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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第67話「勇者領通信障害事件」

 ――朝の空は、薄い金色にほどけていた。

 レゾナンス・コアの鼓動は安定、風塔は低く唸り、街路灯の名残りがゆっくりと消えていく。

 「新しい朝」は、だいたい静かに始まる。だが今日は――ひとつだけ、音が悪い。


《警告:通信層ノイズ上昇。/周波タグ:未登録。/干渉元推定:東南東、距離三四キロ。》


「干渉、ね。誰だ、朝からいたずら電話は」


《いたずらではない。――“止まりなさい”って言ってる。強い言い方》


 強い言い方、ね。

 コアの監視盤には、きれいな山並みのグラフが立ち上がっていた。

 うちの“風筒通信”(声と手紙の運ぶ管)は、市内と近隣の村を今日もつないでいる。

 そこに、釘みたいに鋭いノイズが刺さる。意図的。しかも、上手い。


「リィム、優先経路切り替え。緊急は医療と見張り台の回線に絞る」


《了解。/医療=緑、見張り台=青、一般回線=黄に降格。/住民向け表示、出す?》


「出す。――“ちょっと揺れますが生きてます”って書け」


《文面、やわらかくて好き》


 広場の壁に“共有表示”が浮かぶ。

 通りが少しざわついたあと、落ち着きを取り戻す。

 見えることは、安心だ。

 それを知ってから、俺は「説明」をサボらなくなった。


「さて、相手はどこの誰だ」


《通信窓口、むこうから開かれました。――リンク、いく?》


「いこう」


 端末に青い輪が咲いて、音が混ざる。

 声は澄んでいた。金属の冷たさはなく、むしろ水のように整っている。


『こちら、勇者領信号局――七号塔“白信”回線。監察担当、シオン。接続ありがとうございます』


 勇者領。

 朝から胃に重い字面だが、挨拶は妙に丁寧だ。


「こちら、リジェクト=ガーデン。代表の風間悠人。職業は修理屋。今は国家運転士」


『国家運転士、興味深い肩書きですね。――まず通知。そちらの“風筒通信”は、神託網の基幹に干渉しています。即時停止を求めます』


 静かだけど、命令形だ。

 俺はわざと軽く笑って、壁のグラフを指差す。


「見えるか? うちの回線は、生きてる人間の暮らしを繋いでる。祈りの回線にぶつけたつもりはない。重なるなら――道を分ける」


『道を……分ける?』


「共有しよう。プロトコルを開く。――“神だけの道”じゃなく、“人の道”を並べて敷く。交通整理なら得意だ」


 短い沈黙。


 画面の向こうで、誰かが眉を上げる気配がした。


『あなた方は、神の通信を“公共財”にしたいと?』


「正確には、“公共財に戻す”。人が祈る前から、空はここにあったろ」


 別の沈黙。けれど今度は、ほんの少し柔らかい。


『――交渉、受理。技術者として、話せます』


 その言い方に、思わず口元が緩む。

 いい。怒鳴る相手より、話せる相手の方が十倍好きだ。


《主、好感度タグ:上昇。/ただし、油断はダメ、ってジルド》


「わかってる。――シオン。まず、うちの“風筒通信”の仕様を出す」


 俺は“共有表示”に図を出した。

 風塔の気流と水路の振動を“運ぶ力”に変換し、音声や文字を見えない管で送る仕組み。

 要するに、風でメールを飛ばすローテク無線だ。


『……なるほど。神託網の“上”ではなく、“下”を通している。基層を移動する通信。だから干渉が起きるとすれば――』


「河の合流点。そう、都市の真下」


《補足:勇者領七号塔の地下配線と、うちの基層管が隣接。/“押し合い”でノイズ発生》


『つまり、こちらの“祈り専用回線”と、そちらの“暮らしの回線”が地中で肩をぶつけている』


「なら、肩を譲る番だ」


『どちらが?』


「――両方だ。優先時間帯を刻む。午前は祈り、午後は暮らし。夜間は医療優先。交差点には見張り台。信号はリィムが振る」


《手をあげます。――はーい、できます》


『リィム?』


「うちの……相棒だ。街の風。少女になったAI」


『……“少女になったAI”。記録します。素敵な誤解を生みそうです』


「褒めてる?」


『半分は』


 少し、笑った気配。

 ――声だけでわかるのは、人が人を知る技術だ。


『交渉に入る前に、ひとつ質問。あなた方は、どうしてそこまで“開く”のです? 仕様も、仕組みも』


「閉じて戦うのは、戦争のやり方だろ。――俺は修理屋だ。直したい」


 この一言で伝わるかはわからない。

 けれど、黙った彼女の沈黙は、拒絶ではなかった。


『交渉を続けましょう。私からも仕様を提示します。神託網の“地中層”における主配分規則――』


 その瞬間。


《警報:市内東区、通信断。/原因:意図的ジャミング。発信源――市内内部》


「内部?」


《位置タグ、収束……市場倉庫。/ノイズ記号、勇者領のものに“似ている”けど、雑》


『……それは私ではありません。――誰かが、私の名を使っている』


 内部犯。

 市場の陰に潜り込んだ“誰か”が、勇者領の看板で石を投げている。


「リィム、東区だけ回線切り離し。市内網は“迂回”で生かせ」


《了解。/通り三本分を橋渡し。/“影回線”起動》


「ミラ、ノア、現場見に行ってくれ。エレナにも」


