仲良く交渉
─チリークロワッサン城
─客用の寝室
視点 ライト
お腹減った……。
ただそれだけが急に頭の中に浮かんで、オレは目を醒ました。
ベッドから身体を起こして誰かの気配を感じて右下の方を見ると、エイルがオレに寄り添うように寝ていた。少し嬉しくなって、エイルのほっぺたをつんつんした後で頭を撫でた。
満足するとオレはベッドから降りた。そこでようやく違和感に気付いた。
「……あ、あれ? なにこの服……いつの間に……」
近くにあるスタンドミラーでよく確認すると、オレは肩紐のある涼しげな白いワンピースを着せられていた。オレの白い髪の毛と相まって全身まっ白だ。
「ライト様、起きたのですか?」
「ひゃあッ!?」
突然声を掛けられてオレは震え上がった。
「え、えいる?」
「はい」
「起きてたの……」
「はい」
「驚かさないでよもぉー」
「そうですね、ふざけ過ぎてまた気絶でもされたら大変です」
気絶……そういえばオレはチェリスの城に泊まりに来て、なんか怖い事が沢山あって……その後の記憶が無いからそこで気絶したのかな。
……だとすると、ここは城の中か。
「オレが気絶した後どうしたの?」
「メインの客人であるライト様の意識が無いのでは仕方が無いということで、挨拶は軽く済ませてこの部屋へ運びました。後は簡単に身浄めと着替えを……ちなみに今は夕食前です」
「よかった、やっぱり城の中だ。……ご飯もうできてるかなぁ。お腹空いちゃったよ」
ベッドにぽすんと座り込んで、お腹に手を当てながらオレはそう言った。
「チェリスは都合の良い時に降りてくるように言ってました。もう準備はできてるのかもしれませんね」
「やった! エイルは行けそう?」
「いつでも行けますよ。私が先導します」
「うん、任せた!」
この城だとまるっきりエイル頼りになってる気がする……なんて思いながらエイルの後ろに続いて塔の階段を降りていると、窓からひゅうっと流れてきた風が髪を揺らした。
正確には風じゃなくて魔力風と言う代物で、強大な魔力を持った家主が自分の住処の異常を知るために常に住処に漂わせているモノなんだとか。
……こんなのにビビってひっくり返ったのかオレは。理屈か分かればどうってこと無いじゃないか……情けない。
コワイにも色々な種類があって、霊的なアレが過ぎたら今度は高所恐怖症がやってくる。……オレ達が寝ていた所は城の塔の一室で、かなり高いところだった。いくら空が真っ黒だって人工的に作られた光はあるわけで、窓から見える景色で現在地の高さは分かる。
「ライト様、寒いのですか? 少し身体が震えてますよ」
「だ、大丈夫。平気だよ……」
エイルが都合の良い解釈をしてくれたので、少し元気な感じで歩いて『寒さくらいで堪えんわぁ!』アピールをして高所に怯えているのを隠すことにした。……エイルは賢いからオレの様子から大体全部を読みとっちゃうかもしれないけど。
長い長い塔の螺旋階段から三階まで降りて、広くて長い廊下を歩いて、ようやく食堂まで辿りついた。
ざっと見て12畳以上20畳未満程の、この城の食堂の中では狭いほうの一室には既にチェリスとレンシーがいた。
真っ白なシーツだか布だかが掛けてある大きめの丸テーブルに、位に差なんて無いと言わんばかりの間の席に2人は座っていて、主従の間柄とは思えないくらい……互いに近しい仲のように普通にお喋りをしていた。
昨日の堅苦しそうな関係とはまるで違う……その光景は豪邸住まいの仲良し兄妹みたいだ。
「あら貴女達、起きたのね」
「おは……よう?」
「さっきはごめんなさいね」
チェリスは十中八九オレが気絶した事について謝っている。オレは身体が熱くなるのを感じながら首を振った。
「き、気にしないで……」
