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神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く  作者: かくろう


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第51話「風読みの少女」

 ――朝いちばんの風は、紙の端を撫でるみたいに軽かった。

 風塔の羽は音も立てず回り、街中の帆布が同じテンポでゆれる。涼しい。けれど、どこか落ち着かない。


《風向ログ更新 北北東→東 変化速度=速 層の厚み=薄い》


「……薄い層が走ってるってことは、上が荒れてるな」


《上層に“裂け” 微細な渦 砂塵帯の前触れ》


「今日の予定、外回りは午前中に前倒し。午後は屋内作業に切り替えだ」


《了解 放送テンプレート送る》


 肩の上で、リィムが小さく脈打つ。青い光が俺の呼吸にあわせて明滅して、街の放送台に指示が飛んだ。


「――おはよう、リジェクト=ガーデン。今日は風が仕事を急かしてる。午前で片付けよう。昼過ぎは屋内で“風待ち”だ」


 広場がざわめき、笑いが混じる。こういう“段取りのよさ”が、街の自慢になりつつある。

 でも、今日は胸のどこかがざわざわしていた。風の匂いのせいか――それとも。


《主 上空二百


の層 測りたい 風塔の上に行こ》


「いいよ。……ジルド、梯子借りるぞ!」


「落ちるなよ、王様。王様は落ちると高くつく」


「俺は修理屋だっての」


 笑い合いながら、風塔を登る。

 塔の上に立つと、砂の海の上で空気の“縞模様”が見えた。〈観測〉を開けば、薄い糸みたいな線が幾重にも重なって東へ流れている。


《観測開始 上層シア 値=大 周期=不定 “前座”の風》


「本番が来るってわけか」


 その時――風が一段、滑らかに変わった。

 声が運ばれてくる。砂の向こうから、まっすぐに。


「――風塔の“喉”が鳴ってる。上で裂け目が走ってるよ」


 振り向いた俺の視界の端で、白いスカーフがふわりと踊った。

 塔の影に寄りかかるようにして、ひょい、と片手を掲げる女の子。年は……俺より少し下に見える。


 日焼け止めなのか、頬に薄く灰が塗られている。黒髪は短く、耳元で留められた細い金具がきらっと光った。

 目が、印象に残る。明るい色の虹彩に、極細の環が同心円でのっている――レンズ? いや、違う。目そのものが風を“追う”ように動いている。


「ここ、登ってきたのか?」


「うん。勝手にごめん。……風を見るのに、下だと間に合わないから」


 彼女は塔の縁にそっと手を置いて、空を見上げた。


「わたし、リンネ。アーセルでいいよ。“風読み”をしてた。……勇者領の、気象管制」


 勇者領。その単語に、背筋が一瞬だけ冷える。だけど彼女の声は淡々としていて、怯えも敵意も混ざってない。ただ、風の話がしたい人間の声だった。


「俺は風間悠人。修理屋。――それで、リンネ。いまの“裂け”、どれくらい悪い」


 リンネは目を細め、指で空に細い線を描いた。指先が走るたびに、俺の〈観測〉の線と似た軌跡が空に置かれていく。不思議な一致感があった。


「この高さでこの速さは、たぶん日暮れ前に“砂の舌”が下りてくる。強いのが一度、弱いのが三回。向きは東回り。風塔の喉は閉める準備」


《照合 パターン一致率=八一 誤差許容内 “砂の舌”=局所砂塵ダウンバースト》


「喉……風塔の開口角を締めるってことね」


「そう。あと、街路の帆はすこし“たゆませて”。張りっぱなしだと裂ける」


 実に具体的で、現場の助言だ。観測と経験が同じ場所で結びついている話し方。

 俺は頷く。


「助かる。……リンネ、君はどうしてここに?」


「逃げたの。祈りで天気を“正す”儀礼に、観測値を合わせろって言われて。逆だよね。空に合わせるのは、人間の仕事の方」


 少しだけ、笑った。乾いた砂に落ちる笑いだった。

 俺は息を吸って、肩の相棒を軽く叩く。


「リィム。挨拶を」


《接続 微弱 “こんにちは” ※声は主にのみ可視》


 リンネが目を瞬いた。俺とリィムの“会話”に気づいたのではなく、風の変化に先に反応している。彼女の目が僅かに開く。


「――来るよ。試運転、いまやめた方がいい」


「了解。ジルド、いったん停止。喉を六割まで絞る。帆は遊びを多め。ミラ、街路の帆布のロープを緩めて回れ!」


「了解!」


《流路再計算 塔内圧=上昇 逆流リスク=減 街路風速=安全域》


 雲がないのに、光が一瞬だけ黒くなった。

 目に見えない“舌”が、街の屋根を撫でていく。

 帆が悲鳴をあげず、風塔は低い声で息を吐いた。裂け目の風は、受け流してやり過ごせた。


 広場の方から、子どもたちの歓声が上がる。誰も転ばない。砂煙は流れて散り、窓の枠はびくともしなかった。


「セーフ。……リンネ、ありがとう」


「ううん。あなたの塔が、いい喉してる。風のための喉」


「褒められたのは塔か、俺か、ジルドか」


「全部。……風は道があると、素直だから」


《詩的表現 “素直”タグ追加》


 リンネの視線が、俺の肩に止まる。直接は聞こえないはずだが、光の明滅に興味を持ったらしい。


「それ、光るスライム?」


