魔物王降臨1
マルシェは感嘆の意を込めて、口笛を吹いた。
彼の視線の先には、貴公子でも通じる秀逸な容姿でありながら、人間の身体能力の極限を超越した狂戦士の青年がある。
身の丈はあれど戦士としては屈強とは言い難い体躯で、身の丈ほどの大剣を軽々と振るい、眼前の敵を一刀両断でなぎ払う。
夥しい魔物が間断なく押し寄せるが、美貌の友の目には一抹の恐怖も、焦りもない。
普段笑わぬ端正な顔に、妖艶とさえ思える笑みを浮かべて、白銀の鎧を深紅色に染める。
「楽しそうだねぇ、レックの奴」
狂気じみたその光景を、マルシェは微笑ましいとばかりに目を細めて眺める。胸当て仕様の同じ白銀の装備のマルシェの体も、乾ききらぬ夥しい返り血に染まっている。
ひとしきり年の離れた友の行動を見ていた屈強の戦士は、おもむろに女の腰ほどもある太さの巨大な鉄鞭を振り上げ、左背後から飛び掛ってきた魔物を渾身の力で殴り飛ばす。
「ちょっと、マルシェ!危ないじゃないの!」
視線を向ければ、敵を弾き飛ばした方向に真紅のドレッドヘアをした小柄な女性がいる。彼女が纏う白銀の軽鎧にもまた、激戦の跡がうかがえる。
手にした小斧を肩にかけ、左足の下に先ほどマルシェが殴り飛ばした爬虫類に似た魔物を下敷きにして、左手の人差し指で傍若無人な仲間を指差す。
「あたしを魔物で圧殺すつもり!?」
「あ、エルザ…わりぃ、小さすぎて見えなかった」
「気配読めるくせに、何言ってるのっ!っんとに、あんたたち二人は、戦闘になると目先しか見えないんだからっ!」
うめく魔物の頸に容赦なく自分の武器を振り落とし、だんだんと足の下の魔物を踏みつけて、怒りをアピールするエルザに、マルシェは首を竦める。
「お前も下、見えてる?」
「うるさいっ!」
憤慨しながら、エルザは小斧を振り上げてマルシェに投げつける。
「おいおい…」
高速で向かってくる投擲物をマルシェが直前で身を翻して避ければ、斧は背後にあった大きな樹木に突き刺さる。
次の瞬間、耳を劈く絶叫が響き渡る。エルザの投げた小斧が樹に擬態していた魔物の顔面を直撃して、そのまま魔物は絶命して倒れる。
エルザは満足げに笑う。
「貸し一つ。覚えておきなさいよ」
「ベッドの中でなら、いくらでも返してやるさ」
「それは、あんた得でしょっ!この状況で、よく下ネタ言えるわね」
もっとも、この男が戦闘中でもへらへらと笑いながら饒舌に下ネタさえ放言できるのは、戦況に余裕があるという証であることを、エルザは知っている。
マルシェは地面に倒れた魔物からエルザの獲物を抜き取り、何度か振って血を掃う。見た目より軽量化された特殊武器を、そばに寄ってきた彼女に斧を返す。エルザは戻ってきた武器の刃を一瞥し、周囲を見渡す。
あらかた敵を討伐した森の中、気付けば三万あった仲間の軍勢の姿がほとんど見えない。