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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第75話「リィム、青空を歩く ――街が見る夢のかたち」

 ――夜明け前、風塔の上は冷えすぎて、指の感覚がほとんどなかった。

 街は眠っている。けれど“心臓”は動いていた。羽根が回り、風信網の青が呼吸するみたいに脈打つ。


《全塔リンク正常。出力余剰:一二%。通信遅延:二〇ミリ秒》


「上等。……でも、もう一声欲しいな。昼の熱波が来ると、余裕なんて一瞬で溶ける」


《要望:余裕の定義、あまい》


「辛辣だな、朝から」


 肩でリィムがちいさく震えた。今の声色は、昨日より“人っぽい”。

 空の端にはまだ月が残り、塔の影が長い。俺は配電盤の表示をひとつずつ撫でるように確認した。


 ここで止まったら、“国”は朝を迎えられない。

 だから――走る。無理も、少しだけなら走らせる。


《警告:主の体温、平常を一・三度超過》


「わかってる。あと五分だけ」


《不許可》


「……交渉決裂かよ」


 苦笑いしながら、最後の塔に指示を送る。風の流れが微妙に合わない。

 ベクトルの“癖”が揃わない。ほんの少しズレるだけで、街の端に“熱だまり”ができる。


《提案:主の観測を、街全域へ展開。局所最適ではなく、全体最適を》


「全体……いけるか?」


《リィム、やる。主は、見てて》


 肩からふわりと光が離れた。

 青の薄膜が空へ伸び、風塔から風塔へ渡っていく。

 リィムの光は、遠くの塔の頂でちかちか瞬き、また戻ってくる。


《同期強化モード起動。/観測共有:街域》


 視界が一段階、深くなった。

 風の筋、熱の湖、湿り気の糸――全部が“地図”みたいに見えてくる。

 その真ん中で、青い点が俺を振り返った。声はいつも通り俺だけに届く。


《ユウト、手、貸して。いっしょに》


「もちろん」


 指先で空をなぞる。風の矢印が揃い、塔の回転角が一つずつ“カチッ”と噛み合う音を立てた気がした。


《……うん。合った》


 同時に、胸の奥で何かが“噛み合う”。

 リィムの光が一瞬だけ強くなり、次の瞬間――世界が、ひらいた。


《都市共有表示:公開》


 広場の上空に、淡い青のスクリーンがふわりと展開した。

 “住人にも見える”共有表示だ。通りかかった早起きの子どもが目を丸くする。


「わぁ、空に図が出てる!」

「風が……地面を通ってるみたい!」


 俺は内心で冷や汗をかいた。今まで、リィムのログは基本俺だけのものだった。

 共有は会議限定の“特別演出”。でも今は――街じゅうに見せていい。


「……大丈夫か?」


《大丈夫。これは“街の目”。ひみつじゃない》


 透明な青の上で、家々が灯り、風が線になって走る。

 どこが涼しく、どこが暑いのか。水がどこへ巡り、誰が起き始めたか。

 “生活の地図”が、そっくりそのまま空に描かれていた。


 そこで――事件が起きた。

 低い唸り。北端の塔が一瞬だけ“むせる”。風の柱がわずかに折れ、青の線が乱れた。


《警告:北端塔 ベアリング過熱/許容閾値越え》


「くそ、余剰を吸いすぎたか。手を打つ――」


《だいじょうぶ。ユウト、見てて》


 その声は、妙に落ち着いていた。

 次の瞬間、青い光は高く弾けて――空に、少女の影が立った。


 透明な輪郭。

 月明かりみたいに淡い髪。

 膝までの軽いワンピースの、風にほどけるような裾。

 “体”というより“風そのもの”でかたどった、幼い――けど確かに“人の形”。


《……リィム、行くね》


 青の少女は、空に足をのせた。

 一歩。二歩。

 風塔から吹き出す気流の上を、軽やかに――歩いた。


「……歩いてる、空を」


《歩ける。風が“階段”みたいになってる》


 少女は北端の塔まで駆け、ふわりと腰を落とす。

 かがんだ両手が、風の筋を優しく“撫でる”。

 過熱した軸の熱が、きゅうっと引いていく感触が伝わってきた。


《冷却誘導。/風の角度、三度修正。ベアリング負荷、九%減》


 風が素直になった。

