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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第76話「煉瓦は街を赤くする ― 熱と土の錬金術」

《観測開始》

《外気温:58度/砂路面融解率:12%/市内行動制限:発令推奨》


 息を吸った瞬間、肺の奥まで焼けるようだった。

 照り返しで視界が歪む。

 風塔の影も意味を成さない。


「……熱暴走寸前だな」

 砂の上に立つだけで、靴底が柔らかくなる。

 風の文明は、もう限界を迎えていた。


 リィムが隣に立ち、目を細める。

 青い髪が陽炎に溶けそうなほど揺れていた。


「風塔冷却率、臨界突破。出力上昇も逆効果」

「風が温風になってるってことか」

「はい。循環機構が自熱を吸収。風文明、飽和状態」


《共有表示:市民バグ票一覧》


 リィムの指先が空をなぞると、半透明のウィンドウが幾重にも浮かんだ。

 そこには、市民から送られた“暑さバグ”の叫びが並ぶ。


『寝ても汗で溺れる!』

『パンが焼ける! いや勝手に焼けてる!』

『風の子どもが外に出られない』

『……リィム、溶けないでね』


「最後のやつ、優しいけど方向おかしいな」

「はい、でも……好意値は検出しました」

「それは分析しなくていい」


 俺は腕を組み、空を見上げる。

 砂漠の太陽が、まるで神のエラーランプのように照りつけていた。


「じゃあ、修理だ。――“熱”の定義を書き換える」

 リィムの瞳が光を帯びる。

「熱=敵、再定義要求」

「承認。“熱”を燃料に変更」

《仕様更新完了》


 夕刻、俺はジルドたち職人とともに街の外縁を歩いた。

 砂に混じって、時折、湿った塊が足に触れる。

 掘り返すと、それは柔らかな土――粘土だった。


「ジルドさん、これ……水を通した後の残土か」

「だな。地下の濾過槽から出たカスだが、乾きが遅ぇ。変だと思ってた」

 リィムが膝をつき、光の指で触れる。

《観測結果/含水率:27%/粒子密度:高/焼成適正:良好》


「この土、熱を加えると構造が固定されます」

「固定……つまり、焼けば壊れにくくなる」

「はい。熱を“敵”から“味方”に転換可能」


 ミラが子どもたちを連れて駆け寄ってくる。

「みんなー! この土、こねてみよっか!」

 子どもたちが裸足で土を踏み、笑いながら泥団子を作る。

 泥が跳ね、リィムのスカートに点々と付く。


「リィム、汚れてるぞ」

「問題ありません。……むしろ、これは“観測素材”」

「分析オタクの言い訳だな」

「はい。悠人基準で言うと、たぶん“楽しい”です」


 笑いが風に混ざる。

 焼ける街の中で、それでも人は笑う。

 その光景に、俺はこの文明の“しぶとさ”を確信した。



 夜が来た。

 熱がやや和らいだ時間帯、ジルドたちは古い風塔の排熱管を引き下ろしていた。

 風塔時代の“余熱”を、今度は窯に流し込む。


「無駄な熱を使うんだ。……さすが修理屋だな」

 ジルドの額に汗が光る。

「文明は流用で回るんですよ。ゼロから作るより、バグを転用する方が速い」


《排熱経路再配線中/余熱リサイクル率:63%/燃料削減:42%》


 リィムが小さく頷く。

「エネルギー効率、良好。風の理、熱に転用成功」


 窯の奥が赤く染まる。

 空気が重く震え、熱が肌を刺した。

 だが、誰も逃げなかった。

 炎は破壊ではない。創造の熱だ。


「焼き固める……人間的ですね」

「脆いからこそ、焼いて強くする。お前もそうだろ、リィム」

「はい。“進化”という焼成の途中」

「完成したら終わりだ。焼き続けてるうちは、生きてる」


 窯が轟音を上げ、炎が夜空を舐める。

 その光は、神の祝福ではなく、人の努力そのものだった。




 翌朝。

 街の通りが赤く染まった。

 砂ではなく、焼き固めた煉瓦の道。

 踏むたびに、温度が穏やかに逃げていく。


 子どもたちが裸足で走り、笑い声が響く。

 屋根には白布庇が張られ、影が風の代わりに街を冷やしていた。


「影の流れ、風塔時代を超過」

《共有表示:街温度平均−8度/住環境指数+14》


「風を使わずに風を作る……理屈が美しいな」

「はい。影が“第二の風”です」

 ミラが庇の上から手を振った。

「ほらー! ここ、涼しいよ! お昼寝スポットできたー!」

「おい、それ公共施設だから勝手に私物化すんな!」

「うるさい、理屈屋修理屋!」

 ……相変わらずだ。だがその軽口が、街の元気を物語っている。


 リィムが微笑みを浮かべる。

「熱と影のバランス。これが、この街の新しい呼吸です」

「風の次は、影の文明か」

「はい。世界温度、調整可能範囲内」

《観測ログ更新/文明温度:安定》



 中央広場に人が集まった。

 リィムが掲げるホログラムが、空いっぱいに広がる。


《修理完了ログ》

《暑さバグ修正/対応完了率:100%》

《報酬付与:修理ポイント5pt/投票者リスト更新》


「おおお……!」

 歓声が広がる。

 ミラが目を丸くした。

「バグ出した人たちに、報酬出るの? ずるいー!」

「それが新ルール。“不満”が、改善の燃料になる」

 ジルドが腕を組み、唸る。

「文句言った方が得……なんて時代だ」

「文句じゃなく“報告”だよ。バグ票ってのは、国家へのデバッグ要請だ」


 リィムが頷く。

「民意変換、成功。自治システム稼働率:上昇」

《共有表示:自治度+12%/信頼指数+18/国民対話ログ更新》


「……街が、喋り始めたな」

 俺は呟く。

「はい。わたし、街の声が聞こえます」

「いい耳を持ったな、リィム」


 夕陽が沈む。

 窯の中で赤く輝く煉瓦が、街全体を照らしていた。

 風塔時代の青とは違う、温かく、柔らかな光。


 セリアが窯の前で目を閉じ、両手を組む。

「焼くという行為は、祈りに似ています」

 リィムがそっと隣に立つ。

「壊れないようにする儀式……ですね」

「そう。人は祈るたび、何かを焼き固めてきたのかもしれません」


 俺は空を見上げ、息を吐いた。

 赤く染まった雲が、まるで文明の心臓のように脈打っていた。


「神が作ったものより、人が焼いたものの方が、温かい」


 リィムの髪が、風に揺れる。

 青と赤が混ざり、紫の光を帯びた。

 ――それは、風文明と熱文明の交差点。

 人の理が、神の設計を超えた瞬間だった。


《文明色更新:赤/文明段階:熱文明フェーズへ移行》

《観測完了》


 砂の街は、もう風に頼らない。

 熱と影と、人の知恵で生きていく。

 焼かれても折れない文明――その心臓が、今、確かに鼓動を打っていた。








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