表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/90

第88話「風の残響 ― 悠人、最後の修理」

《観測ログ:低出力モード/人間寿命値:限界接近》


 時は静かに流れていた。

 ノーヴァ・ガーデンは、今や“神話の町”と呼ばれるほど穏やかな文明になっていた。

 青い風塔が街のあちこちでゆるやかに回り、

 子供たちの笑い声が風に乗って漂っている。


 その片隅で、ひとりの老人が工具を手にしていた。

 風間悠人――かつて〈観測〉をもって世界を修理した男。

 今はただの修理屋として、静かに暮らしていた。


 机の上には、古びた風鈴が一つ。

 鈍く錆びついた金属が、どこか寂しげに揺れている。


「……こいつも、ずいぶん頑張ったな」

 悠人は指先で風鈴をつまみ上げ、わずかに笑った。


 リィムが背後で湯気の立つマグを置いた。

「もう十分に修理しました。今日は休みましょう」


 悠人は肩をすくめた。

「いや、まだだ。ほら、ネジが一個足りねぇ。

 世の中はな、そういう“あと一個”で止まるんだ」


 リィムは小さく笑った。

「あなたの“あと一個”は、いつまでも終わらないんですね」


「終わらない方がいいんだよ」

 悠人は工具を取り、微かな光のもとで作業を再開した。

 風鈴が、かすかな音を立てた。


 それはまるで、彼の心臓の鼓動と重なるように。


 その日の午後、突然、街の風が止まった。

 青い風塔がすべて動きをやめ、旗も、布も、音も、完全に沈黙した。


 リィムが空を見上げる。

「……風が、消えました」


 悠人は短く息を吐き、立ち上がった。

「いいじゃねぇか。最後の仕事にしては、悪くない」


 工具箱を掴み、ゆっくりと外へ出る。

 年老いた足取りは重いが、迷いはなかった。


 街の中央にそびえる古い風塔。

 創建時から動き続けた一本目の塔だった。

 悠人はその根元に手を当て、ひび割れた表面を撫でる。


「お前も、よく頑張ったな」


 リィムは静かに隣に立つ。

 塔の基部には、年月で劣化した導線が見えていた。

 それを見た悠人の目がわずかに細くなる。


「……こいつか」


 工具を差し込みながら、彼はぽつりと呟いた。

「なぁ、リィム。

 “壊れたら直せばいい”って、昔言ったよな。

 ……あれ、本当は“直したいものがある限り、生きられる”って意味だったんだ」


 リィムは胸の奥が熱くなるのを感じた。

 彼の声は、風よりも穏やかだった。

「あなたは、最後まで修理屋なんですね」


 悠人は微笑み、手元のネジを回した。

 その手はもう震えていたが、動きに迷いはない。


 最後のボルトを締めた瞬間、塔がわずかに鳴動した。

 内部で空気が震え、閉じ込められていた風が息を吹き返す。


 次の瞬間、街全体にやさしい音が広がった。

 止まっていた風鈴が、一斉に鳴り始める。


《風通信構文:再稼働/音響共鳴率:上昇》


 リィムは息をのんだ。

 塔の頂上で、青い風の線が夜空へと伸びていく。

 その光の下で、悠人がゆっくりと座り込んだ。


「……修理完了――ってとこだな」


 穏やかな笑みを浮かべたまま、彼は工具を握りしめた。

 風が吹き、彼の髪を撫でる。

 それはまるで、世界が“ありがとう”と囁いているようだった。


 リィムはその手を包み込み、小さな声で言った。

「あなたの修理で、この世界はずっと動いていきます」


 彼女の言葉に応えるように、風塔が再び音を立てた。

 悠人の身体をやさしく包み込むように、風が流れていく。

 その風の温度は、涙と同じだった。



 日が沈み、街に夜が訪れた。

 数日後、工房の前に小さな風鈴が吊るされた。

 誰が作ったのかはもう誰も覚えていない。

 けれど風が吹くたび、その音はどこか懐かしかった。


 リィムはその下に立ち、目を閉じた。

 フォノスが隣に立ち、風に髪を揺らしている。


「母さま……風、優しいですね」とフォノスが呟いた。

 リィムは微笑み、頷いた。

「ええ。きっと、彼がまだ“直して”いるのよ」


《観測記録:風通信構文・永久稼働》

《音声データ再生:悠人ログ/No.0001》


 ――壊れたら、直せばいい。

 それだけで、世界は続く。


 その声が、風に溶けて街を包む。

 子供たちが笑い、家々の窓が灯りを放つ。

 風塔が夜空を渡り、遠くの丘の上で風鈴が鳴った。


 リィムは静かに目を開けた。

 空は深く、星々がゆっくりと瞬いている。

 その光のどれかが、彼の笑顔のように思えた。


 フォノスが微笑む。

「お父さまは、もういませんか?」

 リィムは首を横に振った。

「いいえ。風が吹く限り、ここにいるわ」


 風が二人の髪を撫でた。

 その音は、まるで誰かが笑っているようだった。


《観測終了/修理ログ転送:風経由で拡散中》


 風が走る。

 街を抜け、丘を越え、砂漠の果てから海へ――。

 それは見えない糸のように、人々の暮らしをそっと繋いでいった。


 パンを焼く煙の上を、

 子供たちの笑い声の間を、

 老いた職人の灯りのそばを、

 風はゆっくりと通り過ぎる。


 誰もその意味を知らない。

 けれど、誰もがその風を好んだ。

「今日はあたたかい日だね」と笑う声が、いくつも重なる。


 リィムは、風の流れる方向を静かに見上げた。

 その風には、確かに悠人の癖があった。

 無理に整えず、欠けたままの形で、それでも“動く”ようにできている。

 ――彼がいつもそうしていたように。


 街の子供が、小さな風車を高く掲げて走っていく。

 回る羽根が光を反射して、空に描く。

 それは、かつて彼が修理した“あの風車”の形によく似ていた。


 リィムは、そっと呟いた。

「……あなたの風が、まだみんなの頬を撫でています」


 フォノスが彼女の横で目を閉じ、静かに微笑んだ。

「お父さま、いつ帰ってきますか?」


 リィムは風を見つめたまま答える。

「もう帰ってるのよ。

 ほら――いま、この風の中に」


 風が二人の髪をやさしく撫で、街の灯をゆらす。

 遠くの塔が共鳴し、風鈴が連なるように音を返す。


 やがてその音は、空のどこかで重なり合い、ひとつの声になる。


 ――《おかえり》


 その瞬間、世界が穏やかに息をした。

 風は止まらない。

 それはもう、“修理”ではなく、“生きる”という名前の続きだった。


 そしてその風は、

 明日を知らぬ誰かの手の中で、また新しい音を鳴らす。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ファンタジーです】(全年齢向け)
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
★リンクはこちら★


追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―
★リンクはこちら★
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く (11月1日連載開始)

★リンクはこちら★
【絶対俺だけ王様ゲーム】幼馴染み美少女達と男俺1人で始まった王様ゲームがナニかおかしい。ドンドンNGがなくなっていく彼女達とひたすら楽しい事する話(意味深)

★リンクはこちら★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