「貴女、強いのに驚かされるのには弱いのね」
「私もライト様との付き合いは短いから、どうして身体も心も人間そのものなのか全く分からないわ」
オレには過ぎた力。身の丈……いや器の丈に合わない力。周りからすれば、力がオレに合ってないように見えるようだ。
もっとこう……雰囲気だけでも強者っぽくならないと何処へ行っても変な存在と認識されちゃうな……。
「ふふっ……。気になるけど、今は食事にしましょう。ほら座って」
やっと食事にありつけると思ってオレは少し浮かれた。そして気分良くレンシーの隣且つチェリスと向き合う席に座った。
エイルがレンシーと向き合う席に座ると、待っていたと言わんばかりに部屋にノック音が鳴り、チェリスが許可を出すと良い匂いのする料理が運ばれてきた。
見るからに嗅ぐからに、何かのステーキとグラタンとお酒……凄いなこれは。オレを喜ばすには最高のメニュー……お酒を除けばお子様も興奮間違いなしだ。
「今日は貴女達を家族だと思って、私の考える良いメニューを用意させたの」
「ありがとうっ! オレ、こういうの好きなんだ!」
「ふふっ♪ 熱いから火傷しないように気をつけるのよ」
そう言って微笑んでくるチェリスにオレは母性を感じた。……見た目は幼女なのにこれは……凶悪だな。
チェリスの言うとおり、熱そうなドリアにクールタイムを置くためにオレはステーキの切り分けを始めた。銀色のフォークとナイフがあったからオレの経験通りに簡単にできた。
……銀食器って吸血鬼的に大丈夫なのかな? なんか疎い記憶の中に吸血鬼はそういうのダメだったような……。
「あらライトちゃん、貴女それを使えるのね」
「え? ええまぁ」
「残念ねぇ……使い方が分からない貴女に滅茶苦茶な使い方教えて楽しもうと思ってたのに」
そ、そういう台詞は心の中で留めておいて下さい……。チェリスって自分がサディストだって自覚あるのかなぁ……。
「ライト様、こういう食器は一般人では恐らく手に持つ事はほぼほぼ無いんですよ。もしかしてどこかの要人だったのですか?」
「要人っていうか……まぁサウシアで一時期それっぽい立場にはなってたから」
ふふふ、育ちの良さが露見してしまったな……。なんて、ファミレスで教養のありそうな人の食べ方を見て真似てた結果なんだけどね。
「サウシア……確か向こうの世界で生活関係の魔法文化に秀でている所だったわね。あの国の優れた魔法を見て盗むのは魔族であっても至難の業なのよね」
そういえば砦の攻防で見た火の雨は凄かったなぁ。……しぇんしぇにしぇんぱいにルイスにロイ王……元気にしてるかな。
「チェリス様、スターライト・エクスシーションと対等に話す許可を頂きたいのですが」
オレ達が来てから一言も話していないレンシーがついに口を開けたかと思うと、突然そんなことを言い出した。
「私は構わないけど、それは私だけで決めていい事ではないわ。ライトちゃんに聞いてみなさい」
「ありがとうございます、チェリス様。……ということなのだが、構わないか? スターライト・エクスシーション」
「うん、遠慮しないで。もしかして何か重要な話?」
あれだけ殺気まみれでオレに襲いかかって、その上でオレの足下で横に寝かせられたんだ。オレがレンシーの立場だったら少し話しかけにくい。そう思うと、レンシーはオレに何か特別な話をしようとしているとしか思えなかった。
「……その、なんだ。ここに居る間、気が向いたらで構わない。稽古をつけてもらえないだろうか」
「ふふっ♪」
レンシーの言葉を聞いてチェリスがくすりと笑った。それはもう子を見守る母のような優しい笑みを浮かべながら。
「稽古? 稽古ってそんな……オ、オレ、たぶん型とか決まってないし教えられることなんてないよ?」
