019 港まるごとの棚卸し
港内仮置札には、荷が港から出ていく刻限の欄が無かった。
朝の河港は、雪より先に紙で詰まっていた。外門を抜けた荷車の控え、河港での仮受札、中央倉へ回す待札。私は荷上げ台の端で三枚を重ね、同じ枝番号を指先でなぞった。車軸脂四壺。外門では到着済、河港では仮置中、中央倉では整理口待ち。荷はひとつしか無いのに、紙の上では三か所へいる。
「同じ荷が、港に三度います」
私が言うと、ミラが仮置札をひったくるように見た。
「行先欄なし。受取人欄なし。出す刻限もなし」
鉄筆の先が、空白を順に叩く。
「帳面上は減らないのに、現場では床を塞ぐ最悪の形ですね」
河港の石畳には、昨夜下ろした干豆袋がまだ三列残っていた。奥には灯芯縄の束、さらに壁際には厚布の巻物。その前を、今朝着いた塩樽の荷車が曲がりきれずに止まっている。外門で通したはずの荷が、港の中で寝床を見つけられずに積み重なっていた。
「どこから数える」
ローデリクの声が、荷車の軋みの間を割った。
「荷の名前ではなく、今夜どこで寝るかで数えます」
私は使われていない量り小屋の掲示板を借り、河港の壁へ立てかけた。炭筆で罫を引く。外門到着、河港仮受、中央倉受入、渡し先引渡、港内一夜越し。左端には、第六函目録の見出しから拾った行を並べた。河港、外門、継馬所、病室、炊き出し小屋。そこまで書いて、私は最下段へもう一行足した。
近在商人仮受。
ミラがその文字を見て、目を細める。
「今の帳面には無い段ですね」
「だから、足りない日の荷が最初から見えません」
第六函目録には、近在持込の仮受条項が残っていた。受取人名、単価、春季相殺先を同日記載。けれど今朝の港には、その一段を受ける紙が無い。あるのは「整理口待ち」とだけ書ける仮置札だった。
ローデリクは掲示板の脇へ寄り、河港詰所へ短く命じた。
「外門、中央倉、荷捌き場、乾物小屋。昼までに全部寄越せ。数はヴェイルの板へ合わせろ」
走り出す靴音が三つ重なった。私は最初の札束を受け取り、着いた順ではなく、今夜の寝床で札を分けた。河港で夜を越すもの、中央倉へ入るもの、継馬所へ回るもの、まだ受取印の無いもの。紙が薄いほど、荷は長く止まっている。
昼前、板の前へ人が集まり始めた。外門番の控え、中央倉の受入綴り、河港の仮受札。ミラが数字を読み上げ、私は板へ書く。
「今朝の到着、荷車十二」
「中央倉受入、七」
「港内一夜越し、五。うち行先空欄二」
次の束では、灯芯縄八巻が河港仮受にも中央倉待にも載っていた。厚布四反は病室向けの口頭指示だけで、紙が一枚も無い。車軸脂四壺は、外門控えでは到着済みなのに、受取印が無いまま乾物小屋の壁際へ積まれていた。
「見えてきましたね」
ミラが板の下段を叩く。
「港が狭いんじゃない。行先の無い荷が、床を借り続けている」
その時、乾物小屋の番人が青い顔で布包みを抱えてきた。中から出てきたのは、商人側の控え札だった。灯芯縄八巻、車軸脂四壺、手甲布十二対。持込人名欄は埋まっているのに、北辺側の受領欄だけ空白のまま三日前の日付が残っている。
「三日前の持込です」
番人は板ではなく、自分の足元を見た。
「値決めが無いので、倉へも河港へも渡せず……でも物は置くしかなくて」
私はその札を受け取った。紙の縁に、古い仮受条項の名残と同じ並びがある。単価、受取人、春季相殺先。そのうち、今の港で生きているのは単価の欄だけだった。
「ここへ載せます」
私は板の最下段に、数字を書き足した。近在商人仮受、三件。未受領のまま港内滞留。
板を見上げる人の視線が、そこで止まった。河港だけなら黒字が出ている。けれど港まるごとで見れば、荷車五台ぶんの床が今夜も塞がり、病室向けの厚布は紙無し、継馬所向けの車軸脂は受取印無し、そして足りない日に頼るはずの近在持込は、値だけ決まって荷が止まっている。
ローデリクが私の横へ立ち、板の空いた右端を指した。
「明日は何を書く」
「待たせた分の損です」
私は答えた。
「荷だけでなく、車輪、人足、商人の持込。止めた一日がいくらになるかを出します」
その言葉を聞いていたらしい代書人風の男が、人垣の後ろから進み出た。青い外套の襟に、商人ギルドの細い銀糸が見える。
「その段へ、今日付の受領印を入れる気があるなら」
男は板の「近在商人仮受」を指先で示した。
「明朝、頭取を連れて参ります。うちが嫌うのは値切りではなく、待ち損です」
ミラが乾いた声で返す。
「ようやく同じ板を見ましたね」
男は頷き、控え札の束を私へ差し出した。私はそれを受け取り、板の右端へ新しい題を書いた。
遅延損失。
炭筆の粉が指に残る。港の問題は、ようやく一枚の板からはみ出す大きさになった。




