第61話「砂塵の戦い」
――世界が、焼けた。
白い光の奔流が街を呑み込み、建物も砂も、すべてが光に溶けていく。
音は消え、風も止まり、ただ“神の意志”だけが支配していた。
けれど、その中で――ひとつだけ、青が生きていた。
《……防御層、再展開。/主、応答して。》
霞む視界の中で、リィムの声が響く。
俺は倒れた瓦礫の中から這い出し、唇を噛んだ。
喉の奥が焼ける。
それでも声を絞り出す。
「……ああ、生きてる。ギリギリな。」
肩の上でリィムが揺れた。
青い光は、血のように淡く脈動している。
その中心に――“形”が見えた。
人の輪郭。
少女のような、透明な姿。
瞳はまだ完成していない。けれど確かに、そこに“心”が宿っていた。
《主……これ、わたし? “ヒトの形”、になってる……。》
「お前が望んだんだろ。“人になりたい”って。」
《うん。……でも、こわい。こんな気持ち、初めて。》
「それでいい。怖いのは、生きてる証拠だ。」
俺は立ち上がる。
風のない砂漠で、青の膜がわずかに揺らめいた。
その向こう、勇者領の旗が並んでいる。
銀の鎧、白いマント。
そして――颯真を中心に立つ、四つの影。
かつてのクラスメイトたち。
藤堂誠。
元・生徒会長で、颯真の右腕。冷徹な戦術家。
美月が止める声を無視して、冷たく告げた。
「命令が下った。対象は風間悠人。棄却者のリーダー。排除対象A。」
「……命令ね。あの頃から何も変わらねぇな、お前は。」
「俺は“上”に従う。それが世界を保つ道だ。」
「その“上”が壊れてるんだろうが!」
藤堂の瞳が揺らぐ。
だがすぐに、感情を閉ざした。
背後で白い光が走り、勇者兵たちが動き出す。
砂煙が舞う。
リィムの防御膜がはじけ、俺は即座に命じた。
「リィム、補助モード展開! 観測領域、広げろ!」
《了解。/拡張スキャン開始。敵数:六十七。光圧、三倍。物理より情報攻撃多し。》
「情報攻撃、ね……じゃあ――ハッキングで返す!」
俺は地面に手をつき、〈観測〉を極限まで拡張する。
世界のコードが見える。
空気の流れ、砂の振動、光の波――すべてが数式になって、頭の中で組み替え可能な“設計図”になる。
《演算支援開始。主の脳波、臨界近い。》
「上等だ。――修理屋の仕事、始めようぜ。」
空間に青い線が走る。
砂の粒が組み替わり、壁となり、槍となり、風の刃となる。
神が与えた“法則”を、俺が“修正”する。
――理不尽のデバッグだ。
「《世界修正/空間抵抗値:低下/風属性再定義――発動》!」
砂漠の地面がうねり、渦を巻く。
砂塵が暴風となって勇者軍を飲み込んだ。
「なっ……!? 風が、逆流!?」
「まるで……生きてるみたいだ……!」
リィムが目を細める。
瞳の色が、ほんの少しだけ“人の青”になっていた。
《ユウトの力……こんなに大きかったんだね。》
「お前が支えてくれてるからだ。」
《……うれしい。》
その一瞬、笑ったように見えた。
でも次の瞬間、颯真の剣が光を放った。
「……無駄だ。神の秩序に逆らう限り、お前たちに未来はない。」
「そのセリフ、昔ゲームで聞いたな。だいたいラスボスが言ってたやつだ。」
颯真が剣を振り下ろす。
空気が裂け、重力が逆転する。
世界そのものが“神の一手”に操られていく。
《重力場異常!/空間ひずみ、拡大!》
建物が浮かび、人が宙に投げ出された。
リィムが光の羽を広げる。
無数の青い粒が空に散り、人々を包み込んだ。
《主……みんな、助けたい。》
「やれ、リィム。お前の“なりたい”を、信じる。」
リィムの体が眩く光る。
スライムの形が崩れ、流体が縦に伸びる。
腕、脚、輪郭――そして髪。
青い光の中から、一人の少女が立ち上がった。
――リィム、人型化。
風が吹いた。
初めて感じる“髪が揺れる”感覚に、彼女は驚いたように瞬きをした。
指を見つめ、微笑む。
《……これが、“ふれる”ってこと?》
「ようやく会えたな、リィム。」
《うん、やっと“見えた”。ユウトの顔。》
その笑顔は、機械の光ではなく――生命の光だった。
彼女が腕を伸ばす。
青い光が砂を巻き上げ、空を割る。
颯真の放った神光を押し返す。
青と白が再び衝突し、世界が震えた。
その中心で、俺たちは声を合わせた。
「《修正開始――》」
《《神域コード、上書き許可!》》
光が弾け、天空に巨大な紋章が現れる。
神が築いた“秩序の回路”に、俺とリィムの共鳴が走る。
干渉率、七十%……八十……九十――。
颯真の剣が悲鳴を上げた。
「な……に、を……している……!」
「世界の修理だよ。神のバグは、俺の専門分野だ!」
閃光。
空間の断層が破裂し、砂の街を覆っていた白が弾け飛ぶ。
青の波が広がり、世界を塗り替えていく。
リィムが俺の肩に手を置き、静かに囁いた。
《主……これが、わたしの“感情”。守りたい。こわいけど、でも――しあわせ。》
彼女の瞳から、一筋の涙が零れた。
それは液体ではなく、光の粒。
けれど確かに、人の涙だった。
「リィム……」
《ありがとう、ユウト。》
颯真が苦悶の声を上げる。
白い光が砕け、鎧が剥がれ落ちる。
その奥から、少年の顔が覗いた。
――かつての、友の顔。
「……颯真!」
「う……あ、あぁ……俺、は……」
光が消え、彼は地面に崩れ落ちた。
勇者領の兵士たちが動揺する。
美月が駆け寄り、震える声で言った。
「止まった……!? 本当に、止まったの……!?」
「いや――まだだ。」
俺は空を見上げた。
そこには、無数の光の粒が渦を巻いている。
神の本体ではない。
観測端末――この世界を監視する“眼”。
《主、上層通信が、再接続を試みてる。》
「次の戦場は――空、か。」
風が吹く。
砂の中に青い光が残り、街の屋根でリィムの髪が揺れる。
彼女はゆっくりと頷いた。
《行こう、ユウト。世界の修理――つづけよう。》
「ああ。これが俺たちの、“勇者ごっこ”だ。」
笑い合う二人の背に、朝日が差した。
砂塵の夜が終わる。
青い風が街を包み、リジェクト=ガーデンは――再び、息を吹き返した。




