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DEUS EX MACHINA  作者: 響かほり
二幕
12/13

魔物王殺しの代償4



 その後、意識を落としては浮上させる事を幾度と繰り返すうち、空腹感はおさまらないにしても異常な疲労感は消えた。

 そして、薬物への耐性ができたのか、意識の消失時間が徐々に少なくなり、覚醒して意識を保持している事の方が多くなった。それに伴い、少しずつ身体の自由も取り戻しつつあるようだった。

 時折、胸のあたりに刃物を入れられて何かをはぎ取られたり、血を抜かれたりしたようだが、それ以外に身体に傷をつけられる事もなかった。

 時間感覚が狂ったままのレックには、何日が過ぎたかは分からない。

 だが、調子が戻ってきた事で寝ていることにも飽きたレックは、この場からの脱出手段を考える。

 しかし、此処が病院なのか研究所なのかも分からない。

 自分の武器でもあれば、実力行使で正面突破をしたい所だった。


“どうするかな”


 ゆっくりと目を開ければ、突如、レックの目の前に淡い水色の透明な生き物が覗き込んできた。

 顔立ちは人間に近いが、耳は尖りひれの様な形、皮膚にはうっすらと魚のうろこのような模様が付いている。

 身体は小さく、レックの掌に乗るほど。指の間には被膜の様な水かき、そして下半身に足はなく代わりに腰から下は魚。

 レックは相手との至近距離には驚いたが、宙に滞空するその存在自体には驚かなかった。


『お困りですか、若様』

『まぁ、若様がお目覚めに!』

『皆、吉報じゃ!明けの明星フォスフォロス様がお目覚めに』


 不意にレックの周囲に人ならざる小さな気配が幾つも現れ、同じ姿の人ならざる者が何体もレックを取り囲み、女性の涼やかな声で矢継ぎ早に喋る。

 彼女達が魔物とも異なる、精霊の類だとすぐにレックは気付く。

 最初に自分を覗き込んできた精霊は、他の精霊に比べて一回り身体が大きく、色も僅かながらに濃いので、すぐに区別がつく。

 精霊達が纏う、清流の様な澄んだ水の気配は、懐かしさをレックに与えた。

 幼いころは精霊と呼ばれた者たちも見えていた気もするが、いつからか声も姿も捉える事が出来なくなり、レックは白騎士になってからその存在すら忘れていた。

 しかし、彼女達が言う若様とフォスなんたらの意味が、レックには解らない。


“…誰と勘違いしているんだ?”


『あぁ、尊き御方。記憶を失ってしまわれたのですね』

『しかもこの様な檻の様な場所に囚われておいたわしや』


 声には出していないはずなのに、どうやら精霊達にはレックの疑問が分かっている様だった。


『若様に対して、人間のなんと無礼で不遜なこと』

『尊き御身を眠らせ閉じ込めて、身体を弄りつくす蛮行』

『何と野蛮で下等』

『何と愚かで傲慢な人間』

『我が君にこの様な事まで知れては一大事』

『瞬く間にギルドは血の海に』

『人は死の山に』

『我が君は真紅の衣を纏い、あまけて全てを海に還す』

『我が君は王、私達を統べる麗しい水の王』


 涼やかな歌声にも似た声がレックの上を飛び交う。

 一つ一つは美しい声なのに、些か数が多く姦しい。

 しかも、言葉の全てがレックの質問の答えになっていない。

 数名の精霊以外とは、会話もままならない様だった。


“結局、お前等何しに来たんだ?”


レックはげんなりしながら心の中で呟いた。


『尊き御方、貴方様の命をお救いする為にございます』


“若様は…誰の事だ?”


『貴方様の事にございます、フォスフォロス様』


“…人違いだ。俺はレック。孤児上がりの白騎士。精霊に若様と言われる筋合いもない”


『確かにお姿は随分とお変りになりましたが、ワタクシは若様の魂と契約を交わした身。違えるはずもございませぬ』


“契約?”


『はい、幼少…』

『アウロラ姉さま!大変!』


 口を開こうとした精霊の声を塞ぐように、部屋の壁をすり抜けてきた精霊が声を荒げる。


『愚かな人の王子がやって来ます』

『意気揚々と、愚かな嘘を重ねて英雄気取り』

『己が身を弁えぬ下賤な人が、尊き御方に牙を剥く』

『殺してしまおうと、息まいて』

『ほらほら、足音が聞こえるわ』


 嘲笑交じりの歌声の隙間に、微かに人の足跡が聞こえて白壁と器械だらけの部屋の中に白騎士の武装をした男達が入って来る。

 ガラスを隔てた先の部屋に居た医者達が、驚愕してその場で慌てふためいているのが見えた。

 彼らの預かり知らぬ所で、白騎士が侵入してきたのだろう。

 剣を握り不遜な笑みを浮かべた戦士然とした男を見て、レックが鼻で笑う。

 どこかエドワード王に似た面差しのある、精悍な顔つき。癖のある淡い栗色の髪に、憎悪を浮かべるダークブラウンの瞳。


「大人しく死んでいれば良かったものを」

「…またお前か、ウィリアム」


 戦場とは違い、心底、面倒くさそうにそう呟いてレックは身体をゆっくりと起こす。体中にべたべたと張り付けられた管を引きはがし、病衣姿で裸足のまま床に足を下ろす。

 が、思う様に身体の自由が利かず、その場に膝を追った。

 ウィリアムはその隙に一気にレックの間合いへ入ると、丸腰のレックの喉元へエストックの切っ先を突き付ける。

 身幅の狭いくろがねが光を反射して怪しく輝き、ウィリアムの双眸もまた殺気立って揺れる。


「何か言い残すことはあるか?」


 冗談でも何でもなく、相手が自分を殺そうとしている事を悟ったレックは無表情に呟く。


「アウロラ」


 ウィリアムはレックの言葉に要領を得なかったが、アウロラと呼ばれた精霊は、レックのその呼びかけの意味を完全に理解して微笑んだ。


『はい、尊き御方。水渦ルリーウス!』


 アウロラの呪と共に、周囲に居た水の精霊たちの姿が霧散し、部屋の中に濃い霧が立ち込める。

 霧はレックを中心に渦を巻き、激しい竜巻となって部屋の中を容赦なく破壊する。

 魔力に剣を弾かれたウィリアムは舌打ちすると、剣を己の目の前に構え直す。


吸収ノイスプロスバ


 その呪と共に、魔剣の刃が淡く輝き周囲の霧を吸収し始める。

 それを確認すると、レックが居るであろう位置にある巨大な竜巻に剣を振り下ろす。

 一閃の煌めきと共に竜巻は弾け飛び、散り散りになった水の魔力は淡い光の流れとなって魔剣に吸収された。

 だが、レックの姿は其処には跡形も無かった。


「…ふん、逃げたか。だが精霊の小規模転移魔法だ。ギルドから出ることは出来まい。ギルド全土にレックの手配書を回し警邏けいら部隊に捜索させろ。懸賞金は二十万ララード、奴の生死は問わぬ」


 ウィリアムのその言葉に、背後に居た二人の騎士が恭しく頭を垂れた。





◆補足◆

 通貨単位:ララード。日本円換算にすると、1ララード≒50円。

 なので、レックの懸賞金は日本円で1000万円くらい。

 割と高額懸賞金だと思って下さい。


 魔法は…オリジナルの呪文で、ある法則にのっとった読みになっています。

 当てても商品はありませんので、あしからず。


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