魔物王降臨2
「随分仲間の姿が減ったなぁ…」
「それは、レックと陛下が突出しすぎだからよ…」
のんきなマルシェに小さな溜息を洩らしたエルザは、三つ年下の仲間にちらりと視線を送る。
本来、エルザたちは二〇名で小隊編成されたギルド王指揮の隊に配属されていた。
かつて魔物王を封印するのに用いられた魔剣で魔物王を屠る為、唯一それを扱えるギルド王が最前線に立つことが決まった。このため、ギルド王が自ら選定した十名の護衛名目の精鋭戦士が護衛件アシスト役とされたのだが、その肝心要な国王様が現在消息不明。
それは部下の命令違反でも、命令放棄でもない。
国王自ら部下の若い剣士達を挑発して、敵軍のど真ん中を突っ切って腕を競うような真似をして、同じ隊の仲間は落伍者が続出。他の部隊もギルド王の猛進についていけず、進軍が遅れているという前代未聞のありえない事態に。
「流石、脳みそ筋肉、戦馬鹿だらけの国の王だけあるよなぁ。現場に出た瞬間に指揮忘れて討伐に夢中なんて、ギルドらしいじゃねぇの」
戦闘能力で王を選定するギルドの王だけあり、現王エドワード=ストレイン公は、老いてなおその腕と闘争本能の衰えを知らない。
「らしいけど、それじゃ困るでしょ。一応、世界の運命背負って戦いに来てるのに」
戦闘民族国家ギルドが誇る魔物討伐部隊『白騎士』は、世界各地に散らばる魔物を討伐する戦闘のエキスパート集団。
基本的に単身か数名だけの小隊編成で行動をする彼らが、世界の臍と呼ばれる海原の中核にある小さな島に一堂に会したのは、大きな役目があっての事。
かつて魔物に支配されていたと言われるこの世界は、祖先が魔物の王をこの地に封じ込め平穏を得ていた。
けれど、魔物王は封じられる前に世界を頽廃させる呪詛をかけた。
呪詛はゆるゆると世界を蝕み、恵み豊かだった世界は枯れ、緑は失われ不毛の地が広がり作物は不作続き。天候は大きく乱れ、各地で天災が次々と起こり人々の生活を脅かした。魔物王を伝承の存在と諦められるほど、その数年の大地の豊饒が枯れる速度は遅くはなかった。このままでは、確実に二~三年のうちに大地の半分は穀物の育たぬ砂漠となってしまうだろうと学者達は分析した。収穫高も減っている今でさえ、食料の値が急騰して各都市で餓死する人間が増えていた。
故に十五ある国の王たちの協議により、賛成大多数で魔物王の封印を解き、魔物王の討伐が決定した。その、魔物王殲滅という大役を担ったのが、ギルドの『白騎士』。
白銀の甲冑を纏うことから、その名がついた魔物殺したちの集団は、世界の運命と言う重いものを背負って今回の戦いに臨んでいるはずなのだが…。
「俺は世界がどうなろうと知ったこっちゃないけどな。ってか、伝承になっちまってる魔物王の存在自体、居るかもわからねぇってのに、お国の偉いさんは子供みたいに信じてこんなところに進軍なんて、間違いなく馬鹿だろ?」
不遜な毒吐きをしたマルシェ=アズラエルに、エルザ=ハミルトンは渋い顔をする。
彼女とて、それを考えなかったわけではない。けれど、親に捨てられスラム街で孤児として生きてきたエルザにとって、かつての自分と同じ子供たちが真っ先に命を落としていく現実を、何とかしたかった。生きられる可能性があるのなら、それに賭けたいと、エルザはこの場に来たのだ。
「だったらどうして此処にいるのよ。国の威信はかかってるけど、一応、これ強制参加じゃなくて自由参加よ?」
「報奨金目当て。参加するだけで金が出るなんてオイシイ話だろ」
「居たらどうするのよ」
十名いる次期ギルド王候補の一人でもあるマルシェは、血の匂いをさせて不敵に笑う。