そうであって欲しい場所
コンビニが舞台のお話です。昼中編、と自分の中では読んでます。ジャンル的には、一般文芸、になるのかな? てな感じです。この次の投稿で、同じコンビニが舞台の深夜編があります。
そうであって欲しい場所
ほっと一息つける場所。そういうところで、あって欲しい。
そう思うのは、贅沢だろうか――
◆ ◆ ◆
「ありがとうございました」
感謝の言葉と共にお客さんを送り出す。ほんの少しの達成感と心地好さ、そういう嬉しい物を感じられる瞬間だ。
「んっ……と、ようやく一息つきますね」
アルバイトの佐々木くんが軽く伸びをしてから私に声を掛けてくる。今年で三十八歳になる私よりも一回り以上若い大学生の青年だ。店長としてというより、職場の同僚として私は言葉を返す。
「そうだね。お昼時も終わったし、少しは一息つけそうだよ」
どこのコンビニでもそうだと思うが、私が店長として任されている、この竜神桜公園前にあるコンビニも忙しい時間帯という物がある。お昼時も、当然その時間帯の一つに含まれる。それが過ぎた今からしばらくは、お客さんの入りが少ない静かな時間帯だ。ただし、
「明日からは、しばらくは忙しい時間帯がずっと続くから、今日みたいに落ち着いた時間は無いだろうけどね」
そう、明日からしばらくの間は、今日のように休まる時間の無い日が続く。それは、竜神桜公園で開かれるお花見があるからだ。
江戸時代にこの辺り一帯を納めていたお殿様が命じらせて植えさせたという桜の木々は、今でも春がくれば満開の花を咲かせてくれる。それを見に集まる大勢の人たちが、お客さんとしてここへと来てくれるのだ。
佐々木くんは、私の言葉を聞いて少しだけ不安そうに聞き返す。
「そんなに急がしくなるんですかね? 飯田さんにもそう言われたんですけど、緊張するな~」
「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくても。いつもの二倍以上のお客さんが、ずっとお店の中に居るぐらいなんだから」
「ぅっ、十分緊張しますよ。最近このバイトに慣れてきたばっかだから、テンパったらどうしようって思いますよ」
「大丈夫だよ。もう十分、何があっても捌けるぐらい上手くなってるから。それに、当日はいつもより多いバイトの人達に出て来て貰えるから、と――
いらっしゃいませ」
新しく訪れてくれたお客さんに気付き、私は言葉と共に迎え入れる。二人組のお客さんだった。二人とも背広を着ている。共に若いお客さん達だけれど、ほんの少しだけ年の差がある感じの二人組だった。お客さんの一人は、初々しい感じの青年だ。そしてもう一人のお客さんは、初々しさが取れて落ち着きを見せ始めている、そんな感じの青年だった。
新入社員と、彼を教育する立場になった新入社員から少しだけこなれて来た新米社員、そんな感じのする二人組だった。
(あぁ、あの人は確か――)
去年の記憶が甦る。くすぐったさにも似た思い出に、私は外からは気付かれないぐらいに小さく笑みが浮かんでしまう。
(一年しか経っていないのに、だいぶ落ち着いてきた感じだな~。去年は、連れてきている子と同じ感じだったのに……。
そうだ。今年も来たということは――)
私はあることを思いつき、
「佐々木くん、ちょっと悪いんだけど一人で任せられるかな? 取って来たい物があるから。それと悪いんだけど、お客さんにはちょっと待ってて貰ってて。私が戻ってくるまでは」
「へ? いや、なんでですか?」
「うん? ああ、すぐに分かるよ。じゃ、頼むね」
「ぇ、ちょ――」
私を呼び止めるような気配がするけれど、何とか頑張って貰おう。これぐらいは捌けるようにならないと、本人がいずれやってみたいという深夜の時間帯のシフトへは回せない。割と深夜は、珍しいお客さんが来るものなのだから。
私は店の奥へと引っ込むと、お目当ての物を探す。それはすぐに見つかった。目に見えるほどほこりが付いているわけでは無いけれど、念の為に手で叩いてからそれを持って一人で頑張っている佐々木くんの元へと向かう。そこではちょうど、レジを打っている所だった。
「――それとプレミアムロールケーキがお二つで、合計で五百四十円になります」
コーヒーに甘いもの。おやつには、あるいはちょっとしたおしゃべりの合間に食べるにはちょうど良さそうな選択だ。
