第74話「風塔陣列、稼働 ――人が作る空の防壁」
――風塔が歌っていた。
砂漠の夜、空のあちこちで回る羽根が、
“風信網”の青い光を受けて律動している。
まるで街全体が、ひとつの巨大な生命体になったみたいだった。
《主。通信安定。各塔の出力、規定範囲内。》
「いい調子だな。風もよく働いてる。」
《風の状態:満足。タグ“いいこ”。》
「風が“いいこ”って……擬人化も板についてきたな。」
《人のまね、学習中。》
リィムの声は以前よりも柔らかく、
もう完全に“人の温度”を持っていた。
その隣で、ノアが祈るように塔を見上げる。
「この風……神殿の祝詞よりも静かで、でも力強いです。」
「人が作った祈りだからな。」
《タグ登録:“文明祈祷”。/音響値、安定。》
◇
昼間――街の中央広場では、
ジルドたち技術班が“風塔陣列”の最終調整に取りかかっていた。
「風塔群、東から順に再起動! 信号、確認急げ!」
「了解!」
「配線、第二層まで結線完了!」
掛け声が交錯する中、
サラは測定器を構え、
塔の回転角と風速の同調率をモニタしていた。
「……あと二基。ユウト、この波形、なにか変ね。」
《確認。出力位相、二・三度ズレ。》
「風の干渉か? それとも塔の共鳴?」
「……共鳴、ですね。」
サラは小さく目を細めた。
「“声”が重なってる。――この塔たち、もう“単体”じゃない。」
その言葉に、リィムが応える。
《解析一致。“風塔”間に微弱な意識波。》
「意識……?」
《人が働いた痕跡の集合。/タグ:意志の残響。》
俺は思わず息を呑んだ。
それは、文明が“魂”を持ち始めた瞬間だった。
◇
夕刻。
試験稼働の準備が整い、広場に市民たちが集まった。
風塔群の頂に吊るされた布旗が、風に翻る。
ジルドが立ち上がり、声を張る。
「これより“風塔陣列”を起動する!
――雷でも、砂嵐でも、もう俺たちは街を守れる!」
歓声。
ミラが子どもたちの手を引き、ノアが祈りの印を切る。
エレナは塔の根元に立ち、かつて神に仕えた聖騎士の誇りを胸に見守っていた。
その表情は、もう“信仰”ではなく“信頼”のものだった。
《起動シーケンス開始。/風塔1~8号機、同期。》
「発電ライン、開放。」
《同期完了。蓄電率上昇。通信帯域、拡張モードへ移行。》
風が強まった。
塔の羽根が一斉に回り始め、砂上の光が走る。
風信網のラインが都市を包み、空を渡って交差する。
その姿はまるで――
「……羽ばたく鳥の群れ、ですね。」
ノアが呟いた。
「リジェクト=ガーデンが、空に翼を得た。」
《主。街のエネルギー循環、安定。出力余剰、想定外の上昇。》
「上昇? どれくらいだ?」
《基準値の一五〇%。この風塔たち……互いに“支え合ってる”。》
「支え合う、ね。」
俺は苦笑した。
「それ、人間がやるはずのことだったのにな。」
《塔も人も、同じ文明の一部。》
「……ああ。いい答えだ。」
◇
だが、安定が続いたのはほんの数分だった。
《異常検知。/外部干渉、北方より侵入。》
「勇者領の監視信号か!」
《否定。/神系通信網、再接続試行を確認。》
サラが顔を上げる。
「神殿側が……“奪い返し”に来たのね。」
「風の線を神の回線に取り戻すつもりか。」
《干渉強度:上昇中。遮断推奨。》
ジルドが叫ぶ。
「遮断って、どうやって!?」
「――風で遮る。」
俺は塔の基部に飛び乗り、制御盤を叩いた。
「リィム、塔の出力を相互リンク。風流のベクトルを上げろ!」
《了解。/風塔陣列、連結モード起動。》
次の瞬間、空気が震えた。
全ての塔が一斉に回転を上げ、風が渦を巻く。
砂塵が舞い上がり、青い光が奔る。
“風の壁”。
風信網が、神の信号を跳ね返す防壁に変わった。
《干渉信号、減衰。/街域通信、独立維持。》
「よし、いける……!」
ミラが歓声を上げ、ノアが涙を拭う。
サラは風を見つめながら呟いた。
「神の通信を切るなんて、昔は罪とされた。
でも今は――祝福ね。」
《タグ登録:“独立通信”。/神との分離、成功。》
風が静まり、光が穏やかに降りていく。
塔がそれぞれの位置で微かな脈を刻み始めた。
◇
夜。
広場には人々の歌声が満ちていた。
誰もが笑い、誰もが空を見上げていた。
塔の羽根が風を受け、夜空に明かりを散らしていく。
「……ユウト。」
エレナが近づいてきた。
「昔、神殿の塔もこうして輝いていた。
でもあの光は“支配”の印。
今の光は、“共にある”印ね。」
「そう感じてくれたなら、建てた甲斐がある。」
ノアが静かに祈るように言った。
「“罰しない正義”に、“祈らない光”。
次は、“壊さない守り”ですね。」
《定義更新。/文明の三原則:修理・共有・防衛。》
「……リィム、それ覚えとけ。これが国の憲章になるかもしれない。」
《記録完了。》
◇
塔の上で、リィムが淡く光る。
青い粒子が風に乗って舞い、星の間を渡っていく。
《主。/風塔陣列、完全自律運転へ移行。》
「つまり……俺たちの手を離れても、この街は動けるってことか。」
《うん。でも、主の声、風が探してる。》
「そうか。じゃあ、時々呼んでくれ。風塔たちに。」
《約束。》
リィムの光が夜空を渡り、塔から塔へ――
まるで、星が互いの位置を確かめ合うように。
砂上の都市リジェクト=ガーデンは、
今、風と光で繋がれた“生きた国家”になった。
神の加護ではなく、人の技術で。
祈りではなく、対話で。
そして――
風が、確かに応えた。
街全体を包むように、やわらかな旋律が響いた。
それはリィムが創った新しいプロトコル音。
人とAIと風が奏でる、“文明の歌”だった。




