魔物王降臨3
「殺すだけだろ。そうすりゃ、呪いも解けて一石二鳥」
ギルドの白騎士らしいその姿に、エルザの背に恐怖にも似た悪寒が走る。
幼少期からマルシェを知り、行動をずっと共にしているエルザだが、戦いに愉悦を感じるマルシェの姿と表情だけは苦手だった。
「で、お前は?」
「…レック一人で行かせたら、絶対、ウィリアムを殺ると思ったからよ」
「あぁ…あいつら、相性最悪だからなぁ」
本当の理由を素直に言えなくて、一番気にかかっていることを口にしたエルザに、マルシェは出立前の出来事を思い出し、遠い目で顎にある茶色い無精ひげを撫でる。
ギルド王の息子にして次期王位継承者候補の一人でもあるウィリアム=ストレインと、昨年の討伐獲得賞金№1の白騎士にして王位継承候補レック=シュナウザーは、事あるごとに対立し喧嘩となる。
性格が真反対でありながら、双方が喧嘩っ早く、腕が立つので口論から命がけの戦いになるのは日常茶飯事。
マルシェもエルザも、彼らの喧嘩を幾度仲裁したかわからない、最早、白騎士の名物風景だ。
当然、今回も戦いの前に一触即発となった。彼らを仲裁したのはギルド王だったが、その仲裁の仕方が、『儂よりも多く魔物を倒してから、その生意気な口を聞け』と言って敵中単騎突入だったのだから、残された部下はたまらない。
「ま、ウィリアムの奴はちょっと前に負傷してリタイアしたし、その心配はなくなったけどな」
「あとは、無事に陛下を見つけないとね。でないとこの戦いが終わったら、毛髪再生不良親父の頭髪全喪失葬儀を盛大にしないといけなくなるわよ」
生真面目な直属上司を思い出したエルザは、大変失礼な言い回しで心配する。
「…残り少ない惜しい髪を亡くした」
まったくもって他人事のマルシェは、殊勝な面持ちで呟き十字を切る。
それを見て、エルザは自分よりも五十㎝以上の身長差のある男の尻を容赦なく蹴る。
「レックは人の言うことなんて聞かないんだから、あんただけでも自重しろって言ってるの!」
「ってぇ…魔物よりお前の攻撃のほうがダメージきついぞ」
強烈な蹴り上げに、マルシェは尻を押えて大げさに痛がってみせる。
「陛下に何かあったら、三佐の毛髪どころか頸ごと消失よ。あたしたちの頸も三つ添えて!事の重大さ、解ってるの?」
「あのおっさんと心中ってことか?嫌に決まってんだろ」
マルシェは鼻で笑い、首を捻って頸を鳴らす。
「しゃあねぇ。レック捕まえて、年甲斐もないハッスルじいさんの援護に回るか」
顎の無精ひげを撫でながら、マルシェはのっそりと歩き出す。
「…陛下をじいさんって…しかも何、ハッスルって?」
歳は四つしか違わないはずなのに、時々、女戦士は年上の仲間の言葉が理解でなくなる。
「なあ、エルザ。レックの奴、勝手に行っちまったみたいだ」
歩みを止めたマルシェが、先程まで青年剣士が居た其処を指さす。其処に仲間の姿はなく、代わりに残るのは夥しい魔物の死体だけ。
「…はぁ。追いかけるしかないじゃないの」
毎度のこととはいえ、エルザはがっくりとうなだれた。