オレは受け体質でした(後編)
ー宿屋
あれから、一行に会話は無かった。ダークSUNはもとより、そこそこ気さくなルックスードでさえ口を開かない。
街中へ出ても、昼食を摂っても、何処へ行っても。……そして宿に戻る今の今まで、空気は最悪そのものだった。
原因を作ったオレと奴隷の子はもちろん知らんふりでツンケン。たまにチラ見してみたけど奴隷の子は明後日を向いてガン無視体制。仕方なかったのだ。
そして、当てつけのように宿は相部屋……いや、当初の予定通りオトモダチの女の子と2人っきりとなったのだった。
ちがーう! こうじゃなーい!
もっとこう塔が建つような雰囲気をオレは望んでたー! 好感度MAXな奴隷ちゃんとイチャコラ洒落込みたかったー!
……せめて、せめて過去のオレに吸血鬼を買う上での覚悟くらい決めさせてあげて下さい……。あれはあまりにも……精神退行ってレベルではなかったよ。
「……私をお嫌いですか?」
オレは体がビクンとはねた。
今まで黙っていた奴隷の子が遂に話しかけてきたんだ。それはもう驚いた。
「……あ、いや……まぁ、あれだけ言われて良いイメージなんて着くわけないよね……。嫌いと言えば嫌いだよ」
嘘は吐けない。いくら綺麗で可愛くても、まぁ限度ってものがある。
「では、リリースして頂けますか?」
奴隷の子は首輪に触れながらそう言ったので、リリースがどういう意味かは察しがついていた。けど、一応聞いておこう。
「リリースって何?」
「ご主人様自らが首輪を外す事をリリースと言います。奴隷は奴隷の身から解放されます」
予想通りの答えだった。
「逃げたいの? でも、ダメ。嫌いでも離さないよ」
この子はオレを子供と見透かし、全力で嫌わせて奴隷という檻を抜け出そうとしているみたいだ。そう考えれば無意味に言動が攻撃的なのが理解できる。
そう考えると、ちょっと可愛く見えてきた。だから絶対逃がさない。奴隷特有の何かしらの弱み……オレはこれが欲しかったんだから。
「嫌いなものを手元に置く意味が理解できません」
オレのさっきの一言で、奴隷の子は少し心を折られたようだ。リリースの話から一端引いてオレを分析する方向にしたらしい。
「オレはね、嫌いなものを好きになる努力を常日頃からしてるんだ。嫌いなものが近くにあるのくらい平気だよ」
考え方を変えれば魅力なんていくらでも引き出せる。……そこまでして結局人付き合いは上手くいかなかったけど。
だから今度こそ、誰かと上手くいきたい。そのための踏み込む関係が主従関係ってのが端から見れば滑稽かもしれないけど……。いいんだ、越えられないハードルより越えられるハードル……一歩進む方がずっと良い。オレはそう思ってるから、馬鹿にされても耐えられる。
「どうして私を選んだのですか?」
「正直に言うよ。誰でも良かった。商人の人がオススメするから選んだ。本当に深い意味はないんだ」
「……では何故奴隷を買ったのですか?」
何気に刺さる質問だなぁ。
「言ったでしょ? オレは友達が欲しいんだ」
「友達が欲しくて奴隷を買ったのですか? 仕方のない人ですね……」
「いやまぁ、そうだよ……。あぁ、弁明していい?」
「どうぞ」
「まず、オレはお嬢様でも何でもない、旅人なんだ。あの男2人はオレの仲間。身内でもなんでもない……あぁ灰色の髪の人とは色々と都合がいいから兄妹って設定だけどね」
奴隷の子の目が見開く。少し驚いているようだ。
「金髪の人はオレにもよく話しかけてくれるんだけどね、やっぱり男同士で話す方が気を遣わなくて良いっぽい雰囲気をオレは感じたんだ。そしたらなんだか悔しくて、オレも女の子の仲間が欲しいってなったんだ」
まぁルックスードの話をダークSUNが聴いているだけの状態だったけど……。それでも少し寂しかったんだよね。元男なだけあって、男に気を遣われて踏み込んだ話をできない現状に。急にきた疎外感が辛かったんだ。
「オレの勝手な推測だけどね。あの2人はカッコいいじゃん? そこへ普通の女性を仲間にしたとする。酷いもんで、オレに目もくれず男の相手ばっかり。オレは更に独りぼっち。そんなの嫌なんだ」
「それで……奴隷ですか」
「情けない話だけどそうなんだ。現に、今オレは立場にものを言わせて君とこんなに話し込んでる。普通の女性にはこうもいかないよ」
変かもしれないけど、こんなしょうもない話なのにオレは今かなり嬉しいし楽しい。拒絶されても貴女は奴隷、私は主。関係は変わらない。なんと気が楽かことか。
「とても寂しい人ですね。……でも安心しました。ライト様は私が見下すような方ではないようです。不束ものですが、どうぞよろしくお願いします」
「あ、あれ……?」
随分と話の展開が早いな……。もうデレ期が来たのか?
