SEASONS
もう一度、もう一度……
大切なあなたに会う為に、私は生まれ変わりました。
今の姿を見たら、あなたは何て言うかしら…?
気付いてくれる?
それとも気付かない?
気付かなくてもいい。
ただ傍に居たいだけ。
ぽつぽつと雨が降り始めた。
さっきまでジリジリと熱かったアスファルトが雨の雫で冷やされ滲んでいく。
「困ったなぁ……」
しばらく雨宿りをする事にした私は、近くにあるマンホールの蓋の上に落ちる雨を見つめていた。
空はどんよりと薄暗く、眩しかった太陽は分厚い雲に隠れてしまい、しばらく出てくる様子も無い。
そういえば昔、私が幼かった頃……
新しい長靴を買って貰えた事が嬉しくて、雨を心待ちにしていた事があった。
だけど待てど暮らせど雨はまったく降らず、靴箱に入ったままの長靴を何度も見ては、溜息を吐いていたっけ。
やっと降った雨の日の朝に、はしゃいで走り回った思い出。
あの頃は何でも楽しく感じられた。
しゃがんでそっと水溜りに触れてみる。
触れた場所から波紋が広がり始めたその時……
「あれ……? こんな所で雨宿りか?」
懐かしい、ずっと聞きたかった声が耳に流れ込んできて、慌てて声がした方を見上げた。
偶然にも、よく知っている優しい笑顔が私の瞳に飛び込んできて、思わずぎゅっと胸が熱くなる。
「今から帰るんだ。良かったら傘に入らないか?」
そう言って、持っていた傘をこちらに傾けたあなた。
優しさは相変わらずだ。
いつぐらいぶりだろう?
こうして並んで歩くのは。
やっぱり彼は私には気が付いていない様子だったけれど、それでも私は嬉しくて、ただ嬉しくて……
高鳴る鼓動が少し息苦しかったけど、心は幸福感で満たされていた。
あなたに会う為に、私はどれだけ歩いただろう?
凍るような寒い冬が来て……
色褪せて見えた春が過ぎ……
心をも溶け負かすような夏を越え……
切なくて張り裂けそうな秋を幾度となく繰り返した。
やっと巡り会えた、あなた。
愛しいあなた。
「俺と一緒に住むか?」
あの日偶然再会して数ヶ月が経った頃、急にあなたが言った。
あれから毎日のように一緒に夕飯を食べるようになっていた私達。
相変わらずあなたは私だと気が付かなかったけれど、それでも構わなかった。
またあなたと一緒に居れる。
ただそれだけで幸せだったから。
身を寄せ合い温もりを感じる冬が来て……
色彩溢れる春が過ぎ……
力強さに心満ちた夏を越え……
愛しさで胸膨らむ秋を何度も何度もふたりで繰り返した。
相変わらずあなたの優しい笑顔は素敵で、大きな手が私の身体を優しく包み込んでいる。
ねぇ、本当に気付いていない?
幸せの中に生まれた小さな欠片。
その欠片が私の心をチクチクと刺激する。
本当に忘れてしまったの?
傍に居れるだけで幸せだったのにね。
いつから私はこんなにも欲張りになったんだろう?
ねぇ、名前を呼んで?
本当の私の名前を……
心が叫ぶ。
あなたを求め過ぎて今にも張り裂けそうよ?
「今日は寒いな。身体が震えて仕方が無いよ」
カタカタと手を震わせ、あなたが私を包み込んだ。
頬を胸に擦り寄せるようにして私は俯く。
「俺はさ、ずっとひとりだった。
最愛の人を失ってしまってから……」
あなたが震える声でポツリポツリと話し出すが、それは今にも消えてしまいそうな程とても小さく、そして弱々しく感じた。
「ずっと寂しくて、生きた心地がしなかったよ。
だけどな、あの日お前が現れた。
嬉しかったよ」
そう言ったあなたは私の頭をそっと撫で、頬にキスをした。
「恵子……お前は恵子の生まれ変わりなんだろ?
それで俺に会いに来てくれた……違うか?」
思いもよらぬ言葉に涙が溢れ、こぼれ落ちた。
あなたが私の名前を呼んだのだ。
ずっと待ち望んでいた言葉。
「朝目覚めた時、必ずお前が横に居て俺が『おはよう』と言う。そんなたわいも無い日常が幸せなんだ。
昔も今も変わらない。ずっとお前を愛してる……
俺にまた会いに来てくれて感謝している。ありがとう」
「賢一さん……!」
「恵子……」
私を抱き締めていたあなたの手が力を無くし、私の身体に伸し掛る。
優しい笑顔はそのまま。
ただ、あなたの瞳は閉じられ、そしてそのまま開く事は無かった。
そんなあなたの身体に寄り添うように丸くなって眠った。
シワシワになってしまった、愛するあなたの手の甲から温もりが消えていくのを感じながら。
「恵子」
私を呼ぶ声が聞こえる。
「恵子」
あなたが呼ぶ声のする方へ……
小さな身体から抜け出し向かう。
「賢一さん!」
「恵子、これからもずっと一緒だよ」
「はい……」
差し伸べられた手を掴み、もう二度と離れないように私達は強く抱き合う。
下を見下ろすと、年老いて横たわったまま動かなくなった賢一さんの抜け殻と、その横で丸くなっている小さな小さな猫の形をした私の抜け殻がそこにはあった。
その抜け殻にふたりで別れを告げて、私達は私達だけの世界へ向かった。
何度も何度も乗り越えてきた季節を、また乗り越えるために。
遠く遠く……だけど寂しくはない。
『おはよう』
そのたわいの無い合言葉で、この幸せな日常が続くから。




