魔物王降臨5
白騎士の軍勢を率いる総大将でもあるエドワード公は独り佇んでいた。
白銀の鎧に身を固めた初老の偉丈夫は、地面に己の愛刀クレイモアを突き立てて柄を握り、平坦な大地に開いた巨大な穴から噴上げる魔物を見つめていた。
己が狙うただ一体の魔物王の気配を、神経を研ぎ澄まして探していた。
噴上げる魔物と共に突風が派生し、エドワード公の深紅の外套が激しく逆巻く。
「陛下!」
声と共に、三人の白騎士が姿を見せた。
姿を見ることもせず、初老にさしかかる者とは思えない容貌魁偉なエドワード公は、一点を見据え続けていたその目をかっと見開いた。彼はクレイモアを引きぬくと、魔物の中に身を飛び込ませた。
止める間もなく、無謀にも魔物の渦に消えた相手に、一番年若いレックが不愉快そうに舌打ちする。
「あのクソ爺。いい年して、魔物に対して見境がなさすぎだ!」
人の事を言えないレックが、一番に口を開く。
見た目だけなら王侯貴族に見える美麗な顔立ちの男は、容姿からは想像もつかぬ悪態をつき、エドワード公の身を案じるより、先を越されたことにひどく不満を覚えていた。
「追うぞ」
レックの腕を、エルザがつかんだ。
「駄目よ!あんな中に突っ込むなんて、無謀すぎよ」
常識的な判断をするエルザの言葉に、マルシェも頷く。
その時、魔物が噴上げる時に乗じて発生した空気が一瞬止まった。
「来る!」
レックが叫び、マルシェとエルザは同時に身構える。
それと同時に、大地を揺るがす咆哮が轟き、目の前の魔物の柱が四方に弾けた。それは、内側から強い圧力をかけられたように、弾き飛ばされたといった方が良かった。
突如、破壊的な力で吹き飛ばされた魔物は、圧力で押しつぶされ消滅する。
爆風で吹き飛ばされぬよう食いしばったが、軽いエルザの体は風圧に弾かれそうになった。拙いと思った瞬間、エルザの体をマルシェの太い腕が絡め取り大きな体が彼女を支える。
ありがとうの声どころか、息をすることすら辛い風に、おのずと瞼も落ちて目を守ろうとする。
わずかに見える視界の中で、三人の騎士は君主であるエドワード公が弾き飛ばされる姿をみた。
ギルド王の身体は、無防備なまま激しく巨木の幹に叩きつけられ、地面に崩れ落ちた。
「陛下!」
咄嗟に動いたのは、エルザだった。
地面に伏せるエドワード公に駆け寄って抱き起こしたエルザは、うめきながら瞳を開いた君主の姿に安堵する。
「陛下、ご無事ですか」
「うむ…」
エルザを見上げたエドワード公は、弱々しくではあるが返事を返した。
「エルザ!」
マルシェの鋭い叫び声に、気の緩んでいたエルザは顔を跳ね上げる。
彼女を狙い、一体の魔物が猛スピードで襲いかかって来る。
斧を握り、体勢を立て直す時間はない。それを悟ったエルザは、死を覚悟でエドワード公を庇うように身を縮めた。
間に合わないと思ったマルシェはエルザを呼んだとほぼ同時に、咄嗟に己の重量級の武器を魔物に向かって投げつけていた。
鉄鞭は回転しながら勢いを増して飛んでいき、魔物の横腹に直撃した。魔物の巨体は、突然の衝撃にそのまま流されるように鉄鞭ごと弾き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
恐る恐る顔を上げたエルザは、駆け寄って来た筋骨逞しい男の姿を見て、蒼白した顔のまま安堵の笑みを浮かべた。
「助かっちゃった…」
「勘弁してくれよな。俺は、お前の葬式なんか出したくないぞ」
無鉄砲な行動を怒鳴ろうとしたが急速に怒りを失ったマルシェは、うなだれながらそう呟いた。
「ごめ~ん。ちょっと油断しちゃった」
エルザは死を覚悟した事さえ窺わせない軽い口調でそういうと、その場から立ち上がり、己の武器を手に取った。
エドワード公はいまだ身体の自由が効かず、その場に伏せたままだった。
「私は陛下をお守りするわ。レックは両手に花で忙しそうだから、助けてあげて」
視線の先で、マルシェが撃墜した魔物と同じタイミングで現れた二体の魔物を相手に、レックは既に激しい戦闘を繰り広げていた。
「それはあいつを片付けてからの話だな」
マルシェは、そう言って指で相手を指し示した。そこでは彼に攻撃を受けて、地面に伏せていた魔物が、ゆっくりと身体を起こしていた。
肉体は筋骨逞しい男性の形をした牛の頭をもった魔物は、両手に曲刀ハルパーを構えた。