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リリアと天使の羽 〜羽ばたく願いと風の奇跡〜   作者: たくわん。
第8章 雨を呼ぶ子供と空の約束
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第31話「空の涙、恵みの雨」



朝日が、窓を染める。


ソラは目を覚ました。昨夜はほとんど眠れなかった。夢とも現実ともつかない、曖昧な時間の中で――ただ、自分の心と向き合っていた。


窓の外を見る。

今日も、白い空。


でも――何かが、違う。


空気が、少しだけ湿っている。風が、冷たい。そして――空の白さが、昨日までとは違う質感を持っていた。


部屋を出ると、リリアがすでに起きていた。


「おはよう、ソラちゃん」


「……おはよう」


リリアは、窓辺に立って空を見上げている。


「今日は――雨が降るよ」


「え?」


「ソラちゃんが泣かなくても――雨は、来る」


リリアの言葉に、ソラは首を傾げる。


「どういうこと?」


「自然の雨。でもね――」


リリアは、振り返って微笑む。


「ソラちゃんの雨も、一緒に降るかもしれない」


その言葉の意味が、まだ分からなかった。


-----


朝食の後、ソラは外に出た。


村の中央へ向かう。足取りは、重い。でも――何かに導かれるように、歩いていた。


村の広場には、すでに何人かの村人がいた。昨日と同じ、諦めたような表情。井戸を見つめ、空を見上げ、ため息をつく。


ソラは、広場の中央に立った。


村人たちが、気づく。


「ソラ……?」


「……」


ソラは、何も言わずに立っている。


ハルが、畑から駆けつけてきた。


「ソラ! どうした?」


「ハルさん」


ソラは、ハルを見つめる。


「僕――泣いてもいい?」


その言葉に、ハルは目を見開いた。


「……ソラ」


「嫌われても、いい?」


ハルは、優しく微笑む。


「ああ。泣いていいんだよ」


「……本当に?」


「本当だ。俺は、お前を嫌わない」


ハルの言葉が、胸に染みる。


ソラは、村人たちを見渡した。


昨日、雨を求めた人々。

でも同時に、ソラを恐れた人々。


(怖い)


でも――


(泣きたい)


リリアが、そっと近づいてくる。


「大丈夫だよ、ソラちゃん」


「……リリア」


「ありのままでいいんだよ」


リリアの声が、背中を押す。


ソラは、目を閉じた。


心の中で、溜め込んでいた言葉が溢れてくる。


(寂しかった)

(辛かった)

(泣きたかった)

(でも――怖かった)

(嫌われたくなかった)

(でも、もう――)


――もう、我慢したくない。


ソラは、目を開ける。


そして――


「僕――」


声が、震える。


「僕、ずっと我慢してた」


村人たちが、静かに聞いている。


「泣きたくても、泣けなくて」


「笑いたくても、笑えなくて」


「僕のせいで、雨が降って――みんなに迷惑かけて」


「だから――ずっと、我慢してた」


ソラの声が、大きくなる。


「でも――もう、我慢したくない!」


「泣きたい時に、泣きたい!」


「笑いたい時に、笑いたい!」


「嫌われても――僕は、僕のままでいたい!」


その瞬間。


ぽろり、と。


一粒の涙が、ソラの頬を伝った。


-----


空が、変わった。


白い空が――灰色に染まっていく。


風が、吹く。

冷たい風。でも、優しい風。


ソラは、泣いた。


声を上げて、泣いた。


涙が、止まらない。

溢れ出す涙。

ずっと我慢していた、心の雨。


空が、曇る。

雲が、集まってくる。


そして――


ぽつり。


雨が、降り始めた。


最初は、小さな雨粒。

でも、すぐに――優しい雨になった。


村人たちは、雨に打たれながら――静かに立っている。


「雨だ……」

「本当に、雨が……」


誰かが、呟く。


雨は、強くなりすぎない。

ソラの涙に合わせるように、優しく降り続ける。


ハルが、ソラに近づいた。


そして――ソラを、抱きしめた。


「よく頑張ったな」


ハルの声が、温かい。


ソラは、ハルの胸で泣いた。

子供のように、声を上げて。


「ハルさん……!」


「いいんだ。泣いていいんだ」


「……っ、うぅ……!」


ソラの涙が、止まらない。


でも――それは、悲しい涙だけじゃなかった。


嬉しい涙。

安心の涙。

解放の涙。


心の中に溜め込んでいた、全ての感情が――涙になって、溢れ出していく。


-----


その時。


ソラの胸が――淡く光った。


ソラは、はっとして顔を上げる。


「え……?」


光は小さく、でも確かに――ソラの胸から溢れ出ていた。


温かい光。優しい光。


リリアが、静かに微笑む。


「願いが――叶ったんだよ」


「願い……?」


光は、輝きながら形を成していく。


羽だった。


青い羽。


透き通るような、雨雫のような羽。光を反射して、きらきらと輝いている。縁は、淡い銀色に光っていた。


羽は、ソラの手を離れ――空へと浮かんだ。


そして、雨の中を――ゆっくりと天へ昇っていく。


村人たちが、息を呑んで見上げる。


「あれは――」

「羽……?」

「綺麗だ……」


羽は、雨の中を昇っていく。

青い光を放ちながら、天へと。


ソラは、その羽を見上げる。


(これが――僕の願い?)


