表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/90

第58話「拒まれた勇者、パンをこねる」

 ――朝の風が、少し甘い。

 風塔の羽が回るたび、焼きたての香りが通りを抜けた。

 パン焼き広場では、子どもたちが粉を浴びながら走り回っている。

 笑い声と木べらの音が混ざり合い、砂の街がまるで“ひとつの台所”みたいに息づいていた。


 セリア・ルーメンは、その真ん中に立っていた。

 彼女の金の髪に、粉雪みたいな小麦粉がかかっている。

 勇者候補の象徴だった外套は脱ぎ捨て、袖をまくった腕が陽を受けて輝いていた。


《観測ログ開始/対象:セリア・ルーメン/表情温度:安定→好奇心寄り→笑顔反応》

「リィム、実況すんな。人を観察対象にするな。」

《だって、風が楽しそう。セリアも。》

「……そうかもな。」


 リィムの言葉は、どこか満足げだった。

 彼女の光が、砂の粒の間を跳ねてセリアの指先を照らす。

 光の粒が生地に混じって、まるでパン生地自体が微笑んでいるように見えた。


     ◇


「セリア、こね方はこう。押して、折って、転がして――はい、交代!」

 ミラが袖をまくり、両腕を粉だらけにしながら笑っている。

 セリアはその手順を慎重に真似た。

 指先が沈み、生地が“ぐにゅ”と抵抗する。

 その感触に驚いたように目を丸くした。


「……これ、魔力の練習より難しい。」

「パン生地は気まぐれだからねー。優しく、でもしっかり押すの!」

《パン生地=ミラっぽい。タグ登録?》

「するな。」

 俺が言うと、ジルドが遠くで腹を抱えて笑った。

 ノアは祈るような手つきで粉をふるいながら、淡く微笑む。


 街全体が、いつもより柔らかい音で満ちていた。

 鍛冶の金属音でも、水流のせせらぎでもない――“人の手の音”。

 混ざり合い、重なり、どこか懐かしいリズムを刻んでいた。


 セリアは手を止め、その音に耳を傾けた。

「……神殿では、こんな音を聞いたことがなかった。

 祈りの声ばかりで、誰かが笑う音なんて。」

「祈りの代わりに、ここでは“手”を動かすんだ。」

「手を動かす祈り……素敵ね。」


 リィムが肩の上で小さく瞬いた。

《セリア、やさしい声。ユウトと話してると、風の音があったかくなる。》

「……リィム、また詩人モードだな。」

《学習結果。詩=気持ちを伝える手段。》

「どこでそんな定義を覚えた。」

《ミラ。あと、ノアも。》

「教育効果抜群だな。」


 ミラがパンを成形しながら笑う。

「ほら、こねすぎると固くなるんだから。人間関係と同じ!」

「経験者の言葉って重いな。」

《タグ登録:こねすぎ注意。》

「登録するな!」

 笑いが起こり、風がひとつ抜けた。

 その一瞬、街全体が“ひとつの息”をしたように感じた。


     ◇


 午後。

 セリアは水路沿いを歩きながら、リィムと並んでいた。

 流れる水が光を反射して、足元に揺れる模様を描く。

 子どもたちの笑い声が遠くから響き、パンを焼く匂いがまだ漂っている。


「この水……魔法じゃないのね。」

「自然の流れを、人の手で引いた。重力と勾配の仕事さ。」

「……神の奇跡よりも、ずっと優しい。」

 セリアは手を伸ばし、水面をそっと撫でた。

 風に揺れた水がその指を包み込む。

 彼女の瞳が、ほんの少しだけ緩む。


「勇者の試練って、いつも“奪うこと”ばかりだった。

 敵を倒して、土地を浄化して……でも、誰かを“生かす”ことなんて教わらなかった。」

 その言葉は、告白というよりも独り言のようだった。

 沈黙のあと、リィムが小さく声を出した。

《ユウトは、いつも“直す”って言うよ。》

「“直す”……」

「壊れたままでも、生きていけるけど、直せばもう一度笑える。

 ――この街は、そのためにある。」

 セリアの瞳が、ゆっくりと優しくなった。

「……“生き直す街”。いい名前ね。」

《タグ登録:生き直す街。》

「登録は……まあ、いいか。」


     ◇


 夕暮れ。

 オレンジ色の光が風塔の影を長く引き延ばす。

 広場ではパンと果実酒の香りが混じり、人々が輪になって笑っていた。

 セリアもその輪の中にいた。

 剣は壁際に立てかけ、代わりにエプロンを結び直している。


「セリアさん、そのパン、焼き色すごくいいですよ!」

「ふふ、リィムの“温度ログ”が優秀だから。」

《主よりほめられた。》

「……お前、いちいち報告すんな。」

 ミラが腹を抱えて笑う。

「スライムがドヤ顔してるの初めて見た!」

《ドヤ顔=自信+照れ。記録。》

「……おい、それもやめろ。」


 ジルドが湯気の立つ木皿を差し出した。

「嬢ちゃん、神に棄てられた者同士、今日くらいは飲もうじゃねえか。」

「神に棄てられても、あなたたちが拾ってくれたもの。」

「へっ。うまいこと言いやがる。」

 ノアが穏やかに笑う。

「……光が届かない場所に、あなたのような人が来てくれたこと。

 それが、もう“奇跡”です。」

 セリアは目を伏せ、息を吸い込んだ。

 笑い声に混じって、ほんの少しだけ震える声で答えた。

「……ありがとう。」


 その声に、リィムが光を小さく瞬かせた。

《記録:セリア・ルーメン、笑顔。/タグ:赦し予兆。》


     ◇


 夜。

 風塔の上。

 街の明かりが、星座のように足元に散らばっている。

 風が吹くたび、光が瞬き、人々の話し声が遠くまで届いた。


《街の通信安定。エアリンク稼働率九八%。》

「この風……本当に街をつないでるんだね。」

「風が声を運ぶ。声が絆を作る。――文明ってのは、そうやって積み重なる。」

 セリアは小さく息をのむ。

「……神の声より、こっちのほうがずっと“温かい”。」

 リィムが優しく光る。

《セリア、あったかい。》

「ありがとう、リィム。」

《ユウトも、あったかい。》

「おい、まとめて言うな。」

 風がふっと笑ったように、塔の上で旋回した。


 セリアは目を閉じて、頬を撫でる風を感じた。

「――神に拒まれた理由、少しだけ分かった気がする。」

「どんな理由だ?」

「私が、“人を信じすぎた”んだと思う。

 でも、それがいけないことだなんて、もう思わない。」


 リィムが柔らかく囁いた。

《タグ登録:“赦し”。》

「……いいタグだな。」


 砂漠の夜は冷たい。

 けれど、風の中には確かな温もりがあった。

 神の沈黙よりもずっと、確かな息づかいが。


《記録完了。/セリア・ルーメン、街に滞在開始。/文明学習モード、起動。》

「――ようこそ、“人の国”へ。」

 その言葉に、セリアはゆっくりと頷いた。

 風塔の光が彼女の髪を照らし、

 その表情にはもう、“勇者”ではなく――ひとりの“人間”の温かさが宿っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ファンタジーです】(全年齢向け)
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
★リンクはこちら★


追放された“改造師”、人間社会を再定義する ―《再定義者(リデファイア)》の軌跡―
★リンクはこちら★
神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く (11月1日連載開始)

★リンクはこちら★
【絶対俺だけ王様ゲーム】幼馴染み美少女達と男俺1人で始まった王様ゲームがナニかおかしい。ドンドンNGがなくなっていく彼女達とひたすら楽しい事する話(意味深)

★リンクはこちら★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