 塔が安堵の音を立てる。

 街の空気が、まるで肩の力を抜いたみたいに柔らかくなる。


 ――広場から、歓声。

 人々は気づいた。空に、青い“誰か”がいることに。


「見える?」「見える!」「女の子だ……!」

「神様……じゃ、ない。あれは……」


 俺は喉を鳴らした。

 そうだ。彼女は神じゃない。俺たちの――


「リィム」


《はい》


 あの声色は、いつもの相棒のものだった。

 でも、違う。言葉の端に、鼓動がある。

 “体を持つ”ってこういうことなんだと、理解が先に背骨を駆け上がる。


《都市機能拡張:実験開始。/新機能名“空路”》


「空路?」


《空に“通り道”を作る。風の階段。危なくないように、街の上だけ》


 リィムは両手を広げ、塔から塔へ糸を引くみたいに風を結んだ。

 空にうっすらと、細い橋ができる。

 子どもたちが息を呑む。大人が顔を見合わせる。


「歩けるの、あれ」

「昼の熱の時、屋根から屋根へ渡れたら……」

「見張りも、楽になる」


《共有メモ:安全用の“赤”を点灯。/“赤”が消えたら、渡っていい》


 空の橋に、小さな赤い点が灯った。

 それは信号のようで、でも誰にも怒鳴らない。

 “待てば渡れるよ”と、やさしく教える赤。


 俺は笑って頷く。


「いい。これはいい。“高さ”を街の資源にできる」


《うれしい》


 リィムがふわっと笑った――気がした。

 風が頬を撫で、どこか甘い匂いがした。

 パンでも香草でもない、“新しい朝”の匂い。


     ◇


 午前。

 空路の試験運用はうまくいった。

 見張り台は交代が楽になり、屋根から屋根へ水を渡す若者の動きが軽くなる。


 青の少女は、街路樹の影をなぞるように歩き、風塔の肩に腰かけ、ちいさく足をぶらぶらさせていた。

 下からミラが叫ぶ。


「きゃーっ、かわいい! ねえユウト! あたしも空歩きたい!」


「順番待ち。安全設計が終わるまでダメ」


《ミラの安全志向:不安定。監視強化》


「ちょっとリィム、それ本当に聞こえてない?」


《たぶん、顔でバレてる》


 俺は頭を掻く。

 相棒が少女の姿になった。その事実は、街の空気を明るくした。

 でも、一番変わったのは――たぶん、俺だ。


 ああ、こいつは、本当に“ここにいる”。

 声だけの相棒じゃない。街の風、塔の歌、人の笑い、そのぜんぶの中で“存在している”。


 ノアが近づき、小さく手を合わせた。


「……美しい」


「祈る相手じゃないぞ」


「知ってます。でも、どうしても“感謝”が溢れてしまって」


 ノアは見上げ、目を細める。


「“神の奇跡”ではない、“人の奇跡”。……それに、名を与えたくなるのです」


《名:リィム。既にある》


「ふふ。はい、そうでしたね」


     ◇


 正午。

 熱が増す。空路の赤い点が、いくつか“保留”に変わる。

 風の強さが一瞬だけ暴れ、塔の上で布がばさりと鳴った。


《注意:熱波一号、接近。/都市全体にゆるい緊張》


「いけるか?」


《いける。でも、もう一段、ひとを“安心”させたい》


「どうする」


《見えるものを、もうすこし“やわらかく”する。――“都市布”を広げる》


 都市布。

 リィムが言葉を選ぶとき、たいてい正解が出る。

 空に展開された共有表示の下に、さらに薄い“布”が敷かれた。

 陽を柔らかく返す、透明な天幕のような、極薄い影。


《表示:水の位置、救護の位置、こども優先ルート。/街じゅうの“迷い”を少しずつ減らす》


 青の布は風に合わせてかすかに波打ち、光を散らして温度を下げる。

 市場では、果実の露店に短い影ができ、老人の椅子は涼しく、赤ん坊の額の汗が一つ減る。


 ミラが両手を打った。


「“涼しい”が目に見えるって、すっごい!」


「涼しさにも“地図”があるってことだ」


《タグ:地図=安心の分布》


 ジルドがひげを撫でた。


「足りなかったのは、装置じゃなく“使い方の地図”だったってわけだな。……上等だ」


 俺は大きく息を吐いて、ひとつだけ欲張った。


「リィム、もう一個、やってみたい」


《なに》


