんな飯田の絶叫なんぞ無視して、ユリは休憩するために奥へと引っ込んだ。
そして後には飯田一人。そんな飯田へ、黒ずくめの集団は一斉に顔を向けた。
「……いらっしゃい、ませ?」
「……………………」
返事は誰一人当然のように返って来ず、無言でそのまま商品の物色へと黒ずくめの集団は向かって行った。
深夜のコンビニの魔窟ぶりは、まだまだ続くようである。