魔物王降臨4
島に入っておよそ一時間。伝承に残された魔物王が封じられた塚がある位置まで、あと数キロという地点。魔物の強さも島の中枢へ入れば入るほど強力になり、緊迫感が増した。
レック=シュナウザーは、昊から降り注ぐように魔物が襲い掛かってくるその場の地面に正座させられていた。彼の目の前には、小柄な紅蓮色の髪をドレッドにした女性戦士が仁王立ち。
彼女はまさに、お説教の真っ最中だった。
その周囲で、一人マルシェは文句も言わず、鉄鞭を振り回して魔物の掃討に追われる。
「レック!今日はちゃんと陛下の護衛をするって約束したでしょ!なのに、魔物と遊んでばかりでダメじゃないの!」
「…悪かったよ」
金髪碧眼の美青年は、つんとそっぽを向いてぼそりとそう謝る。
無理矢理謝罪しましたとばかりの態度で、まるで反省の色のない相手にエルザの額に青筋が浮かぶ。
彼女たちを取り囲んでいる魔物が、一歩にじり寄った瞬間、レックとエルザは射殺すような鋭い殺気立った眼光で魔物を威圧する。
邪魔するなとばかりの殺気に、魔物は思わず足を止めて凍りつく。
魔物すら足止めする殺気のまま、エルザは弟のような存在を見下ろす。
「お姉ちゃん、あんたをそんな子に育てた覚えはありません!」
「……だろ」
横を向いたまま呟いたレックの声が聞こえず、エルザはむっとする。
「言いたいことは、人の目を見てはっきり言いなさいって、シスターマリアンヌにも言われたでしょ」
無意識にエルザは斧を持つ手に力がこもる。同時に、レックも片膝を立てて自分の身長を超えるバスターソードを持ち上げ、エルザを見据える。
青年の鋭い眼光は見据えた相手を威嚇しているようでもある。
そして睨みあったまま、ほぼ同時に互いに己の獲物を動かした。
刹那、呪縛が解けたかのように、四方八方から二人に襲いかかろうとした魔物の体が鮮やかに寸断されて、血飛沫をあげて地面に叩き付けられる。
「…エルザが突進した陛下のことばかり気にして、休めって言っても休まないからだろ」
ぼそりと呟いたレックは、両手で握った大剣で再びにじり寄ってきた新たな魔物を薙ぎ払う。
同じ部隊に配属された屈強の男たちの体力ですら保たず、途中で足が止まるほどの敵方の攻勢。レックやマルシェは桁外れの体力で疲れなど知らないといった様子ではあるが、エルザは女性の中ではトップクラスでも女性故に多少体力面で男性と比べれば劣りがある。
二つ名のついた優秀な女戦士のエルザも、これまで戦いながら激闘の最前線を走り続けたことで、かなり疲弊していた。それでも、レックやマルシェが共にいたおかげで、請け負った魔物の数は彼らに比べればずいぶん少ない。
「もしかして、あたしを気遣ってた?」
女と舐められるのも、女だからと安易に守られることも大嫌いなエルザの表情が一際に険しくなる。
「陛下陛下って、陛下の心配ばかりだから、ムカついた…」
予想もしない一言に、エルザは目を瞬かせる。
「陛下に振り回されっぱなしで、大事な局面でバテたら『クリムゾン』の名前が泣くぞ」
それが彼流の心配の仕方で、照れ隠しだと解っているから、エルザは小さく笑う。
「やだもう。熱烈な愛の言葉みたいで、うっかりときめいちゃうわ」
「…」
ケラケラ笑ったエルザに、ことさらに眉根を寄せたレックの頬が心なしか朱を帯びた。
レックは、ちらりとマルシェを見る。マルシェは鉄鞭で敵を次々と殴り倒しながらも、レックとエルザの様子をしっかりと観察しており、レックと目が合うと不敵に笑う。
「告白タイム終わったか?だったら、そろそろ本腰入れろよ」
離れている距離と、喧騒にも似た魔物の咆哮で話を聞いていたとはとても思えないが、大声でそう言い放ったマルシェにレックは鼻で笑い、とびかかってきた魔物を一刀両断で真っ二つに裂く。
甘く端正な顔に浮かぶ、皮肉なほど似合う狂気じみた笑みは見るものを蠱惑する。
「そうだな。浮かれジジイ見つけて、一太刀浴びせないと気が済まない」
剣を振るいながら、襲い掛かってくる魔物を次々と倒していくレックに、エルザがあわてる。
「ちょ、ちょっとレック!殺るのは魔物王だけにして頂戴よね!」
「強ければどいつでもいい」
「敵と味方くらい、分別つけなさい!」
「え~。俺、あわよくば殺っちまおうと思ったんだがなぁ」
年長者が一番不穏かつ危険なことをさらりと口にして、エルザは怒り爆発する。
「バカなこと言ってると、あんたの情婦たちにあんたの誠意のない下半身事情を暴露するわよ!」
「はっ!?なんでお前が俺の下半身事情知ってるんだよっ!?」
「さぁね~」
下らないことを言いながら、派手な交戦続けていた三人は、次第に強まる大地の鼓動と共に肌を突き刺すような強烈な魔物の気配を感じた。
今までの魔物たちとは比べ物にならない魔物の気配。心を負の感情で蝕もうとするほどに禍々しい力が、遠く離れていても分かるそれに、レックはざわりと全身に鳥肌が立つのを感じた。
戦いの手を止めることなく確実に敵をしとめながら、強まる気配の中核へと進める足を早めた。