「どうかしましたか?」
「あ、いや……逃げたいんじゃなかったのかなぁって思って」
「はい、先ほどまではそうでした。でも今は興味の対象ができたので。私は吸血鬼、ライト様が余命を全うするまで、私はライト様で暇つぶしをすることにしました」
オレ暇つぶしアイテム!? ……まぁいいか。仲良くなれそうだし。
しかし言葉こそ丁寧だけど言ってることは奴隷っぽくないなぁ……。
「あー、えー、そうだっ。君の名前は?」
「ライト様のご自由にお呼び下さい」
……そう言われてもなぁ。オレは命名師じゃないし。……うぬぬぬぬ!
お酒……お前飲みたいなぁ。ゲームで出たお酒……良い飲み仲間だハチミツ酒を飲もう!
ルートピア……手がピリピリする、何が入ってたんだ? フッ素!? 陰謀だよ。
ヌカ○コーラクアンタム……これお酒やない放射性炭酸飲料水や!
ダイキリ……ダイキリ!? ヘッドショットダメージ二倍! 格好いい! 確かフローズン・ダイキリとかいうのもあったっけ?
「決めた! 今日から君はエイル・ダイキリだ」
間違いなくゲーム脳から絞り出された名前だしお酒好きとしても改名された邪道なものだけど……いいのだ。この世界にオレの命名に事細かに文句を垂れるガチマニアなど存在しない!
エイルはエールから弄っただけのものだけど、簡単にお酒に繋げられる安直な名前で実に良い。
「エイルダイキリ?」
「エイルは名前、ダイキリは……やっぱいいや」
「では、私はエイルと名乗ればいいんですね?」
「うん、これからよろしくね、エイル」
「……はい、よろしくお願いしますライト様」
ああ、宿に来るまでの事が嘘みたいに思えてきた。この子すんごく可愛い……。ダメです愛でまくりたい欲望が疼きます。
「あの、ライト様」
「なにー? 何でしょ~♪」
もうオレの頭の中はお花畑だった。こうやって見ると、エイルは本当に滅茶苦茶綺麗で可愛い。
お互いに座っているから身長差的にオレが見上げるんだけど、それでもお人形さん的な愛らしさを感じさせていた。
「私とライト様は主従関係でありますが、友達でもあるんですよね?」
「そうだよ~」
「では、友達らしい事をしても構いませんか?」
「もちろん! そりゃもうエイルの思う存分に友達らしい事して欲しいな~♪」
エイルよりも早く、オレの方がデレ期到来である。オレからの一方的な友好的な態度だけど……。
エイルと案外仲良く? やっていけそうで、もう嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。奴隷市場でのドンパチの反動だと思う。
「……えー、あの……その……ライト様? 抱きしめてもいいですか?」
……え? うん?
「エイル、よく聞こえなかった」
「……だから、ライト様を抱きしめたいんです……いいですか?」
た、立場が逆じゃないですか!? むしろオレが貴女を抱きしめたい方ですよ!
……ど、どう答えようか?
「……ご、ごめんなさい。出過ぎた事を言いました……」
し、しまった! この期を逃すのは許されないぞ……。オレは今日女の子慣れの階段を登らねばならない……っ。
「い、いいよエイル。好きなだけ抱きしめて……」
オレは両手を広げて抱っこの待機。
すぐに、ふわりとした女の子の感触に包まれた。
「……ライト様、暖かくて柔らかい……」
オレを抱きしめるエイルも暖かくて、柔らかくて……オレは堪らず頭がボーッとしてしまった。
文字通り初めての感覚だった。ずっとこうしていたいとさえ思えるような、恐ろしく素敵な感覚だった。
10分20分と、飽きることなく続けていたが、眠気で意識が朦朧としてきたところでオレから離した。
エイルはそれはもう残念そうな顔をしていて凄く申し訳なくなったけど、抱かれたまま寝たら多分オレは幸せで死を通り越して成仏するから……あれだ、寝よう。ベッドで寝よう。逃げではない、勇気の撤退だ。
「ごめんねエイル。オレもう眠たいんだ……」
「はい、私もライト様のおかげでよく寝れそうです……」
オレ達は互いのベッドに潜り込み、あっさりと眠り始めた。
こんなに良い買い物をしたと思えたのは久しぶりだ。……オレ、今最高に幸せです。
この前編後編……いわゆる頭じゃなくて心を文字に直訳した回です。初期の頃のように難しい事は考えず浮かんだものを書いたとでも言うのでしょうか。
『早く書け! 思うまま書いて自分でニヤニヤしまくるぞ!』と言わんばかりに、書いててとてつもなく楽しい回でした。