(時間帯からすると、おやつじゃないし。ならやっぱり、少し喋って時間を潰すために買うのかな? そうだとしたら、やっぱりこれがあると好いかも)
そう私が思うのと同じタイミングで、去年もこの季節にこのコンビニに来てくれたお客さんと私の目が合う。私はにっこりと笑うと、
「こんにちは。今年も、桜の場所取りに来られたんですか?」
やんわりと尋ねてみる。すると、
「ぁ、憶えててくれたんですか? すごいですね。あの時一回しか来てないのに」
嬉しそうに私に応えてくれた。去年彼は、彼がいま連れて来ている子と同じように連れられて、桜の場所取りへと行く前にこのコンビニに訪れてくれたのだ。このコンビニの前にある竜神桜公園は桜の名所だけにお花見をする人達は多く、場所取りの為に会社から厳命を受けてこんなにも早い時間帯から訪れているのだ。
「あの、それひょっとして」
彼は私が持ってきていたものを指差しながら尋ねてくる。それにはほんのちょっぴりだけ、期待感が込められていた。
それは、なんてことは無いただのダンボール。商品が入っていた物の一つを崩し平べったく畳んだ物だ。それが、二つほど。
「これ、よかったらどうぞ。地面にシートだけだと、冷たくて大変でしょうから」
むき出しの地面というのは結構冷たい物だ。少しの間だけならともかく、長く座っていると冷たさが身体の中にまで食い込んでくるほどだ。
「ありがとうございます。去年もでしたけど、助かります」
カウンターからお客さんの傍へと移動すると、私はお客さんへとダンボールの板を二枚渡す。こういうことは、あまりしない方が良いのかもしれないけれど、お客さんが少ない時にはご愛嬌ということで許して貰いたいところではある。それを受け取ると、
「いやぁ、ありがとうございます。いえね、去年もそうだったから、今年も要るだろうってんでこいつに持ってくるように言ってたんですけど忘れちゃったらしくて。ほんと、助かります」
苦笑しながら言葉を返してくれる。とはいえ、去年は彼がそう言われていたような。さてさて、こういうのも伝統というものなのだろうか?
そんなことを、苦笑するように思っていると、
「あの、それとですね――」
彼は窺うような気配で尋ねてくる。
「はい、なんでしょうか?」
私が、やわらかな口調で訪ね返すと、
「コーヒーとか、あたたかいヤツ、まだありますか?」
彼は期待感を込めた眼差しと声で尋ねてくれる。なんだかくすぐったい。思わず零れてしまいそうになった笑みを抑えながら、私は応えを返す。
「ええ、ありますよ」
「ああ、好かった~。いや、夜中とか寒いじゃないですか、この時期でも。有ると助かるんですよね~」
子供っぽく、彼は笑う。それにまた苦笑しそうになった時だった。
「でも、このコンビ二、好いですよね~」
笑顔のまま、彼は言葉を贈ってくれた。
「なんというか、ほっとするんですよね~。なんだかアットホーム~ってな感じで。夜中の寒い時に来たら一息つけるっていうか。うん、好いお店ですよ、ほんとに」
……まいった、不意打ちだ。そういう場所であって欲しいと思ってはいるけれど、さすがに言葉に出して伝えて貰えると、嬉しいけれど恥ずかしい。ほんの少しだけ息を止めるようにして黙ってしまったけれど、私は嬉しい気持ちにして貰えたお客さんへと言葉を返す。
「ありがとうございます。そういう店であって欲しいって、思っていますから。そう思って貰えると、嬉しいです」
そう、そういう場所であって欲しいと、私は思う。仕事だけれど、それでも、そういう場所であって欲しいと思うのはきっと、間違ってはいない筈だ。それはきっと、ある意味贅沢な思いなんだろう。けれどそれでも、そうである場所を目指して行こうと思う。だって私は、そういう場所で働きたいし、お客さんにもそういう場所に訪れて欲しいからだ。
「それじゃ、また来ますね」
渡したダンボールの板を手に持ち、一緒に連れてきていた青年を引き連れ、彼はお店を出て行く。
「夜中に、またコーヒーとか買いに来ます。二本以上は買いますから、お願いします。予約ってことで」
人懐っこい彼に、とうとう私は苦笑を隠しきれずに浮かべながら、
「はい。ご用意させていただきます。その時はぜひに」
再びお客さんを迎え入れる為に、言葉を贈る。ほっと一息つける場所であるように、頑張ろうと思いながら。
そうあって欲しいと、私は思った。