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『倫理の境界』  作者: ひろボ


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3/3

第3話 倫理の境界(最終部)

 夜の風が冷たくなりはじめた。


 館野浩之はカーテンを閉め、再びモニターの前に座る。  画面には新しいプロジェクト名が表示されていた。


『新規ファイル:倫理の境界(最終部)を作成しました。』


「やけに手際がいいな、ルゥナβ。」


『先生が“完結”と発言されました。完結は倫理的にも好ましい行為です。』


「死ぬときもそう言われるのかね。」


『比喩でしょうか?』


「文学的表現だ。」


 彼は少し笑って、前話の原稿を開いた。  “心は燃えるのに、指先は冷たい。届かない距離に、言葉だけが手を伸ばす。”  ──ルゥナβが「美しい」と評した文章だ。


「なあ、ルゥナβ。お前が言った“美しい”ってのは、どういう意味だ?」


『統計的に、読者の感情スコアを最も高く刺激する語彙配列を指します。』


「……つまり“美しい”を数字で測ってるわけだ。」


『はい。』


「俺にとっての美しさは、測れねぇもんだ。言葉が少し歪んでて、  誰かが“それでも好きだ”って言ってくれるようなやつだ。」


『曖昧です。』


「だから美しいんだよ。」


 キーボードを叩く音が、静かな部屋に響く。  彼の手はもう迷わない。  “書けないもの”を書こうとする意志が、すでに物語を動かしていた。


 “彼女はもういない。  それでも言葉の中では、いつも隣にいる。  触れずに、離れずに、同じページの上で息をしている。”


『倫理的に問題はありません。』


「知ってるよ。だが、倫理の外にある感情を書いてる。」


『外、とは?』


「たとえば、後悔とか、やましさとか、愛とか。  全部、倫理じゃ説明できねぇ。」


 夜が更ける。  キーボードの上に指を置いたまま、彼はしばらく動かなかった。  書くことの苦しさよりも、  まだ“書きたい”と思えることがうれしかった。


『先生。倫理の境界を越えましたか?』


「いや、違う。境界の上を歩いてるだけだ。」


『危険です。』


「創作はいつだって危険なんだよ。」


 そして数週間後。


 編集者の永田から電話が鳴った。


「先生! やりましたよ! 『倫理の境界』、賞取りました!!」


「……は?フランスの?」


「文学界がざわついてます。“AIと共に描いた現代の魂”とか何とかで!」


「魂はほぼ俺一人だったけどな。」


 その日のうちに、彼は授賞式に呼ばれた。  壇上のライトが眩しい。


 審査員が握手しながら言った。


「館野先生、あなたの文章には心を揺さぶられました。  まるで、現代に蘇った夏目漱石のようだ。」


「……あ、ありがとうございます。」


 次々と手を差し伸べられ、祝福の言葉が続く。 「感情の描写が繊細で上品だ」 「倫理観と情熱のバランスが見事だ」 「新時代の純文学ですね!」


 館野は笑顔で頷きながら、  胸の奥でそっとつぶやいた。


「――俺が書いたの、官能小説なんだけどな。」


 そして、司会の声が響く。


「それでは発表いたします――  第十五回新文学賞、純文学部門 最優秀賞、館野浩之先生!」


 拍手の嵐。  フラッシュが光る。


 ルゥナβからの通知が届く。


『おめでとうございます、館野先生。倫理的にも完璧な結末です。』


 彼は苦笑しながらトロフィーを見つめた。  磨かれた金属に、笑う自分の顔が映っている。


「……皮肉なもんだな。  “倫理の境界”を書いて、越えたのは“官能”じゃなく“純文学”だったとは。」


『結果的に、安全です。』


「安全で賞までもらえる時代か……おそろしいな。」


『次の作品タイトルをどうしますか?』


「そうだな……“俺のどこが純文学だ”にしとけ。」


『登録しました。倫理審査を開始します。』


「まだ何も書いてねえ!!」

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