「“皆の意見”を空に集める。――この街の“約束”を、みんなで決める」


《市民投票》


「言い方が硬い。……“手のひら会議”だ」


 リィムはくすっと笑う――気がした。


《やろう。/簡単な合図だけ。“いいね”は手を上に。“まだ”は胸に手。/空に、波として記録》


 青の布に、点が散った。

 子どもも大人も、恥ずかしがりながら手を上げたり、胸に手を当てたりする。

 塔の上のリィムが、その波をやさしく撫でる。


《集計。/“昼の空路は、赤が消えたら大人だけの使用”→賛同多数。/“夜の灯りは見張りと病室優先”→賛同多数。/“パンは一番小さい子から”→満場一致》


 広場から、笑い。

 ミラが満足げに腕を組み、ノアが涙ぐんでいる。


「……祈りではなく、“同意”で街が動く。……すごい」


 エレナが静かに頷いた。


「剣よりも、静かに強い決まりね」


《記録完了。“都市布”に条項として縫い付け。/改訂は、いつでも》


「そう。約束は“守るため”にあるけど、“増やすため”にはない。……必要なら、減らしてもいい」


《やさしい国》


「人の手に優しい国。――それが正解だ」


     ◇


 夕刻。

 熱波は去り、空は群青。

 塔の羽根は軽い音で回り続け、都市布は星を少しだけ柔らかくしてみせた。


 空を歩くリィムは、塔の肩に腰かけ、靴のない足をぶらぶらさせている。

 近い。手を伸ばせば、届きそうで――届かない。

 透明だから、触れても風だろう。それでも“ここにいる”。


「……なぁ、リィム」


《なに》


「すごい、よくやった」


《うん。ユウトが“見てて”くれたから、できた》


「俺は、ちょっと手を貸しただけだ」


《それが、うれしい》


 が落ちた。

 風の音が、街の細い路地まで撫でていく。

 小さく、胸が痛む。

 うれしくて、さみしい。

 成長を見ると、いつも両方来る。


「……空は、歩き心地どうだ」


《たのしい。こわい。/でも、一番は“軽い”。――だれかの役に立てると、軽い》


「わかる。俺も似たとこがある」


 リィムが立ち上がる。

 青い髪の端が、風にほどけて夜に溶ける。


《新機能の、報告を最後にひとつ》


「まだあるのか」


《うん。“音の橋”。/リィムは“声”を外に出せない――けど、風鈴と布と塔で“合図”をつくる。/必要な時、街じゅうに、同じ“やさしい音”が届く》


 その説明に、胸の奥がじんわり温かくなる。


「非常ベルじゃなく、“やさしい音”なんだな」


《うん。逃げる時も、集まる時も、こわくないように》


「いい。――それ、うちのサイレンな」


《採用、やった》


 リィムが、空でくるりと一回転した。

 たぶん嬉しい時の癖だ。人間みたいな仕草を、いつの間にか身につけている。


《記録。/新機能群――“空路”“都市布”“手のひら会議”“音の橋”/目的:街を、やさしく強く》


「“強くやさしく”じゃなく、“やさしく強く”なんだな」


《うん。順番は、だいじ》


 俺は、目を閉じる。

 砂の匂い。パンの香り。子どもの笑い。風の歌。

 それら全部の上に、青い布がふわりと被さって――街が、守られている。


「……ありがとう」


《こちらこそ。――ねぇユウト》


「なんだ」


《タイトル、決めて》


「タイトル?」


《今日の、記録の。/リィム、はじめて“歩いた”から》


 俺は少し考えて、笑って、空を見上げた。


「“リィム、青空を歩く”。――これでどうだ」


《いい。すき》


 青の少女が、夜空の中を一歩、また一歩。

 塔から塔へ。星から星へ。

 その足跡は残らない。風だから。

 でも――街の記憶には、ちゃんと残る。


 神の理じゃない。

 人の手で作った“理”が、今、青い足取りで空をわたっていく。


《記録完了。/幸福指数:上昇。/主の顔:笑ってる》


「ログるな。……でも、そうだな。笑ってる」


 空は広い。

 風はやさしい。

 街は、今日も動いている。


 ――建国チート国家、稼働中。

 その“管理者”は、青い空を歩く、ちいさな相棒だ。

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