「つまり貴嬢は力だけで俺を倒したということか…………むしろ好都合だ。ルーチンの無いただひたすらにデタラメに強い……これほどまでに強くなれそうな修行相手などなかなか居ない」
噂通り、本当に修行バカというか……向上心の高い人なんだなぁ。レンシーの爪の垢でも煎じて飲めばオレも少しは真っ直ぐな人間になれるかな……なんて、まだレンシーの事をよく知りもしてないのに分かった風になっちゃいけないな。
「オレで良けr──」
「ライト様」
たまには前向きになろうとレンシーの頼みに了承しようとしたその時、待ったを掛けるようにエイルに口を挟まれ制止された。
結局のところ、優先されるのはエイルなので、オレはエイルの方へ顔を向けた。するとエイルは怪訝な表情を浮かべていた。
「どうしたのエイル?」
「ライト様、貴女まさか無償でその男の頼みを聞くつもりなのですか?」
「えっ? ん~、まぁそう言われると……そういうことになるけど?」
「獲物に餌を与えてほったらかしにする間抜けな漁師などいません。交渉の余地ありです。私達からも何か要求しましょう」
「え、獲物って……」
獲物はレンシー、餌はオレで、これから間抜けになりそうな漁師はエイルか。……酷い言いようだ。
「オレ達泊めて貰ってる側だし……ここは助け合いってことにしようよ」
「待ちなさい」
しばらく静観に勤めていたチェリスの声が響き、全員チェリスの方を向いた。その表情は特に怒ってないどころか不思議と感心したようなものになっていた。
「エイル、貴女の着眼点はなかなか良いわね。私は励むレンシーの姿を見たいの。その為なら貴女達の要求を飲むのも苦ではないわ。さぁ、要望があるなら言いなさい」
「要望を言う権利があるのはライト様の方です。……ライト様、多少の無茶は通る筈ですので強気の提案をしましょう」
要望なんて言われたって急には出てこない。オレは食べるのを中断して色々と思考を巡らせてみた。……オレの経緯、これからの事、目的、すべき事、チェリスだから出来そうな事……順々に考えて少しずつ形になってきた。
「チェリス、チェリスの周りにレンシーのように急に強くなった人って居ないかな。それっぽい噂とかを聞いたらその人の居場所を教えて貰いたいんだけど……いい?」
オレが思い付いた提案は即ち情報収集。領主であり強者であるチェリスなら、結構なコネクションと情報収集力がある筈だ。そうだとしたら、オレ達2人どころかダークSUNとルックのコンビも含めて闇雲に捜索するより、チェリスから噂を聞いた方がずっと速い。
「そんな事でいいの?」
「うん、お願い」
「わかったわ。一応心当たりはあるから、近い内に調べておくわね」
「ありがとう、助かるよ」
「こちらこそ、レンシーの相手をお願いね」
……ふぅ、一段落ついたな。
本の持ち主が見つかって、お城に暫く泊まる事になって、他の本の持ち主の手掛かりを掴めそうで……こんなにとんとん拍子に事が進んでいいのかな。なんかヤバい事にならなきゃいいんだけど……。
さて、今回の一番の功労者に感謝しなきゃね。
「エイル、ありがとう」
オレは切り分けてあるステーキを2切れ、エイルの皿へ乗せた。ついでに頭を撫でてあげようと手を伸ばしたけど、届かなかったから諦めた。後でゆっくり撫でよう。
「ライト様、私は貴女の子供じゃないんですよ。でも、これがライト様の示し方……有り難く頂くとします」
エイルは無表情を努めてるけど、ちょっとだけ顔が緩んでいた。それを見てオレも少し嬉しくなった。
エイルは愛に飢えてるというかちょっと甘えん坊か寂しがり屋の節があるから、優しく構ってあげると喜ぶ……気がする。
穏やかな雰囲気の中、食事はのんびり緩やかに続いた。