リリアが、そっと答える。


「“ありのままの自分でいたい”――そうでしょ?」


ソラは、頷いた。


「……うん」


「願いは、叶ったんだよ」


リリアの声が、優しく響く。


「ソラちゃんは――もう、自由なの」


羽が、雲の向こうへ昇っていく。


その瞬間――雨が、少し強くなった。


でも、豪雨ではない。

優しい恵みの雨。


畑を潤し、大地を潤し、井戸を満たす雨。


村人の一人が、ソラに近づいた。


「……ありがとう、ソラ」


その言葉に、ソラは目を見開く。


「え?」


「お前の雨――ありがとう」


別の村人も、頭を下げる。


「ごめんな。辛い思いさせて」


「俺たちが――お前を苦しめてたんだな」


次々に、村人たちが謝る。


ソラは、混乱した。


「……みんな」


ハルが、ソラの肩に手を置く。


「ソラ。お前の雨は――呪いなんかじゃない」


「……え?」


「恵みなんだよ」


ハルは、空を見上げる。


「この雨が――村を救ってくれる」


ソラは、雨に打たれながら――初めて、本当の笑顔を見せた。


泣きながら、笑う。


涙と雨が、混ざり合う。


「僕――泣いてもいいんだね」


「ああ」


ハルは、微笑む。


「何度でも、泣いていいんだ」


-----


雨は、優しく降り続ける。


リリアは、少し離れた場所で――静かに微笑んでいた。


そして――ふわり、と目を伏せる。


眠気が、襲ってくる。


(また――何かが、消えた)


心の中で、リリアは呟く。


記憶が、ひとつ失われた。

でも――それが何だったのか、もう思い出せない。


(でも、それでいいの)


リリアは、微笑む。


(また――誰かの願いが、叶ったのなら)


風が、リリアの髪を揺らす。


次の風が、もう吹いている。


-----


雨は、夕方まで降り続いた。


井戸に水が戻り、畑が潤い、川が流れ始める。


村は――生き返った。


ソラは、ハルの家の裏庭で――枯れかけていた野菜たちを見つめていた。雨に打たれて、少しだけ元気を取り戻している。


「元気になったね」


ソラは、野菜の葉に触れる。


ハルが、隣に立った。


「ああ。お前の雨のおかげだ」


「……僕の雨」


ソラは、その言葉を噛みしめる。


「恵みの雨――なんだね」


「そうだ」


ハルは、ソラの頭を撫でる。


「いい顔になったな」


「え?」


「本当の笑顔だ」


ソラは、少し照れくさそうに笑う。


本当の笑顔。

作り笑いじゃない、心からの笑顔。


それが――今のソラにはある。


-----


翌朝、雨は止んでいた。


空には、青空と白い雲。

そして――虹が、かかっていた。


ソラは、村の広場で――子供たちと遊んでいた。


笑って、走って。

時々、転んで泣いて。

でも、すぐに笑う。


ありのままの自分で。


ハルは、それを遠くから見守っている。


「いい顔だ……」


そして――ふと、空を見上げる。


虹の向こう、遥か高い天に――青い羽が昇っていくのが見えた気がした。


-----


リリアは、村の外れを歩いていた。


風が導くままに、次の場所へ。


ソラが、駆けつけてくる。


「リリア!」


「ソラちゃん」


リリアは、立ち止まって振り返る。


「もう、行っちゃうの?」


「うん。風が、呼んでるの」


「……そっか」


ソラは、少し寂しそうにする。


でも――すぐに笑顔を見せた。


「リリア、ありがとう」


「どういたしまして」


「僕――泣けるようになったよ」


「うん。見てたよ」


リリアは、優しく微笑む。


「ソラちゃん、いい顔してる」


「……本当?」


「本当」


リリアは、ソラの頭を撫でる。


「これからも――ありのままでいてね」


「うん!」


ソラは、力強く頷いた。


リリアは、また歩き始める。


風が導くままに。


「また、どこかで」


「リリア――!」


ソラは、手を振る。


リリアも、手を振り返す。


そして――ゆっくりと、遠ざかっていく。


ソラは、その背中を――ずっと見送っていた。


-----


空の遥か高く、青い羽が一枚。


雨上がりの空を、天へと昇っている。


それは、ソラの願いが叶った証。


“ありのままの自分でいたい”


その願いは――天に届いた。


そして――ソラの心に、恵みの雨を降らせたのだ。


-----


数日後。


雨柳村は、完全に潤いを取り戻していた。


畑には緑が戻り、井戸には水が満ちている。


ソラは、村の子供たちと――泉の近くで遊んでいた。


笑って、泣いて、また笑って。


時々、ソラが泣くと――小雨が降る。


でも、村人たちはもう恐れない。


「ソラが泣いてるぞ」

「優しい雨だな」

「恵みの雨だ」


そう言って、微笑む。


ソラは――ようやく、ありのままの自分でいられるようになった。


ハルは、その姿を見守りながら――空を見上げる。


「孫よ……見てるか?」


空には、青空。

そして、遥か高い天に――小さな青い羽が、昇っていくのが見えた。


-----


遠く。


リリアは、風が導くままに歩いている。


次の村へと。次の人へと。


風が、優しく吹く。


リリアは、微笑みながら――心の中で呟いた。


(また――誰かの願いが、叶った)


(それでいいの)


記憶は、また少し失われた。


でも――それでいい。


誰かの願いが叶うなら。


誰かが笑顔になるなら。


リリアは、風が導くままに――次の場所へと歩いていく。


空の遥か高く、小さな青い羽が――静かに天へと昇っていった。


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