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ハロー、酒ソーダ

 ややグロテスクな造形のキャラクターを見て苦笑いするも、目の辺りにどこか愛嬌があって惹きつけられる。とあるレトロ映画にまつわる展示を見に行って出会った「キャサリン」というクリーチャー。全身深緑の毛に覆われている小型犬くらいの体格のキャサリンは劇中でヒロインの人格を乗っ取り、奇妙な言葉を宣わらせていたらしい。



『張り裂けそうだ。腹裂けそうだ。ハロー、酒ソーダ』



 洋画なので日本語吹き替え字幕ではこのようなセリフに翻訳されてはいたが、元々はもっと酷い言葉の羅列だったらしい。どことなくナンセンスな香りがする。カルト的な人気のある作品とはいえ、世に星の数ほどある作品達の中に埋もれに埋もれ、『日の目どころか赤色灯の灯りも拝むことのできなかった』という展示パネルの評論に謎の悲哀を感じてしまったのは年の瀬だった。



 かくいう「己」も言い知れぬ行き詰まりを感じていて、年末ビッグイベントの『有馬記念』の馬券を見事に外した後の虚しさもあって、場末感のある界隈を訪れた末に偶然辿り着いた「展示」だったのである。



「張り裂けそうだ。腹裂けそうだ。ハロー、酒ソーダ」



展示を見た後、その意味不明なセリフを小さく反芻しながら駅構内で酒ソーダ…ではなくペットボトルの水出しブラックコーヒーを購入し、特に理由はないが目に入った近くのベンチに腰掛けた。



<俺は一体、なにをしてるんだか。いっそキャサリンに人格を乗っ取られた方がいい>



 毎年のことなので全然引きずられてはいないと思ってはいたが、有馬記念で勝つと信じていた自分の本命が来なくて『推しジョッキー』の勝利インタビューが聞けないことが相当堪えていたらしい。今年一年、結構真面目にやってきたから年末は報われるものと素朴に信じていたという理由もあるだろう。しかしながら勝負の世界は時に非情な結末を突きつける。有力馬ゆえに他馬からの厳しいマークに遭い、最後進路を確保できずに後方のまま終わってしまったレース。悔やまれる。



「張り裂けそうだ。腹裂けそうだ。ハロー、酒ソーダ」




 呪文のようにもう一度呟いてみた。意外なことに笑っていた。というか語呂がいいからか変なツボに入ってしまっていた。



<もし、この絶妙な人通りの中でセリフを狂人のように叫んでみたら、俺は狂人だろうか?>




 迷惑この上ない想像ではあるが、冷静にシミュレートしてみて「やめとこ」とすぐに素に立ち返られたのは今思うと僥倖だった。だが代わりに素早くスマホを取り出して、妙にスリリングな感覚を味わいながらSNSに『呪文』を打ち込んでいる己がいた。



『張り裂けそうだ。腹裂けそうだ。ハロー、酒ソーダ』



 もしそのSNSでこの謎の投稿を見つけた方は、ある男の年末に『そういう事情』があったのだと察していただきたく思う。その投稿は当初がやはり同じように赤色灯の灯りも浴びることなく埋もれてゆく運命にあると思っていたが、翌日、ぼんやりと紅白を見ながら思いのほか甘くて美味だったミカン食べていた時に、『自称B級映画オタク美容女子』のアカウントの『キャサリン』氏というのおそらくは女性からの「いいね」が飛んできて、少したまげた。



『キャサリン』氏は紅白に出場したとあるアイドルグループの童顔のメンバーが推しらしく、この年の最後の投稿が『あぁ、推しの笑顔で張り裂けそう!!』であった。無事年が明けての初笑いが『思い出し笑い』になるとは思ってもみなかった。

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