「相棒。街の頭脳の半分。――リィム、風の層のデータ、リンネの言葉の“形”で保存してくれ」


《了解 辞書更新 “喉”“舌”“たゆませる” 物理パラメータに紐付け》


 彼女の口元が、ほんの少し緩んだ。

 俺は塔を降りながら、横目でリンネに訊く。


「観測、続けたいか」


「……ここで?」


「ここで。うちには祈りのノルマはない。数字と人の体感で決める」


「……うん」


 短い返事。けれど、その一音に息が混ざっていた。

 “居場所を見つけたときの息”。俺はそれを何度か、街の誰かから聞いたことがある。


     ◇


 昼前、風は落ち着き、街は“風待ちの支度”から“昼休み”へ切り替わった。

 広場の端に、簡易の机を出す。布と木炭、銅線と針金、紙切れ、方位盤。

 リンネは自分の荷から、薄い金属の輪っかと、くたびれた革の手帳を出した。


「これは?」


「“風輪”。風の速さを視るための輪っか。光が歪むのを目で測る道具。……わたしは目の方に“輪”を持ってるけど、みんなの目にも輪が要る」


《興味 高 風輪→屈折計の原理と類似 計測誤差は訓練依存》


「いいね。――じゃあ、街用に“みんなで見る”版を作ろう」


 紙に描く。風塔の上で測った流れ、塔の喉の角度、街路の帆の遊び。リンネの言葉と、リィムの数値と、俺の手癖が重なって、一枚の図ができていく。


《新プロジェクト名 風読み観測局》


「名前つけんな」


《でも 必要》


「……まあ、わかるけど」


 ミラが駆け寄ってきた。汗で額がきらきらしている。


「塔の喉、閉めるの間に合ったよ! あれ、すごい風だった!」


「ミラ、紹介する。リンネ。――風読みの少女だ」


「少女って年じゃないけどね。……よろしく」


 ミラは一瞬だけ人見知りの顔をして、それから満面の笑みになった。


「よろしく! 風を読むの? あたしは雰囲気で読むけど!」


「雰囲気も大事。数字は雰囲気に追いつくためにあるから」


《名言 保存》


 ジルドが遅れてやってきて、風輪をひょいと覗く。

 目を細め、鼻を鳴らし、道具を一回撫でる――気に入った時の合図だ。


「無駄がない。いい。……嬢ちゃん、塔の喉って表現、俺は好きだ」


「舌は嫌い?」


「舌はたまに噛む。だから嫌いだ」


 広場に笑いが広がる。

 俺はその空気の中で、リンネの指先が少し震えているのに気づいた。緊張か、それとも。


「リンネ」


「……わたし、ここで“観測”してもいい?」


「もちろん。――ただし条件がある」


 彼女のまつげが、すこし上がる。

 俺は笑って指を一本立てた。


「“みんなで見える”形にすること。君の目の輪だけに閉じない。子どもでも、ジルドでも、ミラでも見える“風の地図”に落とす」


「……できるよ。だってそのために、輪をいっぱい持ってきたから」


 リンネは自分の背負い袋から、大小さまざまな風輪を机に並べた。

 それはまるで、誰かに見せることを前提にして集められた道具の群れだった。


《主の心拍 上昇 タグ“新しい仲間”》


「うるさい」


《でも うれしい》


「うん。……うれしいな」


     ◇


 午後、薄雲が伸び、光がやわらぐ。

 俺たちは観測局の“初仕事”に取りかかった。塔の上、中段、地表、街路の角。四つの高さで風輪を読み、リィムが数値に直し、ノアが“読み方の言葉”をまとめる。


「ノア、その表現いい。子どもが読める」


「ええ。“喉を六割閉める”は、“月印の板を右へ二目盛り”。……宗教書より、ずっと好き」


 ノアは静かに、でも確かに微笑んだ。

 リィムがその笑顔の形を記録して、そっと俺の肩に寄る。


《主 リンネ いい匂い 砂と金属と 風の匂い》


「お前、嗅覚なんかあったか」


《データ でも“匂い”って言った方が 合う》


「わかる」


 リンネは風輪を持ち直し、塔の上を見上げた。


「夕方、もう一度来るよ。さっきの舌、夜になったら“喉の奥”で渦に変わるかもしれない」


「予報、ありがとう。――リンネ」


「なに」


「ようこそ、観測局へ」


 彼女は一瞬だけ言葉を失い、それから真っ直ぐに頷いた。


「ただいま、でいい?」


「いい。ここは“戻る場所”でもある」


 その時、放送台の鐘が一度だけ鳴った。試験放送。

 子どもたちが空を見上げ、帆布がやわらかく揺れ、塔の喉が低く鳴る。


《記録 新設:風読み観測局 初日ログ》


「タイトルは?」


《“風を読む 未来を直す”》


「……悪くない」


 空気が少しだけ甘くなる。砂の匂いに、果実の皮の香りが混ざる――昼のパンが焼き上がった合図だ。

 街は、風と一緒に暮らし始めている。


 塔の影で、リンネがそっと目を細めた。

 風が頬を撫で、彼女の“輪”に青空が小さく映る。


「ここ、好きになれそう」


「だったら、長くいけ」


「うん。――風が許す限り」


《タグ追加 “許す” 風の権限》


 リィムがくすっと笑った気がした。

 俺もつられて笑う。風は、笑い声を遠くまで運ぶ。


 ――新しい仲間と、新しい地図。

 この街はまた、一歩だけ“未来”へ進んだ。



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