第60話「勇者、傀儡となる」
――光が降るたび、音が死んでいった。
爆発の音も、悲鳴も、砂を焦がす熱も――すべて“光の中”に吸い込まれていく。
世界の色が抜け落ち、ただ白だけが支配していた。
リィムのバリアが、きしむ。
青い膜が光を弾くたび、火花のような粒子が四方に散った。
そのたびに、肩に乗る彼女の体が震えるのが分かる。
《主……出力、維持限界。/あと二十秒で、シールド崩壊。》
「了解。二十秒あれば充分だ。」
俺は地面に膝をつき、掌を砂に当てる。
視界に〈観測〉のUIが展開する。
光の密度、温度、粒子の動き、そして空間の歪み――どれも“物理”じゃない。
情報そのものが、焼き切れている。
「……これ、物質じゃねぇ。データを消してる。」
《神域信号=“世界の管理層”。直接書き換え。/物質削除プロトコル=稼働中。》
「つまり神は、この街の存在をデリートしようとしてるってわけだ。」
リィムが光を弱めながら頷く。
彼女の体が、ほんのり震えていた。
光の層の外では、街の人々が必死に身を寄せ合っている。
「ユウト!」
ミラの叫びが遠くで響く。
彼女は腕に子どもを抱えながら、焼けた壁の陰からこちらを見ていた。
ノアとセリアが負傷者を介抱し、ジルドが崩れかけた塔を支えている。
それぞれの手が、命をつなぎとめていた。
けれど、その頭上に――あいつがいた。
颯真。
光を背負い、砂漠に立つ“勇者”。
かつての笑顔も、仲間を想うまなざしも、もうどこにもない。
その瞳の奥には、ただ冷たい命令の輝きがあった。
「風間悠人。」
声は澄んでいた。
けれど、そこに“彼”の意思は感じられなかった。
まるでプログラムが読み上げるコードのような無機質さ。
「神は言う。“棄却者は罪”。“秩序を乱すものは浄化せよ”。」
「……颯真、やめろ。」
「“やめろ”――その言葉は拒絶として登録されている。」
光の剣がゆっくりと持ち上がる。
周囲の空気が歪む。
風が生まれ、砂が浮かび、空が焦げた。
俺は拳を握る。
もう、話して分かる段階じゃない。
だけど――諦めるわけにもいかない。
「リィム、バリアを一点集中。前面だけでいい!」
《了解。/全出力、前面に収束。……主、こわい。》
「怖くてもいい。守るってのは、そういうもんだ。」
リィムの光が強まる。
青い膜が、颯真の白光を正面から受け止める。
閃光がぶつかり合い、砂が融け、空気が裂けた。
世界が二色に割れる。
白と青――神と人。
《出力、限界を超過。/主、もう、無理――》
「やめるな!」
俺は叫び、同時に〈観測〉を展開した。
リィムのコードと、自分の意識を重ねる。
青と白の境界線が、わずかに押し返された。
だがその瞬間、光の中から新たな影が現れた。
鎧のきらめき、風の揺れ、懐かしい声。
「ユウト君……やめて!」
――篠原、美月。
颯真の副官にして、かつてのクラス委員長。
彼女は叫びながら、白い幕の内側へ駆け込んできた。
その顔には焦りと恐怖、そして――迷い。
「お願い! 彼はもう、自分じゃないの!」
「見りゃ分かる!」
「違うの! 本当は彼、自分で止めようとしてるの! でも、神のコードが……!」
言葉が光に飲まれる。
颯真の剣が、美月の前で止まった。
わずかに――ほんのわずかに、手が震えた。
「……颯真、お前……まだ中にいるんだな。」
光の中で、わずかに“人間の呼吸”が戻ったように見えた。
だが次の瞬間、白いノイズが彼の口元から漏れた。
《エラー発生。自我干渉。補正開始。》
「――ぐ……ぅ……ああああああ!」
颯真が頭を抱え、叫んだ。
地面に光のひびが走り、世界そのものが悲鳴を上げる。
その声を聞いた瞬間、リィムが息を呑んだように震えた。
《主……この音、“助けて”って言ってる。》
「聞こえるのか!?」
《うん。でも、遠い。届かない。……怖いくらい、さみしい音。》
颯真の叫びが、砂嵐に変わった。
白い光がうねり、砂と建物を薙ぎ払う。
ミラが倒れそうになるのをジルドが支え、ノアが防御結界を展開する。
しかし、それでも光は止まらなかった。
《主、あと十秒。/リィムの出力、もう――》
「分かった! なら、繋げ!」
《え……?》
「俺とお前の観測を――完全同期だ! “見る”だけじゃない。“触れる”までやる!」
《危険行為。主の精神領域が――》
「構わねえ! 俺は、修理屋だ。壊れてんなら、触って直す!」
その瞬間、青い光が爆発的に広がった。
〈観測〉が、神の光層の内部に潜り込む。
そこは情報と感情が混ざり合う“神の深層”。
無限に流れる祈りの波。
命令の列。
そして、その奥に――ひとつの声。
「助けて」
――颯真の声だ。
「見つけた。」
だが、掴もうとした瞬間、俺の視界が一気に反転した。
全身を貫く電流のような痛み。
神のシステムが、俺を“異物”として排除しようとしている。
《主――! つながり、切られる!》
「切らせるかよ!」
俺は叫びながら、リィムの手を掴んだ。
スライムのはずの体が、ほんの一瞬だけ――手の形をした気がした。
青い光が、彼女の中から溢れ出す。
《主……ユウト、まもる。/わたし、“なりたい”。》
「なりたい?」
《“人”になりたい。そしたら、ユウトを――ほんとに“助けられる”気がする。》
その言葉が、雷のように胸に落ちた。
世界が白に染まる。
リィムの光が、形を変え始める。
まるで、青い殻が破れて中から誰かが生まれるように。
――人型化の前兆。
だが、その瞬間、颯真の剣がこちらを向いた。
光の刃が放たれ、俺たちを飲み込む。
閃光。
轟音。
そして、すべてが白に染まった。