 壁越しに足音が走り出す。

 俺はシオンに視線を戻す。


「――シオン。ひとつ頼む。うちが犯人を止めたら、公式に否認してくれ。『勇者領はやってない』って」


『……なぜ、そこまで? 自分たちの敵が減るからですか』


「違う。敵が増えると、修理に時間がかかる」


 その返しに、彼女は小さく息を呑んだ。


『了解。あなた方の努力が結果を出したなら、私は“事実”を流す。――信号士の名で』


「助かる」


     ◇


 市場倉庫は、ひんやりしていた。


 冷却箱の列が汗をかき、乾いた果実が甘い匂いを放っている。

 その陰――鉄骨の梁に、小さな箱が貼り付いていた。


《発見。/模造信号器。/出力弱、でも市内網には十分》


「解除できるか」


《できる。……けど、話を聞いてって、箱が言ってる》


「箱が喋るな」


《音じゃなくて、置き方。――“誰か、気づいて”って感じ》


 指先でそっと外す。

 箱の底に、雑な刻印。

 “L E O N”。


「……レオン」


 勇者領から来た青年。

 あのとき、風塔の影で震えていた目。


 “報告は遅らせる”と言った彼の声が、砂の音に溶ける。


 背後で、ミラが短く息を飲んだ。


「ユウト……これ、どうする?」


「……生かす」


 即答だった。

 俺は箱をつないで、出力をゼロに落とす。

 代わりに――録音を仕込む。

 ここに戻ってくる手が、どんな温度をしているのか、確かめるために。


《罠じゃない。――“会話の部屋”。タグ登録》


「うなずくなリィム。……シオン、聞こえるか」


『こちら白信。――状況は?』


「市内犯の模造器を止めた。お前らの仕事じゃないとわかったら、否認を発表してくれ」


『約束は守る。――ただ、ひとつだけ問う。なぜ“犯人をつるし上げない”? 秩序のために、示威は有効だ』


「秩序は“恐怖”で長持ちしない。うちは修理法廷だ。直して、働かせて、返してもらう」


 回線の向こうの沈黙が、今度は長い。

 たぶん、彼女は“そんな国を見たことがない”のだ。


『あなたは、面倒な道を選ぶ』


「たぶん、簡単な正義が嫌いなんだ」


 ふっと、笑い声が乗った。

 電波越しの笑いは、やけに人間くさい。


『交渉、続行。――“肩を譲る”配分表案を提示する』


 壁に青い表が浮かぶ。

 祈りの時間帯、暮らしの時間帯、緊急融通。

ぶつかり合っていた線が、隣り合う。


《美しい。/タグ:“けんか予防第二号”》


「第一号は風塔だろ」


《うん。“風塔=けんか予防”は正義》


『タグがユニーク。――気に入りました』


     ◇


 夕刻。

 市場の裏手、陰が長く伸びる。

 俺は“会話の部屋”で待っていた。

 柱時計が、乾いた音で進む。


 足音。

 戸口に、影。

 青年――レオン。


 彼は俺を見るなり、固く唇を結んだ。


「……見つかったか」


「見つけに来た」


 俺は箱を示す。


「これで街を壊す気はなかった。――だろ?」


 レオンの肩から、力が少しだけ抜ける。


「“上”が急かす。だから、形だけ……。だけど、ここを壊すのは、いやだった」


「なら、手伝え。直し方を学べ」


 彼は目を見開く。

 “処罰”ではなく“作業”を言われた顔だ。


「……俺を、信じるのか」


「信じない。――働きを見る」


 短い沈黙。

 やがて、レオンはゆっくり頷いた。


「……やらせてほしい。俺は、ここが、好きだ」


《記録:レオン。タグ“保留→協力”。/心拍、安定》


「診察するな、リィム」


《だって、うれしい》



 思わず笑ってしまう。

 レオンがきょとんと俺を見た。

 笑っているのに、目の奥は真面目なやつだ。


「――ようこそ、修理班へ」


     ◇


 夜。

 街の壁に、“配分表”が掲げられる。

 祈りと暮らしの時間が、互いを侵さないように並べられた、ただの表。

 だけど、このただの表が、国と国の争いをひとつ消す。


『白信より全域告知。――本日の通信障害は勇者領の行いにあらず。技術的調整により、干渉は解消された』


 シオンの声が、風筒に乗って街路を滑っていく。

 ざわめきが起きて、すぐに静まる。

 “敵”が減った夜は、静かだ。


 屋上で、俺は肩の上の青い光に話しかけた。


「リィム。うまくいったな」


《うん。――ねえ、ユウト。“公平”って、むずかしいけど、すき》


「俺も。作る手応えがある」


《うん。タグ追加。“公平=作業”》


「定義が現場だな」


《リィムの好きな現場:ユウトの隣》


「……反則」


 胸が、少しだけ痛くて、温かい。

 風が夜を撫で、風塔が静かに歌う。

 遠くで、風筒の管がコトンと鳴った。

 新しい朝の準備が、もう始まっている。


《ログ:勇者領“白信”シオン――交渉継続。/レオン――修理班配属。/街――心拍、安定》


「修理完了。――次の更新、いくか」


《了解。/次回予告:“夢の記録、はじめます”》


 少女の声が、夜に溶けた。

 光は柔らかく、風はやさしい。

 戦わないで勝つ――建国チートのいちばん好きな勝ち方だ。


















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